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生を願う③

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【side 蓮】

なんで。
苛立ちで、強く唇を噛んで。
口の中に血生臭い匂いが広がる。

なぜ俺は、アオを帰したんだろう。
なぜ俺は、大丈夫だと思ったんだろう。

出会った頃のアオは、転けた傷以外には外傷はなくて。すごく綺麗だった。

その後会うたびに増えていったのは、丸い内出血の数々と、引っ掻かれたような傷。それから、縛られたアト。

普通じゃないのに。
助けたかったのに。

俺は、なんで帰した。


アオの気持ちが、わからなかったから。


こんなの言い訳だ。
言い訳だけど、それを言い訳に俺は、逃げた。

アオもあの金髪の男が好きなのかもしれない。
アオとあの男の関係を知らないし。

そんな言い訳をして。
俺は自分の気持ちを伝えなかったし。
アオの気持ちも聞かなかった。

曖昧にして。
アオをあの男のところに送り込んだ。

最低だ。
最低だ。


アオを、助けたい。
俺の世界にいてほしい。
俺の前で笑っていてほしい。

なんで?
たった数回しか会っていないのに。
全然価値観違って。
全然わかり合えないのに。


焦る気持ちを抑えながら、上級医に言われた指示を出す。間違えないように。夜勤の看護師に説明をして、指示を出して。

病院の敷地内に止まるタクシーに飛び乗った。

「ーー駅前のタワマンまで!」

それだけで出発できるほど、シンボルのようなマンションに住む。アオはいったい何者なんだと、会ったら絶対聞いてやる。

だから、無事で。
ただ無事でいてほしい。

なかなか到着しない、地味に遠い距離。
苛立ちで膝を揺らしながら、外を眺めた。

イライラする。

到着しないタクシーにも。
蒸し暑い気候にも。
効きの悪いエアコンにも。

あの男を放っておけないというアオにも。
呑気に帰した、自分にも。


やっと到着したタクシーに金を払い、飛び出した。
目の前を川が流れて、大きな大きな橋が、マンションに向かってかかっているようで、吸い込まれるようにエントランスに入った。こんな夜中なのに、アオのような若い人が多く行き交う。

入ってすぐに、専用キーでしか入れない入口があり、俺はその手前でコンシェルジュに捕まった。

「あの、アオってヤツが住んでると思うんですけど……」
「アオ様、ですか? お約束ですか?」
「いや、約束って……わけじゃ……」
「お約束をしていない方にはお取り次ぎできない決まりとなっております」
「でもちょっとアオ危ないんですよ! 連絡だけでも……とってみてくれませんか?」
「そう言われましても……」

真っ黒のスーツを着た男性は眼鏡をくぃっと上げて、俺をジロリと見た。丁寧な言葉で、もう帰れと言っているようだ。

「連絡とれればそれでいいんです! 部屋にいるかどうかだけでも……」
「……部屋番号は、おわかりですか?」
「……部屋番号……」

お手上げだった。
勢いで来たものの、約束もなければ部屋番号もわからない。そもそも、苗字も知らない。

俺はアオの、本当に何も知らない。

「くそっ……」

コンシェルジュのカウンターを、パシンと叩く。
怪訝そうな顔をしながらもコンシェルジュは「お力になれず……」と塩らしい声を出す。 

「いや……こちらこそ、すいません……」

とことん、腹が立つ。一度外に出て、マンションを見上げる。

高い高い、最上階が空と同化したような、マンションで。ここのどこかに、アオがいる。

アオがいるのに。
アオが、アイツといるかもしれないのに。


「くそぉっっ!!!」

ビクンと周りの人たちが俺を見るけど、そんなの気にしていられなくて。

俺はどこかわからない、タワマンの上の方を眺めた。


アオ……
アオに、会いたい。
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