月夜の闇に煌めく星〜ゲイビの世界に愛はあるのか〜

はちこ

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道①

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「引退ってどーいうタイミングでするんだろう……」
「自分のタイミングちゃう?」
「いやそれはわかるんだけどさ……」
「なんや、どーしたん?」

弦の店のカウンターに座り、朔良はじっと溶ける酒の中の氷を見つめた。

「気持ちは……もう引退かな、って思ってる」
「うん」
「でも、凌空くんのイベントの時のファンの人たちを思い出すとなんか動けなくなる……」
「朔ちゃん……」

KANは俯く朔良の肩に手を置いた。

「そんなに背負わんでも……」

小さな背中だと思った。
小柄な朔良は、モデルとしては他のモデルとの対比という点で強みだった。

その小さな背中で今、背負うもの。
ずっと凌空が背負い、弦が支えてきたもの。

今、朔良を支える人は、誰なのだろうか。
すぐ後輩の聖也や碧生は、支えにはなっているのだろうか。

答えは簡単だった。

聖也と碧生が仲間となってすぐ、櫂が引退した。
そして、必死でその穴を埋めようと、作品作りをする中で、弦が倒れ、そして凌空も引退した。

ただただ、必死でその時間を過ごし、気づけば知らぬモデルが増え、その関係を築く時間と余裕が、彼らにはなかったのではないか。 


KANは朔良の肩に手を置いたまま、唇を噛んだ。

斗真がいて、凌空、弦、朔良、櫂がいたあの頃。
彼らしか、いなかった、あの頃。

ライブも作品づくりもイベントも、固定メンバーでまわし、その中で生まれた絆が、おそらくあった。

若いモデルが多く事務所を出入りするようになり、その頃から、事務所としての好調さとは裏腹に、あの頃のような関係を築くことに難しさを感じていたのも、事実であった。

「朔ちゃん、聖也と碧生に任してもええねんで?」
「わかってる、もう大丈夫だと思うし、そもそもこの仕事は、ひとりでやるもんじゃない……ひとりじゃなんの力にもなんねぇよ……」
「そんなことはないで、やっぱりあの頃のメンバーがおるってのはファンには大きいで」
「なぁKANちゃん……引退したら、もう絶対復帰はしないの?」
「……え、朔ちゃん……?」
「絡めとは言わないけど、また集まれないかなぁ……」

朔良の願いだと、KANは思った。
また、あの頃のように。

「まぁ……普通はないやろな……」
「だよなぁ……ファンがそれを見たいと思うのと同じくらい、俺も見たいんだよな……でも我儘だよな……現役の子らにも失礼な話だよ……」

言い聞かせるように、朔良は頭を掻いて、そして笑った。


「深刻な話か? 珍しいなぁ」

店が忙しく、バタバタとしていた弦がKANに新たな酒を出す。

「ちょっとね……体調どうすか?」
「いいよ。薬はやめられねぇけど」
「夜働いてて平気なんすか?」
「まぁ、日中死んだように寝てるからな」

酒を出しながら笑う弦は、顔色が良いように見えた。あの頃、いつも眠そうにしていて、いつもクマを作っていて、爽やかさは一切なく気怠さが彼の魅力とも思えたが、それは、仕事の過酷さが作り出したモノなのかもしれないと、朔良は思った。

「こないだ凌空くんと会った」
「あぁ、言ってたわ、櫂と仲良くやってんの?」
「んー……まだわかんねぇや……ほら、俺まだ仕事辞めてないし、いろいろ思ってるとは思う」
「まぁ、そりゃそうだよな……」
「引退したら、なんか変わるかな……」

朔良は薄暗い中に光る酒を、カランと回した。

「どうだろうなぁ……俺は辞めたくなかったしな」
「あぁ、そうだったね……もし凌空くんが先に辞めてたら、どうした?」
「辞めた」
「へ?」

あまりに潔い答えに、朔良は間抜けな声を出した。

「間抜けな顔だなぁおい」
「だって……」
「アイツがいなかったら俺はない。アイツがいたから続けてこれたと思ってる。アイツが辞めるときは、俺も辞めようと思ってた。アイツより先に辞めるつもりはなかったんだけどなぁ」
「かっこいいよね、相変わらず……」
「俺? お前惚れてるだろ」
「櫂がいなかったら惚れてたかも」
「おーおーアツイなぁ若者」

ハハハと笑って弦は、一度そこを離れた。

朔良は店を見渡した。

そこには、思い思いに酒を飲み、音楽を愉しむ客がいる。ステージには、その空間に溶け込む音を奏でるアーティストがいる。

この場所を守ると、弦は言った。
弦が守るこの場所に、また集えばいいと。

櫂に再開したあの日、弦はそう言った。

弦が守りたいものは、あの場所で得た仲間との絆と、それから、その仲間の集う場所。

自分が守りたいものは、なんだろうか。
自分があそこにしがみつく理由は、なんだろうか。

もはやそこにあるのは、ファンへの感謝しかなかった。


もう、あの場所を出ても居場所がある。その場所には、大切な人がいて。今、自分があの場所にしがみつくことで櫂は、どんな気持ちでいるんだろうか。

朔良はゴクリと唾を飲んだ。
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