白狼 白起伝

松井暁彦

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面影

 二

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 相府(しょうふ(宰相の役所)にある、魏冄の執務室の扉が開いた。

「おお。来たか。白起はくき将軍」
 魏冄は茶化した。だが、容貌風采の青年へと成長した白起は居心地が悪そうに、むすっとした顔をしている。
 長々と彼の昇進を言祝ぐと、今や合従軍の功績により、秦の英雄と称されるようになった若き勇者は、更に顔をむくれされる。

「将軍の位など、俺は微塵も望んでない」

「まぁ、そう言うな。今や俺達を制肘せいちゅうする者もいない。今は俺が政務と軍事を掌握しているが、何れ軍事はお前に全て委ねるつもりでいる」

「俺は数百騎率いて、戦場を駆け回るくらいが性に合っている」
 頑な不機嫌な表情を和らげようとしない、白起を見遣って細く笑んだ。自ら椀に酒を注ぎ、彼に突き出す。

「むしろ喜べ。羇旅きりょの男に過ぎなかった俺が今や宰相に。そして、義渠ぎきょの奴隷に過ぎなかった、名も無き少年が今や一端の将軍だ」
 魏冄は自らの椀を目線まで掲げ、満たされた酒を一気に流し込んだ。

「武王が掲げられた、宿願へ一歩近づいた」

「でも、天下統一の道は遠い」

「確かにな」
 天下は無窮の旅路の果てにある。事実、輪郭すら捉えられないでいる。
 だが、確実に遅々とした歩みであるが進んでいる。魏冄が宰相として、秦王を凌ぐ権威を獲得すれば、国政は思うまま。消極的な思想を有する官吏など、一切合切放逐することができる。

「白起。お前に三万の兵を与える」
 憮然とした、白起の表情が幾らか綻んだ。

「何処を攻める?」

「韓だ。昨年は世話になったからな」
 魏冄の双眸が惨忍な光を帯びた。

「本格的に動き出すぞ。白起。天下への道へ」

「俺はあんたの剣だ。好きに遣えばいい」

「軍の備えは万事、お前に委ねる。浪費を厭う必要はない。必要とあれば、何でも用意させる」
 白起の名は合従軍の功績で国内に知れ亘ることになったが、端から見れば年若い経験の浅い将校に過ぎない。それでも、人の眼を憚らず、白起に莫大な投資ができるのは、今の魏冄の力あってこそである。

「御意」
 白起は蠱惑的こわくてきかんばせを薙いで退出した。万兵を率いる、大将としての出陣に対して、白起からは一抹の不安も感じられなかった。
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