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1年生編-序章-
10話「朝練」
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清流高校水泳部は朝練をやっているのか?と聞かれたたら、答えは『していなかった』と答える。
元々、吉岡理恵が顧問になる前の先生は『水泳に関しては素人』『練習メニューも昔からの使い回し』『特に顧問としてのやる気が感じられない』という悪い意味での顧問の先生であり、その空気に当てられたのか水泳部の空気も妙に『なんとなく部活をやっている』というやる気が感じられない空気で朝練が練習メニューに組み込まれることはなかった。
だから、吉岡理恵は朝練をメニューに組み込もうと最初はそのつもりでいたが、組み込むことを躊躇してしまう。
それは、学校から遠い距離に住んでる人まで半ば強制的に学校まで来させてしまうからだ。
自転車で行ける距離である中学校とは違い、高校は遠い距離から、バス、電車、親の送迎などで来る人も多く、その人達が朝練で早起きをして、通学途中に事故、または、朝練中に怪我などをして、吉岡理恵の責任問題に発展するのは当然であり、部員の睡眠時間を削ること、勉学などの支障をきたす恐れがあるため、朝練はやめようと考えた。
しかし、『朝練をやりたい』と新入生を含めた多くの部員が朝練を望んだために、条件を付けて朝練を快諾することになり、その内容は『家から学校まで距離がある人は、無理をして朝練に参加するのはやめてください。必ず、出れる人だけ出るように。無理には来ないでください』と吉岡理恵は部員全員に強く警告をし、この内容に部員達も同意した。
初めてのスイミングスクールでの練習を終えての、とある日の朝。
桜坂花蓮は朝練に行くために支度をし、「眠い」とぶつぶつ呪文のように呟きながら、朝ご飯を食べ、歯を磨き、体操服に着替えて、「行ってきまーす」と言いながら、自宅の扉を開けた時に声がかかる。
母親の声で、桜坂由紀が奥から少し早歩きで走ってきた。
「ん?何、忘れ物はないはずだけど」
「これ持っていって」
そう言いながら一つの袋を渡され、中身を確認してみるとアルミホイルで包まれたおにぎりが一つ姿を現してくる。
「朝ご飯を食べたとはいっても、朝練をするんだからお腹減るでしょ。だから、朝練終わったら食べなさい」
朝練をするから、朝早起きをして桜坂花蓮のために、朝ご飯、体操服などを準備してくれたのに、おにぎりまで握ってくれたなんて「感謝してもしきれない」と恥ずかしくて桜坂由紀の前で言えないが心の底から思った。
いや、やはりこの思いは言葉にしないといけないと感じ、つかえながらも口から感謝の言葉が漏れてくる。
「あ、ありがとう」
感謝の言葉もそうでない言葉も、心の底の中に沈めておいては意味がない。
言葉とは口を動かし、頭を動かして、始めて伝わる『気持ち』である。
人は言葉を発する以外に気持ちを伝える術といえば、書くことで伝えられる手紙などが当てはまるだろう。
どのように気持ちを伝えるににしろ、恥ずかしい気持ちを捨て一歩前に踏み出さなければ伝わる気持ちも伝わらないし、それは、行動することも一緒だといえる。
「どういたしまして。車とかに気をつけてね、行ってらっしゃい」
桜坂花蓮から予想外の感謝の言葉をもらった、桜坂由紀はつい嬉しくなって、心と瞳から嬉しい気持ちが溢れそうになるのを、必死に止めながら桜坂花蓮のことを送り出す。
「ん、行ってきます」
親に対して慣れてない言葉を言ったから、頬が赤く染まりながら桜坂由紀から受け取ったおにぎりを鞄に詰めて、自宅の扉を開けた。
清流高校に着き、朝練をする部活が指定された空き教室で着替えて、グラウンドに出る。
清流高校は野球部やサッカー部などの校庭やグラウンドを使う部活は朝練を行なっていないために、グラウンドと校庭を貸し切っての朝練ができるというわけだ。
いつもの部活の時は、グラウンドを毎日のように貸し切っているわけではない。野球部やサッカー部が場所を貸してくれる時はグラウンド、そうでない時は学校の周りをランニングとなっている。
これは、吉岡理恵が野球部とサッカー部の顧問の先生に頭を下げてお願いをした結果であるが、そのことを知る部員は1人もいない。
桜坂花蓮は周りを見渡すと、3年生と2年生はほぼ全員揃っていて、なかには遠くからわざわざ来ている先輩方もいた。そして、1年生はというと人が少なく一番集まりが悪かったがそれもそのはずだと感じてしまう。
まだ水泳部に入って日が浅く、飛び込みやドルフィンキックなどの初歩の初歩を覚えている段階である。泳ぎもまだ教えていない今、大会などに出れるわけでもない一年生は朝早起きをして朝練に参加するメリットはないに等しい。
それでも、メリットがあるとするなら、体力をつけられることだけだが、今日の朝練に参加している一年生と参加していない一年生で比較するならば、それは泳ぎのタイムの時間に関係していく。
今の段階で技術がないなら、体力を磨けば将来的に長い距離も泳げるようになるし、短い距離でも体力の全てを出し切った時のスピードは遅いわけがないだろう。
田崎怜奈、小島順菜、宵宮夏美、南條愛美、武田佳織里が朝練に参加しているメンバーで知っている人はそれだけだったので、南條愛美、武田佳織里と一緒に走ろうかなと思った時に後方から声がかかる。
「花蓮ちゃん!」
後ろに振り返ってみれば、息を切らしながら宵宮夏美が立っていたが、『ランニングのお誘いかな?』となんとなく察してはいた。
「どうしましたか?」
「一緒に走らない?私の知り合いも一緒なんだけど、どう?」
親指で後方を指を指していたので、目で追うとそこにいたのは、桜木春香、秋空楓、霜月真冬で、宵宮夏美と一緒にいることが多い3人という印象で、桜坂花蓮はここにいる誰1人として喋ったことがないが、「いいですよ」と二つ返事で返したと同時に「ありがとう」と宵宮夏美に感謝の言葉を返されてしまう。
「お礼を言われることなんてしていませんよ」
「わざわざ、私達と走ってくれるんだから、お礼を言うのは当然だよ。だって、花蓮ちゃんは佳織里ちゃん、南條さんと走るつもりだったんでしょ?」
「本音を言えばそうですね」
「やっぱり、そうだと思った。貴重な朝練の時間を私達と一緒に過ごしてくれるんだから、私からのお礼は素直に受けってほしいかな」
「そこまで言うなら、わかりました」
真面目な人だな、と桜坂花蓮は素直に思った。
2年生で、上級生の先輩のはずなのに、上から目線でもなく、後輩思いで、優しくて、誰に対しても姿勢は下から目線な先輩は珍しいと感じ、厳しくてハードな練習をこなす上で宵宮夏美のような、話しかけやすく相談に乗ってくれそうな先輩がいる清流高校水泳部は幸せだなと感じてしまう。
宵宮夏美は遠目で待機をしていた、桜木春香、秋空楓、霜月真冬を呼んできて、話したことがない桜坂花蓮に気を遣ってか霜月真冬が口を開いた。
「桜坂、わざわざありがとね。夏美のわがままに付き合わせて」
「いえいえ、そんな。私だって、もっと先輩達と交流を深めたいと思ってましたから」
「そう、ならよかった」
「あ、そうだ。桜坂ちゃんは、大会で何の種目に出るつもりなんですか?」
そう聞いてきたのは、桜木春香だった。
大会などの話は、現段階では吉岡理恵などはしてはいない。4月のまだ肌寒い時期を過ぎて、暖かい時期の突入すれば学校のプール掃除があり、その時に日程を部員に通達すると水泳部員は予測はしている。
しかし、そうはいっても同じ学校の水泳部員であり、仲間でもありライバルで、情報を知っておきたいのは遅かれ早かれ聞かれたことだった。
「200m自由形です」
自由形はそのまま日本語で読んでもいいし、フリーと英語読みをしてもいい。
自由形の泳法は基本的にクロールで泳ぐ人が大半だが、決まりは特になく、背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライで泳いでも失格にはならないが、クロール以外の泳法は独立して競技としてあるため、クロール以外を泳ぐメリットはないだろう。
大会の種目は、自由形、背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライ、個人メドレー、という感じになっていて、種目によって泳ぐ距離が違う。
・自由形
50m、100m、200m、400m、800m(女子のみ)、1500m(男子のみ)
・背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライ
100m、200m
・個人メドレー
200m、400m
上の通りになっており、自由形がもっとも水泳において長い距離を泳ぐのに適している泳法であるため、他の種目と違って長い距離が設定されている。
そして、個人メドレーというのは特殊な種目で、簡単に説明してしまえば、1人で全部の泳法を泳ぐ競技だ。順番はバタフライ→背泳ぎ→平泳ぎ→自由形という順番で、4人で行うメドレーリレーを1人でやるのが、この個人メドレーの特徴である。
基本的に泳ぎやすい自由形に集中してしまうのが現状ではあるが、1人2種目しか出場ができず、1種目に対して定員は3人で出場できるタイムも決まっているために大会出場は狭き門だと思えてしまう。
「へぇ~200m自由形かぁ…それは、大変そうだね」
「えっと、それはどういう意味ですか?」
『この部活に200m自由形を得意としていて、速い選手でもいるのか?』と思いつつ、恐る恐る聞いてみた。
まだ、タイム測定をしていない現状では誰がどの種目でどの距離を泳ぐのかは、今年入ったばかりの桜坂花蓮にはわかりっこない話だ。
「200m自由形はね、田崎先輩が得意な種目なんだよね」
「去年はいいところまで、いったんだよ」
追い討ちをかけるように、霜月真冬は言葉を発した。
その言葉に恐怖を感じ、一瞬その先の言葉を『聞きたくない』と耳を塞ぎそうになるのを我慢する。
「いいところとは?」
「んっと、全国大会まで行ったんだけど、決勝にギリギリタイムが届かなくて、予選落ち」
「なるほど…」
それ以外を言葉にするのは田崎怜奈に対して失礼に感じて、無難な返しで終わらせた。
200m自由形を選択するということは、田崎怜奈と戦うことを意味する。
そして、桜坂花蓮は200m自由形を選択する上で忘れてはいけない人物がいて、その人の名前は南條愛美。彼女もまた、200m自由形を得意としていた。
『これは、大変なことになりそうだな…』
まさに、嵐の予感というやつだ。
清流高校水泳部の200m自由形での県大会出場の切符を手にすることができるのは、果たして誰なのか?はわからないが、自分らしい泳ぎをしようと心に誓う。
そんな中、1人黙ってい聞いていた秋空楓はこう考えていた。
『私も…200m自由形も選択しようとしているんだけど…』
秋空楓は、50m自由形でいつも大会に出場してきた、そんな彼女が200m自由形も泳ごうと思ったのは、ただ単に挑戦して見たいと思ったからだ。
ただ、クイックターンが苦手で回れるけど速くはないからこそ、50m自由形に拘ってきたが、その考えは捨てようと決意する。
それは、苦手を苦手のままで高校生の水泳部を終わらせたくないから、という水泳の情熱がひしひしと心を沸騰させていた。
ほぼ同時刻、南條愛美はグラウンドで見渡してみると桜坂花蓮が目に入ったが宵宮夏美に声をかけられたのを見て、一緒に走るのを辞め1人で走ろうかなと考えていた時に声をかけられ、その方向を向いてみてば、田崎怜奈が立っている。
「一緒に今日は走らない?それとも、誰かと走る約束でもしているのかな?」
「いえ、していません。走ってもいいですよ」
そういう風に言ったものの、田崎怜奈は何を考えて近づいてきたのかわからなかった。
『一緒に楽しく部活をやろう』『後輩とコミニケーションを取ろう』とかの考えではないことだけは南條愛美でも理解はしていいたが、田崎怜奈の行動と考えだけは読めないことだらけだ。
「吉岡先生がまだ来てないから、聞いておきたいんだけど…大会には何の種目で出るつもりなの?」
「200m自由形です」
『このことを聞くために今日、私に話しかけたのか…』
南條愛美はそう結論づけたが、この時期を考えれば妥当だなと感じた。
だが、田崎怜奈は南條愛美に声をかけたのにはそれ以外の理由がある。
それは、南條愛美が同じ種目を目指しているのなら、一番の脅威になると確信しているからだ。
「田崎先輩は何の種目を泳ぐんですか?」
「私は200m自由形だよ」
その答えが返ってくるのと同時に『あぁ、この人と勝負するのか』と南條愛美は拒んでいて、心が頭が田崎怜奈と勝負することだけは避けたいと強く望んでいる気がしていた。
南條愛美は田崎怜奈と勝負して『絶対に勝てる』という道筋が見えていないのが本音であり、もし大会で同じ舞台で泳ぐ場合は『焦った方が負け』だろうと考えている。
「それを何で私に直接聞いたんですか?経験者なら花蓮もいますし、他の先輩だって…」
「あぁ、花蓮ちゃんね。彼女は私には勝てないよ、今の段階ではね…それをタイム測定の時に証明してあげる。私は、目の前にいる南條愛美が私にとっての一番の脅威だと思っているから」
そう、南條愛美の瞳の奥を真っ直ぐに見つめながら、宣言した。
その宣言に、南條愛美は何も言い返せず恐怖を感じてすらいた所に、吉岡理恵がグラウンドに現れ、笛を鳴らす。
笛の音は全員集合の合図だ。
「話はこれでおしまい、行こうか」
「はい」
吉岡理恵の笛の音に助けられた、そんな気がした。
元々、吉岡理恵が顧問になる前の先生は『水泳に関しては素人』『練習メニューも昔からの使い回し』『特に顧問としてのやる気が感じられない』という悪い意味での顧問の先生であり、その空気に当てられたのか水泳部の空気も妙に『なんとなく部活をやっている』というやる気が感じられない空気で朝練が練習メニューに組み込まれることはなかった。
だから、吉岡理恵は朝練をメニューに組み込もうと最初はそのつもりでいたが、組み込むことを躊躇してしまう。
それは、学校から遠い距離に住んでる人まで半ば強制的に学校まで来させてしまうからだ。
自転車で行ける距離である中学校とは違い、高校は遠い距離から、バス、電車、親の送迎などで来る人も多く、その人達が朝練で早起きをして、通学途中に事故、または、朝練中に怪我などをして、吉岡理恵の責任問題に発展するのは当然であり、部員の睡眠時間を削ること、勉学などの支障をきたす恐れがあるため、朝練はやめようと考えた。
しかし、『朝練をやりたい』と新入生を含めた多くの部員が朝練を望んだために、条件を付けて朝練を快諾することになり、その内容は『家から学校まで距離がある人は、無理をして朝練に参加するのはやめてください。必ず、出れる人だけ出るように。無理には来ないでください』と吉岡理恵は部員全員に強く警告をし、この内容に部員達も同意した。
初めてのスイミングスクールでの練習を終えての、とある日の朝。
桜坂花蓮は朝練に行くために支度をし、「眠い」とぶつぶつ呪文のように呟きながら、朝ご飯を食べ、歯を磨き、体操服に着替えて、「行ってきまーす」と言いながら、自宅の扉を開けた時に声がかかる。
母親の声で、桜坂由紀が奥から少し早歩きで走ってきた。
「ん?何、忘れ物はないはずだけど」
「これ持っていって」
そう言いながら一つの袋を渡され、中身を確認してみるとアルミホイルで包まれたおにぎりが一つ姿を現してくる。
「朝ご飯を食べたとはいっても、朝練をするんだからお腹減るでしょ。だから、朝練終わったら食べなさい」
朝練をするから、朝早起きをして桜坂花蓮のために、朝ご飯、体操服などを準備してくれたのに、おにぎりまで握ってくれたなんて「感謝してもしきれない」と恥ずかしくて桜坂由紀の前で言えないが心の底から思った。
いや、やはりこの思いは言葉にしないといけないと感じ、つかえながらも口から感謝の言葉が漏れてくる。
「あ、ありがとう」
感謝の言葉もそうでない言葉も、心の底の中に沈めておいては意味がない。
言葉とは口を動かし、頭を動かして、始めて伝わる『気持ち』である。
人は言葉を発する以外に気持ちを伝える術といえば、書くことで伝えられる手紙などが当てはまるだろう。
どのように気持ちを伝えるににしろ、恥ずかしい気持ちを捨て一歩前に踏み出さなければ伝わる気持ちも伝わらないし、それは、行動することも一緒だといえる。
「どういたしまして。車とかに気をつけてね、行ってらっしゃい」
桜坂花蓮から予想外の感謝の言葉をもらった、桜坂由紀はつい嬉しくなって、心と瞳から嬉しい気持ちが溢れそうになるのを、必死に止めながら桜坂花蓮のことを送り出す。
「ん、行ってきます」
親に対して慣れてない言葉を言ったから、頬が赤く染まりながら桜坂由紀から受け取ったおにぎりを鞄に詰めて、自宅の扉を開けた。
清流高校に着き、朝練をする部活が指定された空き教室で着替えて、グラウンドに出る。
清流高校は野球部やサッカー部などの校庭やグラウンドを使う部活は朝練を行なっていないために、グラウンドと校庭を貸し切っての朝練ができるというわけだ。
いつもの部活の時は、グラウンドを毎日のように貸し切っているわけではない。野球部やサッカー部が場所を貸してくれる時はグラウンド、そうでない時は学校の周りをランニングとなっている。
これは、吉岡理恵が野球部とサッカー部の顧問の先生に頭を下げてお願いをした結果であるが、そのことを知る部員は1人もいない。
桜坂花蓮は周りを見渡すと、3年生と2年生はほぼ全員揃っていて、なかには遠くからわざわざ来ている先輩方もいた。そして、1年生はというと人が少なく一番集まりが悪かったがそれもそのはずだと感じてしまう。
まだ水泳部に入って日が浅く、飛び込みやドルフィンキックなどの初歩の初歩を覚えている段階である。泳ぎもまだ教えていない今、大会などに出れるわけでもない一年生は朝早起きをして朝練に参加するメリットはないに等しい。
それでも、メリットがあるとするなら、体力をつけられることだけだが、今日の朝練に参加している一年生と参加していない一年生で比較するならば、それは泳ぎのタイムの時間に関係していく。
今の段階で技術がないなら、体力を磨けば将来的に長い距離も泳げるようになるし、短い距離でも体力の全てを出し切った時のスピードは遅いわけがないだろう。
田崎怜奈、小島順菜、宵宮夏美、南條愛美、武田佳織里が朝練に参加しているメンバーで知っている人はそれだけだったので、南條愛美、武田佳織里と一緒に走ろうかなと思った時に後方から声がかかる。
「花蓮ちゃん!」
後ろに振り返ってみれば、息を切らしながら宵宮夏美が立っていたが、『ランニングのお誘いかな?』となんとなく察してはいた。
「どうしましたか?」
「一緒に走らない?私の知り合いも一緒なんだけど、どう?」
親指で後方を指を指していたので、目で追うとそこにいたのは、桜木春香、秋空楓、霜月真冬で、宵宮夏美と一緒にいることが多い3人という印象で、桜坂花蓮はここにいる誰1人として喋ったことがないが、「いいですよ」と二つ返事で返したと同時に「ありがとう」と宵宮夏美に感謝の言葉を返されてしまう。
「お礼を言われることなんてしていませんよ」
「わざわざ、私達と走ってくれるんだから、お礼を言うのは当然だよ。だって、花蓮ちゃんは佳織里ちゃん、南條さんと走るつもりだったんでしょ?」
「本音を言えばそうですね」
「やっぱり、そうだと思った。貴重な朝練の時間を私達と一緒に過ごしてくれるんだから、私からのお礼は素直に受けってほしいかな」
「そこまで言うなら、わかりました」
真面目な人だな、と桜坂花蓮は素直に思った。
2年生で、上級生の先輩のはずなのに、上から目線でもなく、後輩思いで、優しくて、誰に対しても姿勢は下から目線な先輩は珍しいと感じ、厳しくてハードな練習をこなす上で宵宮夏美のような、話しかけやすく相談に乗ってくれそうな先輩がいる清流高校水泳部は幸せだなと感じてしまう。
宵宮夏美は遠目で待機をしていた、桜木春香、秋空楓、霜月真冬を呼んできて、話したことがない桜坂花蓮に気を遣ってか霜月真冬が口を開いた。
「桜坂、わざわざありがとね。夏美のわがままに付き合わせて」
「いえいえ、そんな。私だって、もっと先輩達と交流を深めたいと思ってましたから」
「そう、ならよかった」
「あ、そうだ。桜坂ちゃんは、大会で何の種目に出るつもりなんですか?」
そう聞いてきたのは、桜木春香だった。
大会などの話は、現段階では吉岡理恵などはしてはいない。4月のまだ肌寒い時期を過ぎて、暖かい時期の突入すれば学校のプール掃除があり、その時に日程を部員に通達すると水泳部員は予測はしている。
しかし、そうはいっても同じ学校の水泳部員であり、仲間でもありライバルで、情報を知っておきたいのは遅かれ早かれ聞かれたことだった。
「200m自由形です」
自由形はそのまま日本語で読んでもいいし、フリーと英語読みをしてもいい。
自由形の泳法は基本的にクロールで泳ぐ人が大半だが、決まりは特になく、背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライで泳いでも失格にはならないが、クロール以外の泳法は独立して競技としてあるため、クロール以外を泳ぐメリットはないだろう。
大会の種目は、自由形、背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライ、個人メドレー、という感じになっていて、種目によって泳ぐ距離が違う。
・自由形
50m、100m、200m、400m、800m(女子のみ)、1500m(男子のみ)
・背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライ
100m、200m
・個人メドレー
200m、400m
上の通りになっており、自由形がもっとも水泳において長い距離を泳ぐのに適している泳法であるため、他の種目と違って長い距離が設定されている。
そして、個人メドレーというのは特殊な種目で、簡単に説明してしまえば、1人で全部の泳法を泳ぐ競技だ。順番はバタフライ→背泳ぎ→平泳ぎ→自由形という順番で、4人で行うメドレーリレーを1人でやるのが、この個人メドレーの特徴である。
基本的に泳ぎやすい自由形に集中してしまうのが現状ではあるが、1人2種目しか出場ができず、1種目に対して定員は3人で出場できるタイムも決まっているために大会出場は狭き門だと思えてしまう。
「へぇ~200m自由形かぁ…それは、大変そうだね」
「えっと、それはどういう意味ですか?」
『この部活に200m自由形を得意としていて、速い選手でもいるのか?』と思いつつ、恐る恐る聞いてみた。
まだ、タイム測定をしていない現状では誰がどの種目でどの距離を泳ぐのかは、今年入ったばかりの桜坂花蓮にはわかりっこない話だ。
「200m自由形はね、田崎先輩が得意な種目なんだよね」
「去年はいいところまで、いったんだよ」
追い討ちをかけるように、霜月真冬は言葉を発した。
その言葉に恐怖を感じ、一瞬その先の言葉を『聞きたくない』と耳を塞ぎそうになるのを我慢する。
「いいところとは?」
「んっと、全国大会まで行ったんだけど、決勝にギリギリタイムが届かなくて、予選落ち」
「なるほど…」
それ以外を言葉にするのは田崎怜奈に対して失礼に感じて、無難な返しで終わらせた。
200m自由形を選択するということは、田崎怜奈と戦うことを意味する。
そして、桜坂花蓮は200m自由形を選択する上で忘れてはいけない人物がいて、その人の名前は南條愛美。彼女もまた、200m自由形を得意としていた。
『これは、大変なことになりそうだな…』
まさに、嵐の予感というやつだ。
清流高校水泳部の200m自由形での県大会出場の切符を手にすることができるのは、果たして誰なのか?はわからないが、自分らしい泳ぎをしようと心に誓う。
そんな中、1人黙ってい聞いていた秋空楓はこう考えていた。
『私も…200m自由形も選択しようとしているんだけど…』
秋空楓は、50m自由形でいつも大会に出場してきた、そんな彼女が200m自由形も泳ごうと思ったのは、ただ単に挑戦して見たいと思ったからだ。
ただ、クイックターンが苦手で回れるけど速くはないからこそ、50m自由形に拘ってきたが、その考えは捨てようと決意する。
それは、苦手を苦手のままで高校生の水泳部を終わらせたくないから、という水泳の情熱がひしひしと心を沸騰させていた。
ほぼ同時刻、南條愛美はグラウンドで見渡してみると桜坂花蓮が目に入ったが宵宮夏美に声をかけられたのを見て、一緒に走るのを辞め1人で走ろうかなと考えていた時に声をかけられ、その方向を向いてみてば、田崎怜奈が立っている。
「一緒に今日は走らない?それとも、誰かと走る約束でもしているのかな?」
「いえ、していません。走ってもいいですよ」
そういう風に言ったものの、田崎怜奈は何を考えて近づいてきたのかわからなかった。
『一緒に楽しく部活をやろう』『後輩とコミニケーションを取ろう』とかの考えではないことだけは南條愛美でも理解はしていいたが、田崎怜奈の行動と考えだけは読めないことだらけだ。
「吉岡先生がまだ来てないから、聞いておきたいんだけど…大会には何の種目で出るつもりなの?」
「200m自由形です」
『このことを聞くために今日、私に話しかけたのか…』
南條愛美はそう結論づけたが、この時期を考えれば妥当だなと感じた。
だが、田崎怜奈は南條愛美に声をかけたのにはそれ以外の理由がある。
それは、南條愛美が同じ種目を目指しているのなら、一番の脅威になると確信しているからだ。
「田崎先輩は何の種目を泳ぐんですか?」
「私は200m自由形だよ」
その答えが返ってくるのと同時に『あぁ、この人と勝負するのか』と南條愛美は拒んでいて、心が頭が田崎怜奈と勝負することだけは避けたいと強く望んでいる気がしていた。
南條愛美は田崎怜奈と勝負して『絶対に勝てる』という道筋が見えていないのが本音であり、もし大会で同じ舞台で泳ぐ場合は『焦った方が負け』だろうと考えている。
「それを何で私に直接聞いたんですか?経験者なら花蓮もいますし、他の先輩だって…」
「あぁ、花蓮ちゃんね。彼女は私には勝てないよ、今の段階ではね…それをタイム測定の時に証明してあげる。私は、目の前にいる南條愛美が私にとっての一番の脅威だと思っているから」
そう、南條愛美の瞳の奥を真っ直ぐに見つめながら、宣言した。
その宣言に、南條愛美は何も言い返せず恐怖を感じてすらいた所に、吉岡理恵がグラウンドに現れ、笛を鳴らす。
笛の音は全員集合の合図だ。
「話はこれでおしまい、行こうか」
「はい」
吉岡理恵の笛の音に助けられた、そんな気がした。
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小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
俺は陰キャだったはずなのに……なぜか学園内でモテ期が到来した件
こうたろ
青春
友人も恋人も居ないボッチ学生だった山田拓海が何故かモテだしてしまう。
・学園一の美人で、男女問わず憧れの的。
・陸上部のエースで、明るく活発なスポーツ女子。
・物静かで儚げな美術部員。
・アメリカから来た金髪碧眼でハイテンションな留学生。
・幼稚園から中学まで毎朝一緒に登校していた幼馴染。
拓海の生活はどうなるのか!?
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