王子にゴミのように捨てられて失意のあまり命を絶とうとしたら、月の神様に助けられて溺愛されました

狭山ひびき

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籠の鳥

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「そのうち、私は君に睨み殺されるんじゃないかなって最近思うよ」

 セリフの割に飄々とした笑顔を浮かべて、フレイディーベルグがサクランボを口に入れた。

「いっそ死んでくれた方が都合がいいな」

「こっわー」

 フレイディーベルグはサーシャロッドが睨みつけてもどこ吹く風だ。

「エレノアの居場所がわかったんだ、何故止める!」

 サーシャロッドが直接人間界に降りなくとも、エレノアの居場所がわかればそこからこちら側へ連れてくることは可能なのだ。

 エレノアはサランシェス国の王城にいる。リリアローズが調べた情報を聞いてすぐに、サーシャロッドはエレノアをこちら側へ連れ帰ろうとした。だが、それを止めたのはまたしてもフレイディーベルグだ。

「だって、なんか変なんだから仕方がないだろー?」

 フレイディーベルグが「変」という理由。それはサーシャロッドもわかっている。

 サーシャロッドが目にした空間の亀裂と黒い水晶は、フレイディーベルグの太陽の宮でも見つかったらしい。

 そのせいなのかはわからないが、人間界とこちら側をつなごうとすると、つないだ空間がゆがむ。

 本来は、たとえば扉でつながった部屋同士を行き来するようなものなのに、歪んでいる場合は、扉をあければそこにあるはずの部屋がなく突然庭に出たり、知らない家の玄関先にいるようなものだ。

 どこにつながるかがわからない。

 そのため、エレノアを連れ帰るために王城のクライヴの部屋とつなごうとしても、違うところとつながる可能性がある。何度か試していればそのうちうまくいくだろうが――、そうしようとしてサーシャロッドはフレイディーベルグに止められた。フレイディーベルグが止めた理由もわかるから、忌々しくて仕方がないが、従っている。サーシャロッドが、人間界の結界で強化されていない場所に降り立つのと同じで、短い期間に何度も神の世界と人間界をつないでいると、人間界に悪影響が出るからだ。

「やっぱり俺が行きます」

 黙って二人のやり取りを見守っていたラーファオが言った。

「歪むと言っても、全然違う国とつながるわけではないようですし。サランシェスに落としてくれればそれで――」

 さすがにこう何日もエレノアがいないと、リーファには隠し通せなかった。エレノアで心配でたまらないリーファは毎日不安そうな顔をしている。妊娠初期にあまりストレスをあたえるのはよろしくなく、ラーファオは妻のためにも一刻も早くエレノアを連れ帰りたい。

 だが、サーシャロッドは首を振った。

「サランシェスではお前の容姿は目立つ。異国人がふらふらと歩き回って、ましてや王城に忍び込もうとしてみろ、どうなるかはわかるだろう」

 それこそリーファが心配で寝込むぞと言われてしまえば、ラーファオも黙るしかない。

 サーシャロッドは、エレノアがいなくなって相当イライラしているが、冷静でないわけではないのだ。見境なく突っ走ったりはしない。だけども苛立ちは抑えられないから、半分八つ当たりのようにフレイディーベルグに文句を言っているのだ。

「リリーが調べたところ、エレノアの体調はだいぶ回復したみたいだからね、大丈夫だよ」

「何が大丈夫だ! ずっとクライヴの部屋に閉じ込められているらしいじゃないか!」

「そうだけど、逆にその方が都合がいいだろう?」

 サーシャロッドは舌打ちする。

 都合がいいかと言われれば、都合はよくない。ただ、エレノアの顔をほかの人間に見られるよりは、ましだ。人間は権力に弱い。エレノアがサーシャロッドの妻となったとばれてしまえば――、サランシェスから神の妻が出たと、余計な驕りで不要な諍いにまで発展しかねない。

「いいじゃないか。エレノアの元婚約者は、なぜかエレノアのことを妙に大事にしているみたいだし、危害を加えられる心配はないだろう?」

 危害は加えられなくとも「好意」はしっかり持たれている。いいわけあるか!

 エレノアが乱暴に扱われれば殺したいほど腹が立つが、大切にされていると聞いても腹立たしいのだからどうしようもない。

 とにかく、あの男から一刻も早く引きはがしたくて仕方がないのだ。

「エレノア可愛いからねー。ちゃんと栄養バランスよく食べて見た目も変わったんだろうけど、おっとーり、ほんわーりしてて癒されるし、あの子の異母妹みたいに性格きつくないから、まあ、きちんと向き合えば、好きになるよね。まあ、リリーの話を聞く限り、まだ無自覚なんだろうけど?」

「うるさい!」

 サーシャロッドはテーブルの上のブドウを一粒、フレイディーベルグに向かって投げつける。彼はパクリと口をあけてそれをキャッチするともぐもぐと口を動かしながら、

「男の嫉妬は醜いぞー」

 などと言うから、イライラも倍増だ。

 だいたい、好きってなんだ。エレノアに最低な仕打ちをしておいて、どの面下げて「好き」? ふざけるな。厚顔にもほどがある。元婚約者だか何だか知らないが、エレノアはもう自分のものだ。一秒たりとも同じ空間にいさせたくないのに、同じ部屋で生活していると聞いたときは怒りと嫉妬で頭がおかしくなりそうだった。

 サーシャロッドは永遠にあの男を許さないし、本来ならば永遠にエレノアをあの男に会わせるつもりはなかったのに。

「とにかく、エレノアを迎えに行くなら、エレノアがもう少し元気になってからだね」

 フレイディーベルグが何を言いたいのかはわかる。

 エレノアが元気になれば、リリアローズの眷属たちに手引きさせて、祝福の神殿まで来さればいい。祝福の神殿の中は結界が張られているから、サーシャロッド自身が迎えに行ける。それまでクライヴに預けておけ、と言いたいのだ。

(……頭がおかしくなりそうだ)

 サーシャロッドは妖精たちを呼び寄せると、中指にはめている指輪を抜いて手渡す。

「これを、エレノアに届けてくれ」

 妖精たちは彼ら専用の空間の亀裂――ラフレシアのような花――がある。それを通れば自由に人間界と行き来できるし、妖精が見える人間はほぼいないが、エレノアはこちらで生活しているから彼らが見えるだろう。

 指輪を渡せば、サーシャロッドが普段身に着けているものだと気がつくはずだ。

 これを渡して、エレノアが少しでも安心してくれればいい――、そう思う反面で、これを見るたびにサーシャロッドのことでエレノアの頭はいっぱいになるだろうというずるいことも考える。

 妖精たちが「わかったー!」と言って消えると、サーシャロッドはブドウを一粒房からむしり取って、今度は口の中に入らないようにわざとフレイディーベルグの後頭部にぶつけてやった。
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