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暗闇の抱擁
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「舞踏会を開くわ」
朝食後、居間で珈琲を飲んでいると、唐突にアリスが言い出した。
遥香をはじめクロードもリリックも、あまりに突然すぎて目が点になってしまった。
ミルクをたっぷり入れた珈琲を口に運びながら、アリスはにこにこと、
「近くの貴族たちを呼んで舞踏会よ。シーズンだから王都に移っている人も多いでしょうけど、大人数集まるとそれはそれで準備が大変だから、ちょうどいいんじゃないかしら」
「……アリス」
また我儘がはじまったのかとリリックが額をおさえるが、アリスはけろりとしたもので、上機嫌で遥香に微笑みかける。
「いいでしょう、お姉様」
妹の笑顔を受け止めながら、遥香は昨夜のことを回想した。
――お姉様とクロード王子が仲良くなるように協力してあげる! そのかわり、リリックとうまくいくようにお姉様はわたしに協力してね。
そう言いだしたアリスは、遥香が困った顔をしているのを完全に無視をして、「お姉様とクロード王子は距離がありすぎるのよ」と言い出した。
クロードとの距離を近づける作戦を考えるからと言って鼻歌交じりに部屋を出て行ったことを思い出す。
(……なるほど、そのせいね)
遥香は頭が痛くなりそうだったが、不本意ながらも「リリックとアリスがうまくいくように協力する」と約束させられた遥香に拒否権はない。
「い、いいんじゃないかしら」
遥香が作り笑いでそう答えると、一番いやがりそうな遥香が同意したことに、クロードとリリックが目を丸くした。
「リリー、本当にいいの? 舞踏会、好きじゃないだろう?」
リリックが心配そうな顔をする。
(アリス、睨まないで……! わかってるから!)
リリックの横から、アリスがチクチクと棘のある視線を送ってくる。遥香は笑顔のまま首を振った。
「ほら、十日もここに滞在するでしょう? アリスも退屈だろうし、小さなパーティーならいいんじゃないかしら」
「まあ……、君がいいなら僕はいいけど」
(だから兄様、そういう言い回しはしないでーっ)
アリスの視線が痛い。遥香は逃げるようにクロードを見た。
「い、いかがでしょうか、クロード王子。無理にとは言いませんけど」
クロードは遥香を見つめ返したあと、ちらりとアリスに視線を投げ、何かを悟ったように口の端を持ち上げた。
「いいんじゃないか。俺と君の婚約式の予行練習にもなる」
「こ、婚約式……。そうですね」
それほど大掛かりにするつもりはないのだが、あまり口を出してクロードの機嫌を損ねるのはまずい。
「そうでしょう! お姉様とクロード王子のダンスも見たいわ!」
クロードの発言に俄然勢いづいたアリスは、「招待状を用意しなくちゃ」と立ち上がると、今にも踊り出しそうな足取りで入口に向けて歩き出す。そして、居間を出る前に遥香を振り返り、にんまりと笑った。
「そうそう、お姉様。舞踏会で失敗したら恥ずかしいから、当日までにクロード王子とダンスの練習をしておいてね。お姉様とろいから、当日緊張してドレスの裾を踏んで転びかねないもの」
あんまりな言い草だが、否定できないのが悲しい。
「あ、ファーストダンスはお姉様とクロード王子、リリックとわたしが踊るんだから、リリックもダンスの練習につきあってくれなきゃいやよ!」
「え? ちょっと、アリス!? 何を勝手に……」
リリックが慌てて席を立つが、アリスは素知らぬ顔で居間を出て行ってしまう。
「こら、待ちなさい、アリス!」
リリックがアリスのあとを追いかけていくと、クロードは含み笑いで遥香を見やった。
「で? あのお姫様は何を企んでいるのかな?」
(……ばれてる)
クロードの追及から逃れられるほど、遥香は器用ではない。
クロードと遥香の中を進展させると言い出したところは伏せておいて、遥香はアリスにリリックとの仲を取り持つ協力をするよう約束させたられたことを白状したのだった。
朝食後、居間で珈琲を飲んでいると、唐突にアリスが言い出した。
遥香をはじめクロードもリリックも、あまりに突然すぎて目が点になってしまった。
ミルクをたっぷり入れた珈琲を口に運びながら、アリスはにこにこと、
「近くの貴族たちを呼んで舞踏会よ。シーズンだから王都に移っている人も多いでしょうけど、大人数集まるとそれはそれで準備が大変だから、ちょうどいいんじゃないかしら」
「……アリス」
また我儘がはじまったのかとリリックが額をおさえるが、アリスはけろりとしたもので、上機嫌で遥香に微笑みかける。
「いいでしょう、お姉様」
妹の笑顔を受け止めながら、遥香は昨夜のことを回想した。
――お姉様とクロード王子が仲良くなるように協力してあげる! そのかわり、リリックとうまくいくようにお姉様はわたしに協力してね。
そう言いだしたアリスは、遥香が困った顔をしているのを完全に無視をして、「お姉様とクロード王子は距離がありすぎるのよ」と言い出した。
クロードとの距離を近づける作戦を考えるからと言って鼻歌交じりに部屋を出て行ったことを思い出す。
(……なるほど、そのせいね)
遥香は頭が痛くなりそうだったが、不本意ながらも「リリックとアリスがうまくいくように協力する」と約束させられた遥香に拒否権はない。
「い、いいんじゃないかしら」
遥香が作り笑いでそう答えると、一番いやがりそうな遥香が同意したことに、クロードとリリックが目を丸くした。
「リリー、本当にいいの? 舞踏会、好きじゃないだろう?」
リリックが心配そうな顔をする。
(アリス、睨まないで……! わかってるから!)
リリックの横から、アリスがチクチクと棘のある視線を送ってくる。遥香は笑顔のまま首を振った。
「ほら、十日もここに滞在するでしょう? アリスも退屈だろうし、小さなパーティーならいいんじゃないかしら」
「まあ……、君がいいなら僕はいいけど」
(だから兄様、そういう言い回しはしないでーっ)
アリスの視線が痛い。遥香は逃げるようにクロードを見た。
「い、いかがでしょうか、クロード王子。無理にとは言いませんけど」
クロードは遥香を見つめ返したあと、ちらりとアリスに視線を投げ、何かを悟ったように口の端を持ち上げた。
「いいんじゃないか。俺と君の婚約式の予行練習にもなる」
「こ、婚約式……。そうですね」
それほど大掛かりにするつもりはないのだが、あまり口を出してクロードの機嫌を損ねるのはまずい。
「そうでしょう! お姉様とクロード王子のダンスも見たいわ!」
クロードの発言に俄然勢いづいたアリスは、「招待状を用意しなくちゃ」と立ち上がると、今にも踊り出しそうな足取りで入口に向けて歩き出す。そして、居間を出る前に遥香を振り返り、にんまりと笑った。
「そうそう、お姉様。舞踏会で失敗したら恥ずかしいから、当日までにクロード王子とダンスの練習をしておいてね。お姉様とろいから、当日緊張してドレスの裾を踏んで転びかねないもの」
あんまりな言い草だが、否定できないのが悲しい。
「あ、ファーストダンスはお姉様とクロード王子、リリックとわたしが踊るんだから、リリックもダンスの練習につきあってくれなきゃいやよ!」
「え? ちょっと、アリス!? 何を勝手に……」
リリックが慌てて席を立つが、アリスは素知らぬ顔で居間を出て行ってしまう。
「こら、待ちなさい、アリス!」
リリックがアリスのあとを追いかけていくと、クロードは含み笑いで遥香を見やった。
「で? あのお姫様は何を企んでいるのかな?」
(……ばれてる)
クロードの追及から逃れられるほど、遥香は器用ではない。
クロードと遥香の中を進展させると言い出したところは伏せておいて、遥香はアリスにリリックとの仲を取り持つ協力をするよう約束させたられたことを白状したのだった。
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