ヴァイオレント・ノクターン

乃寅

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兵革の五月[May of Struggle]

Mission27 終わるゴールデンウィーク

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──車内。
勝者なしのトランプ大会から一晩、俺たちは車に乗っていた。
向かっている先は紙越町だ。
俺たちの乗る車は姉さんの車だ。けれど──

「天国だ……」

──ありえないくらいに乗り心地が良かった。
このまま寝入ってしまいそうだ。

「……随分と運転が上手ね、文香さん」

俺の真後ろで姉さんが運転手に対してそう言った。
乗り心地がいい理由は極めて簡単なことだった。姉さんが運転していないのだから。

「普通に運転しているだけよ」
「…………」

運転している文香さんはハンドルを握りながらそう返した。
それに姉さんは思わず黙ってしまう。

「普通に運転ってなに……?普通の運転の定義は……?」

そして彼女の言葉に姉さんは混乱し、そのまま倒れかけるが隣にいた拓海姉が受け止めた。
普通の運転の定義を求めようとしたが脳の情報処理能力が追いつかずにオーバーロード状態になったのだろう。

「そういやなんで文香さんが車を運転してるんでしたっけ?」
「忘れたの?ほら──」

──彼女は、彼女が何故姉さんの車を運転することになったかその経緯を話し始める。
それは数日前のことだ。
温泉に浸かっていたが七菜さんがのぼせて、先に出てしまったので女性陣はそれに続いて出ることとなった。

「……ん?」

脱衣所で熱く濡れた身体をタオルで当てる様にして拭いていると着替えの入ったカゴからなにかが震える様な音が聞こえた。
タオルで手を拭くとカゴから音の源であるスマホを取り出す。

「どうした、文香?」
「上司からメールだわ。『あとで電話に出る様に』って……」

メールを開いて短く簡潔に書かれた文章を見ると再びカゴに戻し、着替え始める。

「上司……お前の所属している対テロ暗殺部隊のか」
「ええ。なにも呼ばれる様なことはしてないと思うんだけど……」
「とにかく待たせない方がいい。急用の可能性もあるしな」
「そうね、それじゃあ少し話をしてくるわ」

手早く着替えるとスマホを片手に外へと出る。
そして自身の上司へと電話をかける。

〈ああ。出てくれたな〉
「……なにか用事が?」
〈まぁあるにはあるんだが……〉

電話の向こう側で彼女の上司である男性はそのまま噤んでしまった。
用事があるというから出たのに黙られては困る。

「『だが』なんです?」
〈簡単に言うとイージス学園の教師が一名先日病気療養ということで退職したんだ〉
「ふぅん、それで……なにが言いたいんですか?」

彼女は緑の黒髪を片手でいじりながらそうイバラの様な口調で問うた。
風呂上がりだというのに髪をろくに乾かさずに電話に出たのだから単刀直入に話して欲しい。
口調に怒気を孕ませつつしっとりとした髪をかきあげる。

〈つまり今イージス学園には教員の枠が一つあるということだ〉
「そうなりますね……で?」
〈君は確か教員免許を持っていたよな?〉
「まさか……」

そこまで言われればどれだけ察しの悪い人間でも言いたいことが判る。

〈ああ。暗殺部隊隊長を務めていたが君にはGW明けからイージス学園で教鞭を執ってもらう〉
「それって異動ってことですよね?」
〈ああ。しかし給料はいいぞ。今の三倍だ〉
「う゛……」

脳内で自身の給料を三倍にする計算をし、その額に思わず彼の言うことを承諾してしまいそうになる。
けれど文香さんには承諾を躊躇する理由があった。

「ですけど、ワタシは誰かに技術を教えるのは苦手だって……」
〈ああ知ってる。だから言うのを躊躇いかけたんだ〉

一度溜め息を吐くと「……いいですよ」と言った。

〈え?〉
「ゴネても無駄みたいですしね。やりますよ、与えられた仕事なら」
〈そうか。ではGW明けから頼んだぞ〉

承諾してくれたことに満足しつつ上司である人物は通話を切った。

「……やれやれね、教員免許なんてついでで取ったものなのに……」

こんなことになるならば取らなければよかった、と軽く後悔したがもう遅い。
けれどGW明けから自身の懐に入ってくる金が三倍になるということを考えるとその誘惑には争いがたいものだった。
──彼女は姉さんの車を運転することになったかの経緯を話し終えると缶コーヒーを一口飲んで口を湿らせた。

「ああ……だから俺たちが紙越に帰るのに合わせて文香さんも紙越に行くことになったんでしたっけ」
「ええ。この車を運転してるのもついでってことね」

ついででもありがたい話だ。姉さんの運転で地獄を見なくて済むのだから。
運転席に座っている彼女が女神に見えてくるほどだ。

「あら、つまりあたしの後輩になるってことね」
「そういうことね。よろしく、東条先生」

彼女はそう言ってこちらへと顔だけ振り返ると微かな笑みを浮かべた。
──こうしてゴールデンウィークは終わり、新たな人物も迎え、奪還を果たすための物語のページはめくられた。
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