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星を浮かべた魔法使い
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「分かるでしょ? もう私達あそこへは戻れないのよ」
ある冬の寒い夜、若い女は自分の横で座る少年に言った。少年は女より一回りか二回り程小さいが、親子には見えない。二人ともそれほどいい服は着ておらず、それぞれの手に見えるのはパンが一つだけだ。これが夕食なのだろう。
白い鳩が街道を歩き、店の軒下に座り込む二人はそれを眺める。
「少し前なら、あの鳩にあげるパンもあったのにね」
「皮肉はよしてちょうだい。今日私達が食べるパンがあるだけいいじゃない。マフラーもあるんだし」
「結構ボロになってきたよ。所々に毛玉が目立つもん」
それに女は小さく溜め息を吐いて、パンをちぎると口へと運んだ。
「わがまま言わない。姉さんまだ少し仕事があるから、アルは大人しくしてること」
「……はーい」
アルと言われた少年はつまらなさそうに返事をすると、店の隣にある宿の二階へと登っていく。そこが、なけなしの金で二人が借りて住んでいる今の家だ。
「はぁ、何かいいことないかなぁ」
姉は下に残ったので、アルは一人窓辺で星空を見つめる。足が付かない椅子に座って頬杖を付きながら。
彼らは庶民の家に生まれたが、父が王宮勤めだった為そこそこ良い暮らしをしていた。しかし父が王に無礼を働いて捕まり、何やかんやあり家を売って姉がアルを養うことになったのである。母が半年前に病死したことも、姉が働かなければならない理由の一つだった。
「いいことならある。お前達の命が奪われなかったことが『いいこと』だ」
アルの少し後ろで壁にもたれていた父が言った。
「……母さんがいればもっと良かったのに」
一瞬視線を移しはしたものの父を冷たくあしらうアル。だが父はアルを見つめた。
「母さんはいるさ。お星様になって空に浮かんでる」
「あのね、そんなおとぎ話もう信じるような年じゃないから僕。何歳だと思ってるの?」
「十三歳だな」
「そうだよ。大体父さんが王様に逆らったりしなければこんなことにはならなかったんだ。それで僕達一家は住む家もなくなって。それなのに仕事もせずに姉さんにだけ働かせて。僕だって昼間は少し手伝ってるのに」
苛立ち捲し立てるアルに、父は少々寂しそうな顔をした。
「昔話を聞かせようか」
「昔話ぃ?」
なんの脈絡もなく父がそんなこと言うので、アルは顰めっ面をしたが
「あるところに、魔法使いがいた。星を浮かべる魔法使いだ」
父がすぐ話し始めたので、アルは聞くしかなくなった。アルは暫し迷って、耳を傾けつつ星を見る振りをする。
「その魔法使いは、死んだ人の輝きを空に浮かべることが出来た。それが星だ。その人が良い行いをしていれば、星はより輝きを増した。魔法使いは、この世界が出来てからずっとその仕事を続けていたが幸せだった。自分に出来る最高の弔いであると誇りに思っていたからだ」
アルは星を見つめ、魔法使いのことを思った。今聞いたことが本当なら、空に浮かぶ星々は彼が弔った人の数だ。瞬く星々はとても綺麗で、どれも少しずつ違う色と光をしている。いくつもの星を浮かべ、それを誇りとしている魔法使いのことを、アルは格好いいと思った。
「百年が過ぎ、二百年が過ぎ……やがて魔法使いは他の幸せも見つけることになる。とても素敵な女性と結婚し、子どもも二人授かったんだ」
「え、冒険譚じゃないの? 普通のお話なんて嫌だよ。折角魔法使いが出てくるのに」
「まあまあ、続きを聞いてくれ」
アルが自分の方を向いたので嬉しそうに父は微笑む。
「その女性は街に住む人だった。魔法使いは王家に仕えるような形で王宮の隅の塔に住んでいたけれど、彼の存在は秘密だった」
「どうして秘密だったの?」
「魔法使いは静かに暮らしたかったんだ。だから魔法使いの存在を公にしないことを条件に、王家は自分達の星の光を強くするよう頼んだ」
「そんなことしたら星の光は弱まっちゃうと思うけど」
その言葉に、父は優しく頷く。
「その通り。だから魔法使いは、星の光を強くしたいなら善行を積むといいと言った」
「じゃあ王国が平和なのって、その魔法使いのおかげかもね。今の王様は僕ちょっと嫌だけど」
王が父をクビにしたのでアルは文句を垂れる。それに父は苦笑して、話の続きを始めた。
「魔法使いはある時、街で出会った女性に一目惚れした。そして幸運なことに、女性も同じように魔法使いのことを好きになったんだ。二人は恋に落ち、さっき言った通り家族になった。魔法使いは仕事を続けながら、その様子を奥さんに時々見せていた。大きくなった上の子にもね。幸せな日々が続いていた。けれど、彼女は病気になってしまった。魔法使いはとても悲しんで、どうにか出来ないかと精一杯頑張ったんだ」
アルは無意識に前屈みになる。半年前に病死した自分の母親と重ねたのもあったが、魔法使いがどんな魔法で問題を解決してくれるのか気になったのだ。
「魔法使いはいいことを思い付いた。星から光を借りて、奥さんの病気を追い払おうと。……でも、上手くいかなかった」
「どうして? 今まで魔法使いが星を作ってたんでしょ? 少しくらい力を貸してくれたっていいのに」
「そうだな。魔法使いもそう思った。けれど星達は言ったんだ。『私達はただの光の結晶です。闇を遠ざける力も持っていますが、これが限界です』と。魔法使いは他にも出来ることはないかと探したけれど、そうこうしている内に奥さんは死んでしまった」
「そんな。じゃあ……奥さんのことも同じように星にしたの?」
「ああ。ほら、あの星だよ」
父は窓辺に行き、アルの指を取ってある星を指す。それは少し橙色で、温かい母の記憶をアルに思い出させた。
「けれど、魔法使いは奥さんのことが忘れられず、寂しくて堪らなかった。だから、この世界で家族の他に自分の正体を知っている王家と話をしに行ったんだ。自分は空に行きたいから、そうさせてくれないかと」
「……死ぬってこと?」
父は黙って頷く。アルは少し考える仕草をしたが、続きを待ってじっと父を見つめた。すっかり夢中になって、椅子でぶらぶらさせていた足も動かすのをやめている。
「王は魔法使いの頼みを断った。せめて、自分のことを星にしてからにしろと。魔法使いは嫌がったけれど、王は許してくれない。進まない展開に『では今からあなたを星にしても良いのか』と聞くと、王は怒って魔法使いを塔に閉じ込めてしまった。魔法使いが奥さんと出会うまで、ずっと住んでいた塔だ。久しぶりのそこは相変わらず静かだったけれど、その時の彼にはとても寂しく、冷たく感じられた」
それを聞いてアルは抗議した。
「どっちも馬鹿だ。魔法使いは少し待てばいいし、王だって怒って閉じ込めなくたっていいのに。そもそも、そんなに星にしてもらうことに拘らなくたっていいと思うけど。大体、魔法使いは奥さんを好きすぎるよ。子ども達はどうしたの?」
それに父は苦笑する。
「父さんもそう思うよ。多分、何千年も生きてきて初めて好きになった人だったからとても大切だったんだろうね。子ども達のことを忘れてしまうくらいに、死が辛かったんだろう。父親としては、酷いものだけれどね」
「……」
アルは一瞬父を見た。解雇されてからというもの働きもせず、家事もせず、全てを子どもに任せている彼は父親としてどうなのだろうと思ったのだ。
と、アルの眉間に皺が寄っているのに父が気付いたのか
「父さんも酷くてごめんな」
そっとアルに寄り添うと優しく抱きしめた。アルは一瞬追い払おうとしたが、仕方なく抱きしめられることにした。
「……それで、魔法使いは閉じ込められた後どうなったの?」
「魔法使いは悔やんだよ。奥さんに最後寄り添ってやれなかったことや、星の力を使おうとしたこと、子ども達や仕事を放り出して空に行こうとしたことをとても悔やんだ。自分勝手に動きすぎたと恥ずかしくなったんだ。そして、子ども達のことを思った」
父は、自分を見つめるアルの瞳を見つめ返し、優しくその頭を撫でる。一瞬、部屋の入り口の方に視線をやった後、再びアルを見つめた。
「一人だけ空に行くなんてとんでもない。近くで成長を見守ってやるべきだと魔法使いは正気を取り戻した。そして塔から逃げようとした。……逃げようとしたけれど、誤って窓から滑り落ちて、彼は空へ行ってしまった」
それにアルは、一番納得出来ないという顔をした。
「何それ。何もいいことがないじゃないか。子ども達にも会えずに死んじゃったなんて!」
「そうだな。魔法使いもそう思ったさ。子ども達を残して逝ってしまって、自分は一体何が出来たんだろうと」
「……今までに沢山星を作った」
少し拗ねたような声色で言ったアルに、父は少し驚いた顔をした後、優しく微笑んだ。
「そうだな。そして、家族を持った。愛と幸せを知った。星を浮かべること以外の。……お前達は、私にそれを教えてくれたんだ。せめて最後にそれだけでも、伝えないといけないと思った」
「えっ?」
アルは驚いて、父を見上げる。もしかして、とまだ混乱した頭で。
「本当はまだ側にいて、出来るだけ話もしたかったが……」
父はアルと、部屋の入り口にずっと立っていた姉に目を向けた。アルは気が付いていなかったが、初めの方から彼女はそこにいたのだ。アルが父の大事な話を聞いているから、邪魔をしまいと。
不意に父の体が透け、青くなっていく。それにアルが驚き固まっていると
「父さん!」
飛び込んできた姉が父に抱きついた。それを見て、父が消えるのではと慌ててアルも同じように抱きつく。その瞬間、アルは忘れていたことを思い出した。
父は不敬罪によって捕まった。それは魔法使いこと父が言った「今からあなたを星にしても良いのか」という質問が理由だろう。しかし脱走する際に窓から落下したことを、王は彼が自殺したのだと勘違いしたのだ。仕方がないのでアルら姉弟に魔法使いの力がないか聞いたが、二人ともそのような力は持っておらず、それどころかアルの方は父が魔法使いであったことすら知らなかったのだ。
そうして両親が他界し収入源のなくなった二人は、家を売り街に出た。立て続けに両親が死に、且つ知らなかった父親の秘密を聞かされたアルは記憶が飛んでいたのだった。
アルがよく思い返してみると、父は一度も食事をしていないし、家から出てすらいない。
「僕……僕、父さんが死んだこと忘れてた。だってずっと側にいたから。……ねえ父さん、なんで僕達には父さんが見えるの?」
「それはアル達が魔法使いの子どもだからじゃないか?」
それを聞いて、二人の頬に涙が伝った。そしてアルは、少しだけ後悔した。死んでいると覚えていたらもっと優しく接して、沢山話もしたのにと。
「姉さんは分かってたの?」
「分かってたよ。でもアルに父さんの死を伝えるのは酷だと思って」
「……魔法使いって飛べるんじゃないの?」
アルの声が震えていく。
「父さんが出来るのは、星を浮かべることだけだった」
「……ねえ、父さん。父さんがお空に行っても、父さんのこと見える?」
アルの言葉に、姉も期待を込めて父の瞳を見つめる。
「……いいや。魔法使いはもういない。父さんはもう、ただの空の一部だ。……でも、見えなくても空にいることに変わりはない。星が全てじゃない」
「い、行っちゃうの?」
父の体がより透けて、姉弟の声が重なった。
「そろそろ時間なんだ。空にいるべき者がいつまでも地上にいることは出来ない。……沢山迷惑をかけてすまない。面倒もみてやれなくてすまない。だがこれからも、どうか元気でいてくれ。幸せでいてくれ」
父は一際強く子ども達を抱きしめると、そう言い残し消えていった。
「……ばか父さん」
「ええ、ほんとそう」
二人の手の平にはそれぞれ、小さな星に似た光が残されていた。それは水色や黄色に瞬いており、優しさや勇気、愛を感じることが出来た。暫く姉弟がそれを見つめ味わっていると、光はゆっくりと夜に溶けていった。
「……父さんが星になってたら、こんな星だったのかな」
「魔法使いっぽいわね」
「うん」
アルは顔を上げると、じっと母の星と空を見つめた。いつか、自分も空の一部になるのだと。
「――おじいちゃんは魔法使いだったんだ!」
話を聞き終えた小さな男の子は、父親の膝から立ち上がってベッドで跳ね始める。
「そうだよ。この星空は、誇りと愛で出来ているんだ」
「ぼくもお星さま浮かべられる?」
「どうかしらね?」
隣で一緒に、何回目かになる話を聞いていた母親は優しく微笑んだ。
「星を浮かべられなくても、想うことは出来るよ。僕達人間にも、素晴らしい力はあるからね」
それを聞いた少年は、きらきらと目を輝かせると窓辺に向かい星空を瞳に映した。
今宵も星達はそれぞれの歴史を身に纏い、悩める人も、恋焦がれる人も、希望を映す人も、同じように照らしている。
「おじいちゃん、ぼくはここだよ! たくさん、がんばってくれてありがとう!」
それを聞いた両親は温かく少年を見守り、特に父親――アルは嬉しそうに、懐かしそうに、微笑みを浮かべるのだった。
*
読んでくださりありがとうございます(*꒡ ꒡ )
寝る前にでもちらりと、偶には夜空を見てみるのはいかがでしょうか。もしかするとあなたのことを見守っている、見えない星がいるかもしれません。
ある冬の寒い夜、若い女は自分の横で座る少年に言った。少年は女より一回りか二回り程小さいが、親子には見えない。二人ともそれほどいい服は着ておらず、それぞれの手に見えるのはパンが一つだけだ。これが夕食なのだろう。
白い鳩が街道を歩き、店の軒下に座り込む二人はそれを眺める。
「少し前なら、あの鳩にあげるパンもあったのにね」
「皮肉はよしてちょうだい。今日私達が食べるパンがあるだけいいじゃない。マフラーもあるんだし」
「結構ボロになってきたよ。所々に毛玉が目立つもん」
それに女は小さく溜め息を吐いて、パンをちぎると口へと運んだ。
「わがまま言わない。姉さんまだ少し仕事があるから、アルは大人しくしてること」
「……はーい」
アルと言われた少年はつまらなさそうに返事をすると、店の隣にある宿の二階へと登っていく。そこが、なけなしの金で二人が借りて住んでいる今の家だ。
「はぁ、何かいいことないかなぁ」
姉は下に残ったので、アルは一人窓辺で星空を見つめる。足が付かない椅子に座って頬杖を付きながら。
彼らは庶民の家に生まれたが、父が王宮勤めだった為そこそこ良い暮らしをしていた。しかし父が王に無礼を働いて捕まり、何やかんやあり家を売って姉がアルを養うことになったのである。母が半年前に病死したことも、姉が働かなければならない理由の一つだった。
「いいことならある。お前達の命が奪われなかったことが『いいこと』だ」
アルの少し後ろで壁にもたれていた父が言った。
「……母さんがいればもっと良かったのに」
一瞬視線を移しはしたものの父を冷たくあしらうアル。だが父はアルを見つめた。
「母さんはいるさ。お星様になって空に浮かんでる」
「あのね、そんなおとぎ話もう信じるような年じゃないから僕。何歳だと思ってるの?」
「十三歳だな」
「そうだよ。大体父さんが王様に逆らったりしなければこんなことにはならなかったんだ。それで僕達一家は住む家もなくなって。それなのに仕事もせずに姉さんにだけ働かせて。僕だって昼間は少し手伝ってるのに」
苛立ち捲し立てるアルに、父は少々寂しそうな顔をした。
「昔話を聞かせようか」
「昔話ぃ?」
なんの脈絡もなく父がそんなこと言うので、アルは顰めっ面をしたが
「あるところに、魔法使いがいた。星を浮かべる魔法使いだ」
父がすぐ話し始めたので、アルは聞くしかなくなった。アルは暫し迷って、耳を傾けつつ星を見る振りをする。
「その魔法使いは、死んだ人の輝きを空に浮かべることが出来た。それが星だ。その人が良い行いをしていれば、星はより輝きを増した。魔法使いは、この世界が出来てからずっとその仕事を続けていたが幸せだった。自分に出来る最高の弔いであると誇りに思っていたからだ」
アルは星を見つめ、魔法使いのことを思った。今聞いたことが本当なら、空に浮かぶ星々は彼が弔った人の数だ。瞬く星々はとても綺麗で、どれも少しずつ違う色と光をしている。いくつもの星を浮かべ、それを誇りとしている魔法使いのことを、アルは格好いいと思った。
「百年が過ぎ、二百年が過ぎ……やがて魔法使いは他の幸せも見つけることになる。とても素敵な女性と結婚し、子どもも二人授かったんだ」
「え、冒険譚じゃないの? 普通のお話なんて嫌だよ。折角魔法使いが出てくるのに」
「まあまあ、続きを聞いてくれ」
アルが自分の方を向いたので嬉しそうに父は微笑む。
「その女性は街に住む人だった。魔法使いは王家に仕えるような形で王宮の隅の塔に住んでいたけれど、彼の存在は秘密だった」
「どうして秘密だったの?」
「魔法使いは静かに暮らしたかったんだ。だから魔法使いの存在を公にしないことを条件に、王家は自分達の星の光を強くするよう頼んだ」
「そんなことしたら星の光は弱まっちゃうと思うけど」
その言葉に、父は優しく頷く。
「その通り。だから魔法使いは、星の光を強くしたいなら善行を積むといいと言った」
「じゃあ王国が平和なのって、その魔法使いのおかげかもね。今の王様は僕ちょっと嫌だけど」
王が父をクビにしたのでアルは文句を垂れる。それに父は苦笑して、話の続きを始めた。
「魔法使いはある時、街で出会った女性に一目惚れした。そして幸運なことに、女性も同じように魔法使いのことを好きになったんだ。二人は恋に落ち、さっき言った通り家族になった。魔法使いは仕事を続けながら、その様子を奥さんに時々見せていた。大きくなった上の子にもね。幸せな日々が続いていた。けれど、彼女は病気になってしまった。魔法使いはとても悲しんで、どうにか出来ないかと精一杯頑張ったんだ」
アルは無意識に前屈みになる。半年前に病死した自分の母親と重ねたのもあったが、魔法使いがどんな魔法で問題を解決してくれるのか気になったのだ。
「魔法使いはいいことを思い付いた。星から光を借りて、奥さんの病気を追い払おうと。……でも、上手くいかなかった」
「どうして? 今まで魔法使いが星を作ってたんでしょ? 少しくらい力を貸してくれたっていいのに」
「そうだな。魔法使いもそう思った。けれど星達は言ったんだ。『私達はただの光の結晶です。闇を遠ざける力も持っていますが、これが限界です』と。魔法使いは他にも出来ることはないかと探したけれど、そうこうしている内に奥さんは死んでしまった」
「そんな。じゃあ……奥さんのことも同じように星にしたの?」
「ああ。ほら、あの星だよ」
父は窓辺に行き、アルの指を取ってある星を指す。それは少し橙色で、温かい母の記憶をアルに思い出させた。
「けれど、魔法使いは奥さんのことが忘れられず、寂しくて堪らなかった。だから、この世界で家族の他に自分の正体を知っている王家と話をしに行ったんだ。自分は空に行きたいから、そうさせてくれないかと」
「……死ぬってこと?」
父は黙って頷く。アルは少し考える仕草をしたが、続きを待ってじっと父を見つめた。すっかり夢中になって、椅子でぶらぶらさせていた足も動かすのをやめている。
「王は魔法使いの頼みを断った。せめて、自分のことを星にしてからにしろと。魔法使いは嫌がったけれど、王は許してくれない。進まない展開に『では今からあなたを星にしても良いのか』と聞くと、王は怒って魔法使いを塔に閉じ込めてしまった。魔法使いが奥さんと出会うまで、ずっと住んでいた塔だ。久しぶりのそこは相変わらず静かだったけれど、その時の彼にはとても寂しく、冷たく感じられた」
それを聞いてアルは抗議した。
「どっちも馬鹿だ。魔法使いは少し待てばいいし、王だって怒って閉じ込めなくたっていいのに。そもそも、そんなに星にしてもらうことに拘らなくたっていいと思うけど。大体、魔法使いは奥さんを好きすぎるよ。子ども達はどうしたの?」
それに父は苦笑する。
「父さんもそう思うよ。多分、何千年も生きてきて初めて好きになった人だったからとても大切だったんだろうね。子ども達のことを忘れてしまうくらいに、死が辛かったんだろう。父親としては、酷いものだけれどね」
「……」
アルは一瞬父を見た。解雇されてからというもの働きもせず、家事もせず、全てを子どもに任せている彼は父親としてどうなのだろうと思ったのだ。
と、アルの眉間に皺が寄っているのに父が気付いたのか
「父さんも酷くてごめんな」
そっとアルに寄り添うと優しく抱きしめた。アルは一瞬追い払おうとしたが、仕方なく抱きしめられることにした。
「……それで、魔法使いは閉じ込められた後どうなったの?」
「魔法使いは悔やんだよ。奥さんに最後寄り添ってやれなかったことや、星の力を使おうとしたこと、子ども達や仕事を放り出して空に行こうとしたことをとても悔やんだ。自分勝手に動きすぎたと恥ずかしくなったんだ。そして、子ども達のことを思った」
父は、自分を見つめるアルの瞳を見つめ返し、優しくその頭を撫でる。一瞬、部屋の入り口の方に視線をやった後、再びアルを見つめた。
「一人だけ空に行くなんてとんでもない。近くで成長を見守ってやるべきだと魔法使いは正気を取り戻した。そして塔から逃げようとした。……逃げようとしたけれど、誤って窓から滑り落ちて、彼は空へ行ってしまった」
それにアルは、一番納得出来ないという顔をした。
「何それ。何もいいことがないじゃないか。子ども達にも会えずに死んじゃったなんて!」
「そうだな。魔法使いもそう思ったさ。子ども達を残して逝ってしまって、自分は一体何が出来たんだろうと」
「……今までに沢山星を作った」
少し拗ねたような声色で言ったアルに、父は少し驚いた顔をした後、優しく微笑んだ。
「そうだな。そして、家族を持った。愛と幸せを知った。星を浮かべること以外の。……お前達は、私にそれを教えてくれたんだ。せめて最後にそれだけでも、伝えないといけないと思った」
「えっ?」
アルは驚いて、父を見上げる。もしかして、とまだ混乱した頭で。
「本当はまだ側にいて、出来るだけ話もしたかったが……」
父はアルと、部屋の入り口にずっと立っていた姉に目を向けた。アルは気が付いていなかったが、初めの方から彼女はそこにいたのだ。アルが父の大事な話を聞いているから、邪魔をしまいと。
不意に父の体が透け、青くなっていく。それにアルが驚き固まっていると
「父さん!」
飛び込んできた姉が父に抱きついた。それを見て、父が消えるのではと慌ててアルも同じように抱きつく。その瞬間、アルは忘れていたことを思い出した。
父は不敬罪によって捕まった。それは魔法使いこと父が言った「今からあなたを星にしても良いのか」という質問が理由だろう。しかし脱走する際に窓から落下したことを、王は彼が自殺したのだと勘違いしたのだ。仕方がないのでアルら姉弟に魔法使いの力がないか聞いたが、二人ともそのような力は持っておらず、それどころかアルの方は父が魔法使いであったことすら知らなかったのだ。
そうして両親が他界し収入源のなくなった二人は、家を売り街に出た。立て続けに両親が死に、且つ知らなかった父親の秘密を聞かされたアルは記憶が飛んでいたのだった。
アルがよく思い返してみると、父は一度も食事をしていないし、家から出てすらいない。
「僕……僕、父さんが死んだこと忘れてた。だってずっと側にいたから。……ねえ父さん、なんで僕達には父さんが見えるの?」
「それはアル達が魔法使いの子どもだからじゃないか?」
それを聞いて、二人の頬に涙が伝った。そしてアルは、少しだけ後悔した。死んでいると覚えていたらもっと優しく接して、沢山話もしたのにと。
「姉さんは分かってたの?」
「分かってたよ。でもアルに父さんの死を伝えるのは酷だと思って」
「……魔法使いって飛べるんじゃないの?」
アルの声が震えていく。
「父さんが出来るのは、星を浮かべることだけだった」
「……ねえ、父さん。父さんがお空に行っても、父さんのこと見える?」
アルの言葉に、姉も期待を込めて父の瞳を見つめる。
「……いいや。魔法使いはもういない。父さんはもう、ただの空の一部だ。……でも、見えなくても空にいることに変わりはない。星が全てじゃない」
「い、行っちゃうの?」
父の体がより透けて、姉弟の声が重なった。
「そろそろ時間なんだ。空にいるべき者がいつまでも地上にいることは出来ない。……沢山迷惑をかけてすまない。面倒もみてやれなくてすまない。だがこれからも、どうか元気でいてくれ。幸せでいてくれ」
父は一際強く子ども達を抱きしめると、そう言い残し消えていった。
「……ばか父さん」
「ええ、ほんとそう」
二人の手の平にはそれぞれ、小さな星に似た光が残されていた。それは水色や黄色に瞬いており、優しさや勇気、愛を感じることが出来た。暫く姉弟がそれを見つめ味わっていると、光はゆっくりと夜に溶けていった。
「……父さんが星になってたら、こんな星だったのかな」
「魔法使いっぽいわね」
「うん」
アルは顔を上げると、じっと母の星と空を見つめた。いつか、自分も空の一部になるのだと。
「――おじいちゃんは魔法使いだったんだ!」
話を聞き終えた小さな男の子は、父親の膝から立ち上がってベッドで跳ね始める。
「そうだよ。この星空は、誇りと愛で出来ているんだ」
「ぼくもお星さま浮かべられる?」
「どうかしらね?」
隣で一緒に、何回目かになる話を聞いていた母親は優しく微笑んだ。
「星を浮かべられなくても、想うことは出来るよ。僕達人間にも、素晴らしい力はあるからね」
それを聞いた少年は、きらきらと目を輝かせると窓辺に向かい星空を瞳に映した。
今宵も星達はそれぞれの歴史を身に纏い、悩める人も、恋焦がれる人も、希望を映す人も、同じように照らしている。
「おじいちゃん、ぼくはここだよ! たくさん、がんばってくれてありがとう!」
それを聞いた両親は温かく少年を見守り、特に父親――アルは嬉しそうに、懐かしそうに、微笑みを浮かべるのだった。
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