白狼 白起伝

松井暁彦

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合従軍戦

 一

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   均衡が大きく崩れようとしていた。南の大国、楚は熊槐ゆうかい懐王かいおう)の悪政により、宮廷、軍内部は纏まりを失い始めていた。
 
 元来、楚は公室や屈三閭大夫くつさんりょたいふ(屈・昭・景の三家からなる貴族)の力が強い国であった。公室、貴族が専横を極める、国が巧く纏まりを持っている国は少ない。今、楚はその影響が顕著である。
 
 好機が巡ってきた。魏冄は上将軍として号令を出し、十万の大軍を楚に向かわせた。
 
 姉の宣太后せんたいこうは未だ大きな政治力を有しているが、兵事に於いては魏冄が総てを掌握しているといっても過言ではない。
 
 太后の姉ですら、兵事には介入できないほどの厚い重臣の壁を作り上げている。秦軍は破竹の勢いで進軍し、楚の領土にある十六の城と陥落させた。楚の領土は方数五千里、勇猛果敢な兵士は百万を越えるとうたわれたが、懐王の治世で著しく力を削ぎ、軍の練度も下っていた。
 
 同時に趙の趙王趙雍ちょうよう武霊ぶれいおう)が、本格的に胡服騎射こふくきしゃを軍に取り入れた。騎兵は五万を越え、趙と燕の国境を阻む、中山(祖先を鮮虞せんぐ(北方系の外族)が中原に進出し興った国)の攻略に乗り出した。
 
 趙王の真の狙いは少国中山を滅ぼすことにはない。中山国を滅ぼせば、おのずと東の斉と燕への軍道が拓く。
 
 趙王は趙の軍事力を著しく向上させた武断の王である。彼の王の眼は、間違いなく天下に向いている。秦の武王亡き今、戦国七雄の王の中で最も非凡な王者であるといえる。
 
 東に変革の時が来た。時代が激しくうねりをあげ始めている。
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