ヴァイオレント・ノクターン

乃寅

文字の大きさ
89 / 92
六月

Mission13 bloody past 5

しおりを挟む
──運び出された俺たちは全員が病院に運ばれた。
そして目が覚めるとそこには白衣をまとった医者、そして中年の男性が立っていた。

「ここは……」
「目が覚めたみたいですね。ここは病院です」

そう医者は答えた。
しかしその声はまるで雑音に聞こえ、頭痛がした。
痛む頭を押さえるとそこには布の様な感触があった。

「包帯……?」

巻かれたものの手触りでそれがなにか判った。
そして医者の後ろに立つ男性が口を開いた。

「ああ。君は何故ここにいるか……判るかな」
「…………」

包帯に触れつつ、しばらく沈黙した。
脳にはあの出来事が刻み込まれている。
俺は首を縦に振った。

「……ならいい。明日、君には話を聞かせてもらおう」
「話……?」
「ああこれは失礼。私は警察でね、その時の状況について教えて欲しいんだ」

なるほど、彼は警察なのか。
あれだけ徹底的に殴ったり蹴ったりすれば当然こうなるだろう。

「……それで山下は?」
「山下……ああ、あの少年だね。彼は治療を受けた後、麻酔でぐっすり寝ているよ。顔が血塗れで歪んでいるせいで整形手術も必要だそうだ」
「…………」

死んでしまっても全くおかしくはない。それくらいに殴ったが……生きているとは。
人間の生命力の強さを実感した。

「君の従妹……鶫さんだったかな、彼女から聞いた話では君は彼女を助けるために彼らを傷付けた……そういうことになっている」
「そうですか……」

そうなっているのならありがたい。
きっと鶫もあの後大変だっただろう。彼女も血塗られた異常な空間の中にいたのだから。
今回の出来事が彼女の心に傷を刻み込んでいないことを祈るばかりだ。

「……それにしても素手で五人を相手にするだなんて……君はなにか武道でも?」
「はい、幼少の頃から父に教わって……まさかあんな形で使うことになるとは思いませんでしたけど」

父さんから教授されたものを血で染めてしまった。
彼が今回の出来事について聞いたらどんな顔をするだろうか。少なくともいきなり怒鳴る様なことはしないと思うが。がっかりはするんじゃないだろうか。
殴った感覚の染み付いた拳を見下ろし、そう思った。

「……そうか。それじゃあそろそろ失礼するよ」

警察の男性はゆっくりとその場から去って行った。
その後医者から一週間ほどの入院が必要だと聞かされた。
入院している間は山下とその取り巻きたちとは一度も出会わずに実に快適だった。
そして一週間を過ごし、退院した俺は理事長室に呼ばれていた。

「…………」

部屋を満たす重々しい空気が緊張をもたらす。
俺が呼ばれた理由は一つ、一週間前の山下たちとの騒ぎについての説明だ。
椅子に腰かけたまま理事長はゆっくりと口を開いた。

「すまないね、退院したばかりなのに呼んで」
「……いえ」

彼は申し訳なさそうに言った。
この学園の理事長である彼は設立から十年程度で学園を都内屈指の進学校にした敏腕経営者だ。
しかしどんな相手にも驕り高ぶることなく、礼儀を持って接するという紳士である。

「……さて、今回呼んだ理由は判っているね?」
「……はい」
「それについてだが……東条君、君は悪くないということは判っているが……」

理事長は言いづらそうに目を伏せる。

「我が校は都内でもトップクラスの進学校だ。全国から入学しに来る生徒もいるくらい知名度も高い」
「…………」
「知名度が高い、それと同時に事件があればそれが世間に知れ渡るのも早い」

それもそうだろう。全国の人々が注目をしているのだから。

「今回の事件で警察が動いた以上……我が校への影響はかなり大きい」

校内で同級生五人をボコボコにしたなんて流血沙汰を俺は起こした。
いくら山下たちが悪かったとしても俺も裁かれるだろう。

「そこで君の……内部進学を取り消しにする」

その言葉はできることならば聞きたくはなかった。
彼の口からそれが放たれた瞬間に耳を塞いでしまいたかった。

「納得はできんだろうが……世間は我が校に暴力生徒がいると認識している様だ」
「……その暴力生徒というのは僕だけですか?」
「いや、山下君らも含まれている」

それを聞いて少し安心をした。
俺ばかり不利益を被るというのはあまりにも理不尽すぎる。

「そしてそんな生徒のいる学校に子供を通わせたくない……保護者たちはそう言ってる」

自分の子供になにかあったらたまったものではない。当然のことだろう。

「山下君たち五名は退学処分だ。本来ならば君もそうだったんだが……鶫さんのお陰で退学は免れた」

心の中で彼女に感謝する。残り少ない期間ではあるがせめて中学は卒業したかったからだ。
もし鶫がいなければ俺も山下らと同様に退学になっていただろう。

「……申し訳ない。こちらとしてもできることはしたんだが……」

彼は立ち上がって深々と頭を下げた。
理事長ほどの人間が俺という一生徒に頭を下げるなんて滅多にないことだ。

「……判りました。失礼します」

しばらくの間その状態でいた彼をそのままにして、扉に手をかける。
そして軽く会釈をすると理事長室を後にする。

「…………」

部屋から出た俺はきっと早歩きになっていただろう。
ある程度歩いて一旦を足を止めた。

「くそ……ッ!」

壁を殴った、力任せに。
そうすることで溢れ出る悔しさと不条理に対する怒りを吐き出した。
あの時顔面を打ち付けた様に何度も壁に拳を叩きつける。

「こんなの納得できるか……っ!」

恨み辛みを乗せた拳を受け止める壁はまるで今俺の前に立ち塞がる理不尽の様だ。
そしてこれを砕く様な術を持ち合わせていなかった。

「ちくしょう……」

やがて手の甲から血が滲み出してきて、殴ることを止めた。
拳が痛むだけで気は全く晴れなかった。
その後、叔父さんの家に帰ると彼は口を極めて俺のことを称賛した。
鶫を助けようとしてくれたこと、傷だらけになって鶫を守ったこと、喧嘩で拳以外を使わなかったこと……
しかしいくら称賛されたところで嬉しくはなかったし、不条理がとうにかなるわけでもない。
そうして俺は中学卒業と同時に逃げる様に紙越町へと帰った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...