9 / 19
第一章 君と共に
第九話 違和感
しおりを挟む
雨の日だった。厚い雲が空を覆って、夜みたいに暗い校舎の中。
階段でよろけた時。
「大丈夫⁉︎」
隣を歩いていたきみつキに、抱き抱えられた。
「あ、りがとう」
「よかった……」
目が合った。
花紺青の瞳。
いつも見ていたようで、見ていなかったのだろうか。深く綺麗で、そのまま僕はその目に引き込まれそうになって……
「――っ烏丸!」
「ちょっ、速いて、りんちゃん!」
竜胆さんと烏丸さんの声がした。下からバタバタと階段を駆け上がってくる。
それで僕は、音の方に顔を逸らした。
「……ごめん、なつき」
「きみつキ?」
馬鹿なことをしたみたいに彼は頭を抱え、僕を自分から引き離した。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「え、うん……」
彼の様子がどこかおかしいのは分かった。きみつキが去っていった方をただじっと見つめていると
「なつきくんっ」
下の踊り場の端から烏丸さんと竜胆さんが顔を出した。
「大丈夫、みたいね」
『大丈夫』。なんのことだろうか。僕が階段から落ちそうになったこと? それとも――
「ちょっと、大丈夫?」
「なつきくん?」
くぐもった声。ゆらゆらと水の中みたいに不安定に揺れる二人が、心配そうな目で見上げてくる。
「大丈夫だよ僕は」
階段を降りていく。
何かがおかしい。
何か。
あぁ、いや、何かではなく、色だ。視界も全部。
しゃぼん玉を覗き込んだみたいに、視界が歪んで……。
僕は――
蝉時雨。
その中で、僕は体を起こした。
若草の香りがする。それと、なんだか懐かしい……。
僕がいたのは、どこかの林の中だった。木漏れ日が時々泳ぐそこを、僕は歩いていく。
いつぶりかな。こんなに綺麗な緑って本当に久しぶりに見たかもしれない。褪せてもなくて、暗くもなくて、鮮やかな元気の塊みたいな色。
綺麗だ。
思いっきり息を吸うと、生き返るような心地がした。
あぁ、懐かしい。ずっと昔、僕の胸にあった気がする。
……そういえばここはどこなんだろう。あれ? さっきまで僕はどこにいたんだっけ。
緑じゃなくて、白でもなくて、灰のような暗い場所……。
いつから、そんなに暗くなったんだろう?
初めから暗かった?
そんなことはない。明るかった。
なら、いつから……。
「――ん、なつきくん!」
「……っ!」
目を覚ますと僕は寝かされていて、心配そうな二人の顔が覗いていた。
「ここは……」
「学校よ。階段の踊り場」
辺りはそれまで通りの色の薄い世界に見えるけど、心なしか気を失う前より明るい気がする。
「降りる途中で落ちたんよ。頑張って二人で受け止めたけど、痛いとこない?」
「あ……大丈夫」
「よかった……。それはそうと」
安堵の表情から一変、竜胆さんは真剣な目で僕を見据えた。
「なつきさん、あなた、やっぱりお祓いが必要だわ」
「え?」
「塩飴じゃ気を紛らわすくらいにしか役立たなかった。狐が強すぎるわ」
「でもちょっと離れた今なら、できるんちゃう? 邪気と狐に完全おさらば」
「狐の方は完全に出来るか分からないけれど、出来る所は出来るだけ、どうにかしないとね」
二人はよく分からない話をしている。これは僕がさっきまで眠ってたから理解できない訳じゃないよな?
竜胆さんと烏丸さんは顔を見合わせ頷くと、一緒に僕に両手をかざしてきた。
「え、あの、何……が起きてるの?」
いきなりで戸惑ったけど、目に見える光が出たわけではないのに二人の手の平から力を感じて、僕の体は軽く、視界は明るくなっていく。
「あなたに憑いてた悪いモノを取ってるのよ」
あぁ、あの日竜胆さんが言ってた「ついてる」ってそういうことだったのか。
「うちら神社の子やから。不思議な力使えるんやで~」
「一瞬で完全に祓えたらいいんだけれど、そんな簡単なものでもないのよね。あなたの場合は少し……というか、複雑に絡まり合ってて難しいの。でもこれで浄化が進んでいくから、また元のように暮らせる筈よ」
「えっと……ありがとう?」
何が起こっているのか分からない。けど、確実に何かがよくなったのは確か。彼女達の持つ不思議な力に、少しだけ元気が出た気がする。
「気分はどう?」
「よくなったよ。なんか……夢から覚めたみたい」
「よかったわ」
二人は微笑む。けれど僕には他に心配事があった。
「あの、きみつキは? 何か、おかしかったよね?」
「彼のことは私達が何とかするから、心配しないで」
「そうそう。なつきくんはいつも通り過ごしぃ。しっかり休むんよ」
「……分かった。じゃあ、きみつキのこと、お願い」
僕がそう言うと、二人は力強く頷いてくれた。……彼女達なら、どうにかしてくれるんじゃないかと思う。
僕は二人に託すことにした。
階段でよろけた時。
「大丈夫⁉︎」
隣を歩いていたきみつキに、抱き抱えられた。
「あ、りがとう」
「よかった……」
目が合った。
花紺青の瞳。
いつも見ていたようで、見ていなかったのだろうか。深く綺麗で、そのまま僕はその目に引き込まれそうになって……
「――っ烏丸!」
「ちょっ、速いて、りんちゃん!」
竜胆さんと烏丸さんの声がした。下からバタバタと階段を駆け上がってくる。
それで僕は、音の方に顔を逸らした。
「……ごめん、なつき」
「きみつキ?」
馬鹿なことをしたみたいに彼は頭を抱え、僕を自分から引き離した。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「え、うん……」
彼の様子がどこかおかしいのは分かった。きみつキが去っていった方をただじっと見つめていると
「なつきくんっ」
下の踊り場の端から烏丸さんと竜胆さんが顔を出した。
「大丈夫、みたいね」
『大丈夫』。なんのことだろうか。僕が階段から落ちそうになったこと? それとも――
「ちょっと、大丈夫?」
「なつきくん?」
くぐもった声。ゆらゆらと水の中みたいに不安定に揺れる二人が、心配そうな目で見上げてくる。
「大丈夫だよ僕は」
階段を降りていく。
何かがおかしい。
何か。
あぁ、いや、何かではなく、色だ。視界も全部。
しゃぼん玉を覗き込んだみたいに、視界が歪んで……。
僕は――
蝉時雨。
その中で、僕は体を起こした。
若草の香りがする。それと、なんだか懐かしい……。
僕がいたのは、どこかの林の中だった。木漏れ日が時々泳ぐそこを、僕は歩いていく。
いつぶりかな。こんなに綺麗な緑って本当に久しぶりに見たかもしれない。褪せてもなくて、暗くもなくて、鮮やかな元気の塊みたいな色。
綺麗だ。
思いっきり息を吸うと、生き返るような心地がした。
あぁ、懐かしい。ずっと昔、僕の胸にあった気がする。
……そういえばここはどこなんだろう。あれ? さっきまで僕はどこにいたんだっけ。
緑じゃなくて、白でもなくて、灰のような暗い場所……。
いつから、そんなに暗くなったんだろう?
初めから暗かった?
そんなことはない。明るかった。
なら、いつから……。
「――ん、なつきくん!」
「……っ!」
目を覚ますと僕は寝かされていて、心配そうな二人の顔が覗いていた。
「ここは……」
「学校よ。階段の踊り場」
辺りはそれまで通りの色の薄い世界に見えるけど、心なしか気を失う前より明るい気がする。
「降りる途中で落ちたんよ。頑張って二人で受け止めたけど、痛いとこない?」
「あ……大丈夫」
「よかった……。それはそうと」
安堵の表情から一変、竜胆さんは真剣な目で僕を見据えた。
「なつきさん、あなた、やっぱりお祓いが必要だわ」
「え?」
「塩飴じゃ気を紛らわすくらいにしか役立たなかった。狐が強すぎるわ」
「でもちょっと離れた今なら、できるんちゃう? 邪気と狐に完全おさらば」
「狐の方は完全に出来るか分からないけれど、出来る所は出来るだけ、どうにかしないとね」
二人はよく分からない話をしている。これは僕がさっきまで眠ってたから理解できない訳じゃないよな?
竜胆さんと烏丸さんは顔を見合わせ頷くと、一緒に僕に両手をかざしてきた。
「え、あの、何……が起きてるの?」
いきなりで戸惑ったけど、目に見える光が出たわけではないのに二人の手の平から力を感じて、僕の体は軽く、視界は明るくなっていく。
「あなたに憑いてた悪いモノを取ってるのよ」
あぁ、あの日竜胆さんが言ってた「ついてる」ってそういうことだったのか。
「うちら神社の子やから。不思議な力使えるんやで~」
「一瞬で完全に祓えたらいいんだけれど、そんな簡単なものでもないのよね。あなたの場合は少し……というか、複雑に絡まり合ってて難しいの。でもこれで浄化が進んでいくから、また元のように暮らせる筈よ」
「えっと……ありがとう?」
何が起こっているのか分からない。けど、確実に何かがよくなったのは確か。彼女達の持つ不思議な力に、少しだけ元気が出た気がする。
「気分はどう?」
「よくなったよ。なんか……夢から覚めたみたい」
「よかったわ」
二人は微笑む。けれど僕には他に心配事があった。
「あの、きみつキは? 何か、おかしかったよね?」
「彼のことは私達が何とかするから、心配しないで」
「そうそう。なつきくんはいつも通り過ごしぃ。しっかり休むんよ」
「……分かった。じゃあ、きみつキのこと、お願い」
僕がそう言うと、二人は力強く頷いてくれた。……彼女達なら、どうにかしてくれるんじゃないかと思う。
僕は二人に託すことにした。
0
あなたにおすすめの小説
悪夢の先に
紫月ゆえ
BL
人に頼ることを知らない大学生(受)が体調不良に陥ってしまう。そんな彼に手を差し伸べる恋人(攻)にも、悪夢を見たことで拒絶をしてしまうが…。
※体調不良表現あり。嘔吐表現あるので苦手な方はご注意ください。
『孤毒の解毒薬』の続編です!
西条雪(受):ぼっち学生。人と関わることに抵抗を抱いている。無自覚だが、容姿はかなり整っている。
白銀奏斗(攻):勉学、容姿、人望を兼ね備えた人気者。柔らかく穏やかな雰囲気をまとう。
ポメった幼馴染をモフる話
鑽孔さんこう
BL
ポメガバースBLです! 大学生の幼馴染2人は恋人同士で同じ家に住んでいる。ある金曜日の夜、バイト帰りで疲れ切ったまま寒空の下家路につき、愛しの我が家へ着いた頃には体は冷え切っていた。家の中では恋人の居川仁が帰りを待ってくれているはずだが、家の外から人の気配は感じられない。聞きそびれていた用事でもあったか、と思考を巡らせながら家の扉を開けるとそこには…!※12時投稿。2025.3.11完結しました。追加で投稿中。
【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。
キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、
ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。
国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚――
だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。
顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。
過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、
気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。
「それでも俺は、あなたがいいんです」
だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。
切なさとすれ違い、
それでも惹かれ合う二人の、
優しくて不器用な恋の物語。
全8話。
愛と猛毒(仮)
万里
BL
オフィスビルの非常階段。冷え切った踊り場で煙草をくゆらせる水原七瀬(みずはらななせ)は、部下たちのやり取りを静かに見守っていた。 そこでは村上和弥(むらかみかずや)が、長年想い続けてきた和泉に別れを告げられていた。和泉は「ありがとう」と優しく微笑みながらも、決意をもって彼を突き放す。和弥は矜持を守ろうと、営業スマイルを貼り付けて必死に言葉を紡ぐが、その姿は痛々しいほどに惨めだった。
和泉が去った後、七瀬は姿を現し、冷徹な言葉で和弥を追い詰める。 「お前はただの予備だった」「純愛なんて綺麗な言葉で誤魔化してるだけだ」――七瀬の毒舌は、和弥の心を抉り、憎悪を引き出す。和弥は「嫌いだ」と叫び、七瀬を突き放して階段を駆け下りていく。
「……本当、バカだよな。お前も、俺も」
七瀬は独り言を漏らすと、和弥が触れた手首を愛おしそうに、そして自嘲気味に強く握りしめた。
その指先に残る熱は、嫌悪という仮面の下で燃え盛る執着の証だった。 毒を吐き続けることでしか伝えられない――「好きだ」という言葉を、七瀬は永遠に飲み込んだまま、胸の奥で腐らせていた。
ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる