70 / 90
変わっていくもの
しおりを挟む結局、弦と凌空がどのような関係に落ち着いたのか、朔良は詳しくは聞いていない。
恋人同士として、なのか。
友達同士として、なのか。
彼らは一緒に住み始めた。
弦をひたすら心配して、店の近くにマンションを借りたらしい。
弦の引退は、ライブで発表され、その場所に凌空と朔良は、同席した。
弦は、泣いていた。
自らの意志で辞めるんではない引退。
悔しさなのか、寂しさなのか。
弦は、泣いた。
でも心配はしていなかった。
弦のそばには、凌空がいるから。
・
「絶対やると思った病院もの~」
「医者と患者の絡みやでぇ~」
「俺患者?」
「んなわけあるか! 患者は若い新人やでぇ」
「もう若い子たちわかんねぇわ……」
社会人になって作品に出る頻度が減って、そして、モデルの中にも会ったことのない子たちが増えた。
この事務所に入った時、所属していたモデルは朔良と櫂を入れて5人で、あの頃いたモデルはもう、凌空と朔良しかいなかった。
貸しスタジオに診察室が作られる。
白衣と眼鏡が準備され、そして髪をセットする。
いつか、櫂が教えてくれた。
朔の髪は柔らかいなぁ
朔の髪は寝るから根本から立たせなあかん
その言葉通りに自分で、『朔良』の髪をセットできるようになった。
「朔良さん、今日、よろしくお願いします!」
KANに連れられやってきた新人は、ガチガチに緊張して立っていて、おそらく昨夜眠れなかったのだろうか。目元には、クマが出ていた。
「朔良さんって……みんな朔ちゃんとか朔良くんって呼んでるよ」
「はいっ!」
「そんな緊張しなくて大丈夫だって」
「朔ちゃんのこと好きなんやって」
「はぁ!?」
「いやちゃうで、朔ちゃんの作品見て、こんな人もやってんねやってスカウト受けたらしいで」
「それ好きとは全然違うじゃん誤解じゃんなぁ?」
「いや、好きっす」
「は? やりにくいわ!」
ガチガチに緊張した新人を、解きほぐす。
大した説明もなく呼ばれ、そして行われる行為。なにが起こるのか、なにをされるのかわからずにココに来なければならないのは、ただただ、恐怖に違いない。
一度、もう少し説明してやった方が安心するのではないかと、KANに言ったことがあった。
「そんな詳細言ったら逃げ出すやろ」とKANは言ったが、「それで逃げる奴はそのあと逃げ出すだろ」と、口論になったことがある。
そのくらい、スタッフであるKANと口論ができるほど、朔良の立場も変わって、それが許されるほど、朔良の存在が、認められていた。
「今日はどうしましたか?」
「ちょっと部活で足捻っちゃって……」
「診察しましょうか……」
撮影が始まり、感情を乗せる。
相手を好きだと思うこと。
初対面の相手にも、それを想う。
どうしても好きだと思えなかった初めての撮影から、数年が経って今、気持ちを昂らせていくスイッチのようなものを、得たような気がする。
ただ、あの頃相手に感じた素直な昂りとはまた、違うような気がした。
思わず相手に触れたいと思い、
相手を求め、愛おしいと想う。
抑えきれない感情を必死で抑えたあの頃とは、少し違っていた。
「なんでこんなんなってんの?」
「いや……ちょっとわかんないです……」
「こうしてほしいの?」
なかなか大きくならないソレをズボンの上からさすり、少しずつ大きくしていく。
それからしか、行為は進まない。
緊張と、慣れない環境と、スタッフたちに見られながらの行為。
そして何より、初めて相手にする男という存在。
その気になれないのなら、させるしかない。
舌を絡ませ、胸を撫でる。
刺激を与え、少しずつ少しずつ、刺激に集中させる。
そんな、冷静な思考で相手を引き摺り込む行為は、あの頃とはやはり、違っていた。
「さすがやな、朔ちゃん」
「なに?」
「無理かと思ったわ。あの子、ガッチガチすぎて」
「緊張とけたら可愛い子だったじゃん」
「そやな、朔ちゃんはすっかり教育係やなぁ」
「いつの間にそんなんなったんだよ」
たった数年で変わる。
入れ替わりの激しい世界。
長くいることのない世界。
そこに、長くいる自分。
「俺もそろそろなのかなぁ……」
「なにが?」
「んや……なんか若い子との間に壁を感じる……」
「仕方ないやんベテランやもん」
「でも入った時はさ、凌空くんとか弦くんとはそんな感じなかった」
「あの頃はさ、人数少なかったで、毎回顔合わしとったやん。今はちょっと大きくなりすぎたな……事務所としてはうまく回っとる。でもあの頃を知っとるからこそ、ちょっと物足りんとゆうか、そういうのはあるかもな……」
KANはあの頃を懐かしむかのように、微笑んだ。
「旅もんやりたいなぁ……」
「結局あれ以来やってへんなぁ」
「でもやるなら……あのメンバーで行きたいなぁ」
「またあの旅館でやりたいなぁ」
帰りの支度をして、車に乗り込んだ。
「朔ちゃん、最近どう?」
「どうってなに?」
「……」
「なんで黙る!?」
「んや……まぁ……」
「ふっ……櫂?」
「……うん」
当然のようにKANの助手席に乗り、心地よい揺れを感じる。
「人って、多いよな」
「は!?」
「いや、手掛かり皆無で見つかるわけないよな」
「まぁなぁ……」
忘れたわけではない。
未練がましく、美容院は都内のいろんな店に行くようにした。それでも、そこに櫂がいる確率なんて低くて、そもそも今、都内で働いているかどうかなんて、わからなかった。
そしてもう、あの頃のことは、忘れなければいけないと、そう思いはじめていた。
忘れた方が、ラクになる。
凌空と弦が一緒になって。
彼らがどんな関係にあるのかはわからないが、彼らの重ねてきた時間、築いてきた絆を強く感じた。
恐らくそこに、どんな関係か、なんて彼らには関係なくて。
外から見た関係。
友達なのか。
恋人なのか。
夫婦なのか。
そんなものはきっと彼らには関係なくて、時には友達であり、時には恋人であり、時には夫婦なのだろう。
それが彼らにとってのベストな形であり、長年共に支え合った彼らの見つけた、彼らにとってのひとつの『家族』のあり方なのだろう。
そんなふたりを目の前に、あの別れから、こんなにも時間が経ってしまった今、自分の気持ちの曖昧さに心が揺れていた。
見つけたところで自分は、櫂になにを言うのだろう。会いたい気持ちはあるのに、どこか探しているのに、見つけてしまうのが怖い、そんな気持ちも同時に、持ち合わせていた。
0
あなたにおすすめの小説
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第3巻 - 甘美な檻と蹂躙の獣
大の字だい
BL
失われかけた家名を再び背負い、王都に戻った参謀レイモンド。
軍務と政務に才知を振るう彼の傍らで、二人の騎士――冷徹な支配で従わせようとする副団長ヴィンセントと、嗜虐的な激情で乱そうとする隊長アルベリック――は、互いに牙を剥きながら彼を奪い合う。
支配か、激情か。安堵と愉悦の狭間で揺らぐ心と身体は、熱に縛られ、疼きに飲まれていく。
恋か、依存か、それとも破滅か――。
三者の欲望が交錯する先に、レイモンドが見出すものとは。
第3幕。
それぞれが、それぞれに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる