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兵革の五月[May of Struggle]
Mission29 編入生
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ベアトリクスと名乗った少女は俺たちに柔和な笑みを浮かべてみせる。
やや波打った茶髪に少し赤みのある黄色をした瞳、ベアトリクスという名の通り日本人ではないということが顔立ちから知れる。
恐らく欧米出身だろうが身長もそこまで高くなく、幼さを残した雰囲気を感じさせる。
「気軽にベアと呼んで下さいまし」
「流暢な日本語だな」
「これでもこちらに来る際に勉強しましたから」
そう言う彼女の言葉はとても聞き取りやすい。
イージス学園にはレイや彼女の他にも海外からやってきた生徒が全生徒の二割ほどいるがその大半は日常会話程度ならばできるがやはりたどたどしいものである。
けれどレイや彼女の日本語は片言になっていないし、発音も自然なものである。
相当な勉強をしたのだろうと会話から容易に知れる。
「それで……あなたたちも占ってもらいに来たんですの?」
「いや、俺たちは編入生の噂を聞いたから少し見に来ただけだよ」
「そうなんですの。そう言えばわたくし以外にもう一人編入生の方がいましたわね。確か彼女は──……って、あら?」
彼女はくるりと身体の向きを変えて、もう一人の編入生の席の方へと向く。
「いませんわね。つい先ほどまではいましたのに……」
「どんな子だったの?」
「そうですわね……一言で言うなら『大和撫子』、ですわね」
「ヤマト……ナデシコ?」
レイが首を傾げる。
いくら日本語を勉強したとはいえ、聞き慣れない言葉も出てくることだろう。
「ああレイちゃん、『大和撫子』っていうのは日本の女の人の清楚な美しさ、内に秘めた強さを兼ね備えた女性を意味する言葉のことだよ。漢字で書くと……こうだね」
森さんは手早く説明し、懐中から取り出した生徒手帳に万年筆の先を滑らせていく。
前にも見た胴軸にM.M.のイニシャルが刻印されている瀟洒な万年筆だ。
彼女は生徒手帳のメモ欄に手早く、けれど整っていて丁寧な『大和撫子』の文字をレイに見せる。
「えっ、これって『ダイワナデコ』じゃないの?」
「ダイワナデコ……うん、まぁ、仕方ないか。あはは……」
森さんは苦笑いを浮かべつつ、手帳を海中にしまい込んだ。
「それで……その子は大和撫子って感じだったんだね」
「ええ。それと日本刀を持っていましたからあなたと同じで刀を使うんだと思いますわ」
「へぇ……それは手合わせしてみたいかも」
レイは腰に帯びた刀の柄に手を置き、微かな笑みを浮かべた。
それは強者との戦いを望む、戦士の表情だ。
「さて、それで……占いますの?」
「占い、ねぇ……科学的とは思えないわ。さっきのも全てまぐれだと思うけれど……」
「ちょっと渚……!」
いきなり彼女がベアの前でそう、まるで喧嘩でも売るかの様に言ったのでどきりとした。
けれど彼女は特に怒るでもなく、立ったまま机上の水晶に手をかざした。
「あら……?あなた、金運が著しく下がってますわよ。他の人の金運を十だとすると、あなたはマイナス五十くらいになってますわ」
「金運?だから科学的じゃないと……」
彼女はそう言いながら懐中へと手を入れる。
そして硬直した。
「財布がないっ!?」
あるはずのものがない。それは彼女を酷く狼狽させるには充分だった。
彼女はしばしの間財布がないということを飲み込めずにいたがやがて理解し、床に手を突いた。
判りやすいくらいの落ち込みようだ。
「どこかに落としたのかも……あれにはなけなしの5437円が入っていたのに……」
「細かいね……」
「とんだ厄日よ……」
可哀想に。五千円は大金だ。それを財布ごと落とすなんて彼女の言う通り厄日以外のなにものでもない。
落胆している渚に彼女は言った。
「あなた金運の下りようが異常なくらいですわ。ですからこちらを持っておくといいですわ」
「これは?」
ベアは懐中から取り出したものを渚へと手渡した。
U字の形状をした鉄製の道具だ。
「蹄鉄ですわ。ヨーロッパでは扉に蹄鉄をぶら下げておくと魔除けや幸運のお守りになるって言われてるんですの。よかったらどうぞ」
「……ワタシは別に占いもおまじないも信じてなんかいないわ。非科学的だもの」
「……とかなんとか言いつつも蹄鉄を仕舞ってるけど?」
しかも大事そうに。
言動と行動が一致しないとはまさにこのことを言うのだろう。
「さて、それじゃあ占ってもらおっかな~……──」
渚とは違い、占いや魔術といった非科学的なものを信じていそうなレイはそう楽しそうに言った。
けれど残酷なことに校内全体に号鐘が響き渡った。
「あら、チャイムですわ」
「うん。そろそろ戻らないと」
「ええ~っ?せっかく占って欲しかったのに~……」
ぷくりとむくれる。可愛らしい。
ベアはそんな彼女を見て、くすりと笑みを浮かべると「次の休み時間に占って差し上げますわ」と言った。
「えっ、やったぁ!それじゃあ次の休み時間にまた来るね!」
「ええ。それじゃあ」
こうして俺たちは新たな編入生の一人、ベアトリクス・スプリンガーと知り合った。
◇
──その頃、学園屋上にて
普段開放されてはいるものの滅多に人のこないその場に少女が一人、手すりに触れ、町全体を見下ろしていた。
「はい、ワタシです」
彼女は毛先が切り揃えられた黒髪をかきあげ、片耳に入れられた無線機に対してそう呟く様に言った。
〈先日ドイツから密入国したテロリスト……奴はその学園に?〉
「はい、いました。目標は本日中に拘束します」
腰にある刀の柄に手を置き、町を見下ろす瞳を睨む様に細めた。
そしてくるりと手すりに背を向ける。
〈そうか。目標の生死は問わないとのことだ〉
「了解です。奴を必ず断罪します」
そう言って彼女は耳の無線機から指を離すと出入り口である扉へと歩いていく。
やや波打った茶髪に少し赤みのある黄色をした瞳、ベアトリクスという名の通り日本人ではないということが顔立ちから知れる。
恐らく欧米出身だろうが身長もそこまで高くなく、幼さを残した雰囲気を感じさせる。
「気軽にベアと呼んで下さいまし」
「流暢な日本語だな」
「これでもこちらに来る際に勉強しましたから」
そう言う彼女の言葉はとても聞き取りやすい。
イージス学園にはレイや彼女の他にも海外からやってきた生徒が全生徒の二割ほどいるがその大半は日常会話程度ならばできるがやはりたどたどしいものである。
けれどレイや彼女の日本語は片言になっていないし、発音も自然なものである。
相当な勉強をしたのだろうと会話から容易に知れる。
「それで……あなたたちも占ってもらいに来たんですの?」
「いや、俺たちは編入生の噂を聞いたから少し見に来ただけだよ」
「そうなんですの。そう言えばわたくし以外にもう一人編入生の方がいましたわね。確か彼女は──……って、あら?」
彼女はくるりと身体の向きを変えて、もう一人の編入生の席の方へと向く。
「いませんわね。つい先ほどまではいましたのに……」
「どんな子だったの?」
「そうですわね……一言で言うなら『大和撫子』、ですわね」
「ヤマト……ナデシコ?」
レイが首を傾げる。
いくら日本語を勉強したとはいえ、聞き慣れない言葉も出てくることだろう。
「ああレイちゃん、『大和撫子』っていうのは日本の女の人の清楚な美しさ、内に秘めた強さを兼ね備えた女性を意味する言葉のことだよ。漢字で書くと……こうだね」
森さんは手早く説明し、懐中から取り出した生徒手帳に万年筆の先を滑らせていく。
前にも見た胴軸にM.M.のイニシャルが刻印されている瀟洒な万年筆だ。
彼女は生徒手帳のメモ欄に手早く、けれど整っていて丁寧な『大和撫子』の文字をレイに見せる。
「えっ、これって『ダイワナデコ』じゃないの?」
「ダイワナデコ……うん、まぁ、仕方ないか。あはは……」
森さんは苦笑いを浮かべつつ、手帳を海中にしまい込んだ。
「それで……その子は大和撫子って感じだったんだね」
「ええ。それと日本刀を持っていましたからあなたと同じで刀を使うんだと思いますわ」
「へぇ……それは手合わせしてみたいかも」
レイは腰に帯びた刀の柄に手を置き、微かな笑みを浮かべた。
それは強者との戦いを望む、戦士の表情だ。
「さて、それで……占いますの?」
「占い、ねぇ……科学的とは思えないわ。さっきのも全てまぐれだと思うけれど……」
「ちょっと渚……!」
いきなり彼女がベアの前でそう、まるで喧嘩でも売るかの様に言ったのでどきりとした。
けれど彼女は特に怒るでもなく、立ったまま机上の水晶に手をかざした。
「あら……?あなた、金運が著しく下がってますわよ。他の人の金運を十だとすると、あなたはマイナス五十くらいになってますわ」
「金運?だから科学的じゃないと……」
彼女はそう言いながら懐中へと手を入れる。
そして硬直した。
「財布がないっ!?」
あるはずのものがない。それは彼女を酷く狼狽させるには充分だった。
彼女はしばしの間財布がないということを飲み込めずにいたがやがて理解し、床に手を突いた。
判りやすいくらいの落ち込みようだ。
「どこかに落としたのかも……あれにはなけなしの5437円が入っていたのに……」
「細かいね……」
「とんだ厄日よ……」
可哀想に。五千円は大金だ。それを財布ごと落とすなんて彼女の言う通り厄日以外のなにものでもない。
落胆している渚に彼女は言った。
「あなた金運の下りようが異常なくらいですわ。ですからこちらを持っておくといいですわ」
「これは?」
ベアは懐中から取り出したものを渚へと手渡した。
U字の形状をした鉄製の道具だ。
「蹄鉄ですわ。ヨーロッパでは扉に蹄鉄をぶら下げておくと魔除けや幸運のお守りになるって言われてるんですの。よかったらどうぞ」
「……ワタシは別に占いもおまじないも信じてなんかいないわ。非科学的だもの」
「……とかなんとか言いつつも蹄鉄を仕舞ってるけど?」
しかも大事そうに。
言動と行動が一致しないとはまさにこのことを言うのだろう。
「さて、それじゃあ占ってもらおっかな~……──」
渚とは違い、占いや魔術といった非科学的なものを信じていそうなレイはそう楽しそうに言った。
けれど残酷なことに校内全体に号鐘が響き渡った。
「あら、チャイムですわ」
「うん。そろそろ戻らないと」
「ええ~っ?せっかく占って欲しかったのに~……」
ぷくりとむくれる。可愛らしい。
ベアはそんな彼女を見て、くすりと笑みを浮かべると「次の休み時間に占って差し上げますわ」と言った。
「えっ、やったぁ!それじゃあ次の休み時間にまた来るね!」
「ええ。それじゃあ」
こうして俺たちは新たな編入生の一人、ベアトリクス・スプリンガーと知り合った。
◇
──その頃、学園屋上にて
普段開放されてはいるものの滅多に人のこないその場に少女が一人、手すりに触れ、町全体を見下ろしていた。
「はい、ワタシです」
彼女は毛先が切り揃えられた黒髪をかきあげ、片耳に入れられた無線機に対してそう呟く様に言った。
〈先日ドイツから密入国したテロリスト……奴はその学園に?〉
「はい、いました。目標は本日中に拘束します」
腰にある刀の柄に手を置き、町を見下ろす瞳を睨む様に細めた。
そしてくるりと手すりに背を向ける。
〈そうか。目標の生死は問わないとのことだ〉
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そう言って彼女は耳の無線機から指を離すと出入り口である扉へと歩いていく。
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