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六月
Mission13 bloody past 5
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──運び出された俺たちは全員が病院に運ばれた。
そして目が覚めるとそこには白衣をまとった医者、そして中年の男性が立っていた。
「ここは……」
「目が覚めたみたいですね。ここは病院です」
そう医者は答えた。
しかしその声はまるで雑音に聞こえ、頭痛がした。
痛む頭を押さえるとそこには布の様な感触があった。
「包帯……?」
巻かれたものの手触りでそれがなにか判った。
そして医者の後ろに立つ男性が口を開いた。
「ああ。君は何故ここにいるか……判るかな」
「…………」
包帯に触れつつ、しばらく沈黙した。
脳にはあの出来事が刻み込まれている。
俺は首を縦に振った。
「……ならいい。明日、君には話を聞かせてもらおう」
「話……?」
「ああこれは失礼。私は警察でね、その時の状況について教えて欲しいんだ」
なるほど、彼は警察なのか。
あれだけ徹底的に殴ったり蹴ったりすれば当然こうなるだろう。
「……それで山下は?」
「山下……ああ、あの少年だね。彼は治療を受けた後、麻酔でぐっすり寝ているよ。顔が血塗れで歪んでいるせいで整形手術も必要だそうだ」
「…………」
死んでしまっても全くおかしくはない。それくらいに殴ったが……生きているとは。
人間の生命力の強さを実感した。
「君の従妹……鶫さんだったかな、彼女から聞いた話では君は彼女を助けるために彼らを傷付けた……そういうことになっている」
「そうですか……」
そうなっているのならありがたい。
きっと鶫もあの後大変だっただろう。彼女も血塗られた異常な空間の中にいたのだから。
今回の出来事が彼女の心に傷を刻み込んでいないことを祈るばかりだ。
「……それにしても素手で五人を相手にするだなんて……君はなにか武道でも?」
「はい、幼少の頃から父に教わって……まさかあんな形で使うことになるとは思いませんでしたけど」
父さんから教授されたものを血で染めてしまった。
彼が今回の出来事について聞いたらどんな顔をするだろうか。少なくともいきなり怒鳴る様なことはしないと思うが。がっかりはするんじゃないだろうか。
殴った感覚の染み付いた拳を見下ろし、そう思った。
「……そうか。それじゃあそろそろ失礼するよ」
警察の男性はゆっくりとその場から去って行った。
その後医者から一週間ほどの入院が必要だと聞かされた。
入院している間は山下とその取り巻きたちとは一度も出会わずに実に快適だった。
そして一週間を過ごし、退院した俺は理事長室に呼ばれていた。
「…………」
部屋を満たす重々しい空気が緊張をもたらす。
俺が呼ばれた理由は一つ、一週間前の山下たちとの騒ぎについての説明だ。
椅子に腰かけたまま理事長はゆっくりと口を開いた。
「すまないね、退院したばかりなのに呼んで」
「……いえ」
彼は申し訳なさそうに言った。
この学園の理事長である彼は設立から十年程度で学園を都内屈指の進学校にした敏腕経営者だ。
しかしどんな相手にも驕り高ぶることなく、礼儀を持って接するという紳士である。
「……さて、今回呼んだ理由は判っているね?」
「……はい」
「それについてだが……東条君、君は悪くないということは判っているが……」
理事長は言いづらそうに目を伏せる。
「我が校は都内でもトップクラスの進学校だ。全国から入学しに来る生徒もいるくらい知名度も高い」
「…………」
「知名度が高い、それと同時に事件があればそれが世間に知れ渡るのも早い」
それもそうだろう。全国の人々が注目をしているのだから。
「今回の事件で警察が動いた以上……我が校への影響はかなり大きい」
校内で同級生五人をボコボコにしたなんて流血沙汰を俺は起こした。
いくら山下たちが悪かったとしても俺も裁かれるだろう。
「そこで君の……内部進学を取り消しにする」
その言葉はできることならば聞きたくはなかった。
彼の口からそれが放たれた瞬間に耳を塞いでしまいたかった。
「納得はできんだろうが……世間は我が校に暴力生徒がいると認識している様だ」
「……その暴力生徒というのは僕だけですか?」
「いや、山下君らも含まれている」
それを聞いて少し安心をした。
俺ばかり不利益を被るというのはあまりにも理不尽すぎる。
「そしてそんな生徒のいる学校に子供を通わせたくない……保護者たちはそう言ってる」
自分の子供になにかあったらたまったものではない。当然のことだろう。
「山下君たち五名は退学処分だ。本来ならば君もそうだったんだが……鶫さんのお陰で退学は免れた」
心の中で彼女に感謝する。残り少ない期間ではあるがせめて中学は卒業したかったからだ。
もし鶫がいなければ俺も山下らと同様に退学になっていただろう。
「……申し訳ない。こちらとしてもできることはしたんだが……」
彼は立ち上がって深々と頭を下げた。
理事長ほどの人間が俺という一生徒に頭を下げるなんて滅多にないことだ。
「……判りました。失礼します」
しばらくの間その状態でいた彼をそのままにして、扉に手をかける。
そして軽く会釈をすると理事長室を後にする。
「…………」
部屋から出た俺はきっと早歩きになっていただろう。
ある程度歩いて一旦を足を止めた。
「くそ……ッ!」
壁を殴った、力任せに。
そうすることで溢れ出る悔しさと不条理に対する怒りを吐き出した。
あの時顔面を打ち付けた様に何度も壁に拳を叩きつける。
「こんなの納得できるか……っ!」
恨み辛みを乗せた拳を受け止める壁はまるで今俺の前に立ち塞がる理不尽の様だ。
そしてこれを砕く様な術を持ち合わせていなかった。
「ちくしょう……」
やがて手の甲から血が滲み出してきて、殴ることを止めた。
拳が痛むだけで気は全く晴れなかった。
その後、叔父さんの家に帰ると彼は口を極めて俺のことを称賛した。
鶫を助けようとしてくれたこと、傷だらけになって鶫を守ったこと、喧嘩で拳以外を使わなかったこと……
しかしいくら称賛されたところで嬉しくはなかったし、不条理がとうにかなるわけでもない。
そうして俺は中学卒業と同時に逃げる様に紙越町へと帰った。
そして目が覚めるとそこには白衣をまとった医者、そして中年の男性が立っていた。
「ここは……」
「目が覚めたみたいですね。ここは病院です」
そう医者は答えた。
しかしその声はまるで雑音に聞こえ、頭痛がした。
痛む頭を押さえるとそこには布の様な感触があった。
「包帯……?」
巻かれたものの手触りでそれがなにか判った。
そして医者の後ろに立つ男性が口を開いた。
「ああ。君は何故ここにいるか……判るかな」
「…………」
包帯に触れつつ、しばらく沈黙した。
脳にはあの出来事が刻み込まれている。
俺は首を縦に振った。
「……ならいい。明日、君には話を聞かせてもらおう」
「話……?」
「ああこれは失礼。私は警察でね、その時の状況について教えて欲しいんだ」
なるほど、彼は警察なのか。
あれだけ徹底的に殴ったり蹴ったりすれば当然こうなるだろう。
「……それで山下は?」
「山下……ああ、あの少年だね。彼は治療を受けた後、麻酔でぐっすり寝ているよ。顔が血塗れで歪んでいるせいで整形手術も必要だそうだ」
「…………」
死んでしまっても全くおかしくはない。それくらいに殴ったが……生きているとは。
人間の生命力の強さを実感した。
「君の従妹……鶫さんだったかな、彼女から聞いた話では君は彼女を助けるために彼らを傷付けた……そういうことになっている」
「そうですか……」
そうなっているのならありがたい。
きっと鶫もあの後大変だっただろう。彼女も血塗られた異常な空間の中にいたのだから。
今回の出来事が彼女の心に傷を刻み込んでいないことを祈るばかりだ。
「……それにしても素手で五人を相手にするだなんて……君はなにか武道でも?」
「はい、幼少の頃から父に教わって……まさかあんな形で使うことになるとは思いませんでしたけど」
父さんから教授されたものを血で染めてしまった。
彼が今回の出来事について聞いたらどんな顔をするだろうか。少なくともいきなり怒鳴る様なことはしないと思うが。がっかりはするんじゃないだろうか。
殴った感覚の染み付いた拳を見下ろし、そう思った。
「……そうか。それじゃあそろそろ失礼するよ」
警察の男性はゆっくりとその場から去って行った。
その後医者から一週間ほどの入院が必要だと聞かされた。
入院している間は山下とその取り巻きたちとは一度も出会わずに実に快適だった。
そして一週間を過ごし、退院した俺は理事長室に呼ばれていた。
「…………」
部屋を満たす重々しい空気が緊張をもたらす。
俺が呼ばれた理由は一つ、一週間前の山下たちとの騒ぎについての説明だ。
椅子に腰かけたまま理事長はゆっくりと口を開いた。
「すまないね、退院したばかりなのに呼んで」
「……いえ」
彼は申し訳なさそうに言った。
この学園の理事長である彼は設立から十年程度で学園を都内屈指の進学校にした敏腕経営者だ。
しかしどんな相手にも驕り高ぶることなく、礼儀を持って接するという紳士である。
「……さて、今回呼んだ理由は判っているね?」
「……はい」
「それについてだが……東条君、君は悪くないということは判っているが……」
理事長は言いづらそうに目を伏せる。
「我が校は都内でもトップクラスの進学校だ。全国から入学しに来る生徒もいるくらい知名度も高い」
「…………」
「知名度が高い、それと同時に事件があればそれが世間に知れ渡るのも早い」
それもそうだろう。全国の人々が注目をしているのだから。
「今回の事件で警察が動いた以上……我が校への影響はかなり大きい」
校内で同級生五人をボコボコにしたなんて流血沙汰を俺は起こした。
いくら山下たちが悪かったとしても俺も裁かれるだろう。
「そこで君の……内部進学を取り消しにする」
その言葉はできることならば聞きたくはなかった。
彼の口からそれが放たれた瞬間に耳を塞いでしまいたかった。
「納得はできんだろうが……世間は我が校に暴力生徒がいると認識している様だ」
「……その暴力生徒というのは僕だけですか?」
「いや、山下君らも含まれている」
それを聞いて少し安心をした。
俺ばかり不利益を被るというのはあまりにも理不尽すぎる。
「そしてそんな生徒のいる学校に子供を通わせたくない……保護者たちはそう言ってる」
自分の子供になにかあったらたまったものではない。当然のことだろう。
「山下君たち五名は退学処分だ。本来ならば君もそうだったんだが……鶫さんのお陰で退学は免れた」
心の中で彼女に感謝する。残り少ない期間ではあるがせめて中学は卒業したかったからだ。
もし鶫がいなければ俺も山下らと同様に退学になっていただろう。
「……申し訳ない。こちらとしてもできることはしたんだが……」
彼は立ち上がって深々と頭を下げた。
理事長ほどの人間が俺という一生徒に頭を下げるなんて滅多にないことだ。
「……判りました。失礼します」
しばらくの間その状態でいた彼をそのままにして、扉に手をかける。
そして軽く会釈をすると理事長室を後にする。
「…………」
部屋から出た俺はきっと早歩きになっていただろう。
ある程度歩いて一旦を足を止めた。
「くそ……ッ!」
壁を殴った、力任せに。
そうすることで溢れ出る悔しさと不条理に対する怒りを吐き出した。
あの時顔面を打ち付けた様に何度も壁に拳を叩きつける。
「こんなの納得できるか……っ!」
恨み辛みを乗せた拳を受け止める壁はまるで今俺の前に立ち塞がる理不尽の様だ。
そしてこれを砕く様な術を持ち合わせていなかった。
「ちくしょう……」
やがて手の甲から血が滲み出してきて、殴ることを止めた。
拳が痛むだけで気は全く晴れなかった。
その後、叔父さんの家に帰ると彼は口を極めて俺のことを称賛した。
鶫を助けようとしてくれたこと、傷だらけになって鶫を守ったこと、喧嘩で拳以外を使わなかったこと……
しかしいくら称賛されたところで嬉しくはなかったし、不条理がとうにかなるわけでもない。
そうして俺は中学卒業と同時に逃げる様に紙越町へと帰った。
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