楽毅 大鵬伝

松井暁彦

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空を求めて

 八

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 十日ほど、朝廷から何の音沙汰もなかった。
 館内には、徐々に生活できるだけの品々が揃い始めている。大分を平原君が寄越してくれた、銭で賄っている。無位無官の身である、楽毅には活計を得る、手段がない。
 
 それから五日後。王宮で案内係を務めた、老吏が駟車ししゃに乗って、楽毅邸を訪れた。
 彼は駟車かくしゃくとした動きで、馬車から降りると、後からやって来た荷馬車に乗った、積み荷を、門の前に降ろすように、下男に指示をする。

「之は?」
「ご笑納くださいませ。明日より、大王様の贈り物を御召しになり、近習として出仕せよとのことでございます」

「御召し物?」
 老吏の口端は綻んでいるが、感情の無い眼には、侮りが窺える。
 この眼は知っている。趙でも嫌というほど、味わってきたものだ。 老吏は答えない。ささっと用を済ませたいのか、両手を蠅のように、せわしなく擦り合わせている。

「加えて近習とは、どういうことでしょう?私はてっきり、武官として召し抱えて頂けるものだと」
 楽毅の言に、老吏は冷笑を浮かべた。

「大王様と楽毅殿の間で、どのような約が交わされたかは、私の及び知らぬことで御座います」
 では。と老吏は気怠そうに一礼し、駟車へと向かっていく。

「少しお待ちを」
 老吏は駟車へと乗りこむ。あえて聞こえるように呟いたのか、楽毅の耳は、舌打ちを共に放たれた、彼の悪意ある言葉を確かに捉えた。

「趙の狗が偉そうに」

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