白狼 白起伝

松井暁彦

文字の大きさ
283 / 336
廉頗

 十四

しおりを挟む
 翌日。宣言通り。白起は討って出た。
 
 趙括は櫓から、白銀の鎧を纏う、軍神の姿を睥睨する。翩翻へんぽんと翻る秦の黒旗。狼が描かれた天狼の旗。

「ほう。あれが軍神白起か」
 趙括は腕を組み、自信を横溢させていた。確かに尋常ならざる気配が、彼を取り巻いてはいるが、趙括は#__巌いわお__#のような男を想像していたので、拍子抜けであった。小柄で華奢。とても何十万も惨殺した、不敗の将には見えない。感興はそそられたが、怯懦は微塵もない。

(父上や廉頗の爺はやけに白起を警戒していたが、実際目の当りにしてみると何てことはない)趙括は父や廉頗。白起を時代遅れの老将として捉えている。

之ほどに大規模な戦は、趙括にとって初めての経験である。しかし、孫子・呉子などあらゆる兵法に通暁しているという自負がある。

幼少の頃より軍人である父から、将としての手解きを受けているのだ。成り上がりの白起や廉頗とは違う。

(所詮、奴等の戦は野蛮なものだ)

「奴隷上がりの白起に、本当の戦というものを教えてやるか」
 趙王より再三、戦を忌避することは許さぬと申しつけられている。廉頗の更迭は、趙王の意向を無視したことにもある。

(莫迦な男よ)
 内心で嘲笑すると、城塞の門を開かせた。

「白起め。痺れを切らして、自らが出てくるとは。皆の者、愚かなる敵の総大将を討ち取れ!」
 指揮刀を振るうと、喊声を上げて、趙兵が飛び出した。あくまで前進させるのは、泥濘の範囲まで。
 
敵の騎兵の脚を止めながら、城塞から弓兵による、万の援護射撃。一気呵成いっきかせいに飛び出してきた、白起率いる天狼隊。其れに追随する、幾万の歩兵が星散する。最早、その態は遁走とんそんに近い。

「何だ!この程度か。見ろ!軍神白起が背を向けて逃げてゆくぞ」
 趙括は呵々かかと哄笑する。

「見たか!之が俺の軍略だ!」
 嬉々と指揮刀を震わす中、思わぬ報せを副将が寄越してきた。

「何!?それは真か!?」
 報せによれば、白起は流れ矢を食らった負傷したという。成る程。ならば、あの大童の撤退も理解できる。

「秦は陣を引き払い、咸陽へ帰還する動きを見せています」
 秦にとって、白起を失うのは何よりの痛手である。

 趙括は満腔まんこうの笑みを浮かべた。

「今、此処で白起を討ち漏らす訳にはいかぬ。敵はおおいに算を乱しておるだろう」
 白起を討てば、賜る恩賞は莫大なはずだ。満腔の自信を以って。趙括は全軍に突撃命令を下した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

十二輝の忍神 ーシノビガミ― 第一部

陵月夜白(りょうづきやしろ)
歴史・時代
天明三年――浅間山が火を噴いた。 神の怒りに触れたかのように、黒い灰は空を塞ぎ、郷も田畑も人の営みも、容赦なく呑み込んでいく。噴火と飢饉が藩を蝕み、救いを求める声の裏で、名もなき影が蠢いた。灰の夜を踏むのは、血も温もりも失った“黒屍人”。誰が、何のために――。 その災厄に呼応するように、忍びの郷に封じられていた「十二輝の干支の珠」が、ひとつ、またひとつと眠りから解かれる。 珠は器を選び、器は力に喰われ、力は人を裏返す。 伊賀と甲賀の長い因縁、奪われる珠、引き裂かれる同胞。 そして、灰の国で拾い集められていく十二の輝きが揃う時、世界の秩序そのものが――動き出す。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

マルチバース豊臣家の人々

かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月 後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。 ーーこんなはずちゃうやろ? それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。 果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?  そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる …はずだった。 まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか? 敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。 文治系藩主は頼りなし? 暴れん坊藩主がまさかの活躍? 参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。 更新は週5~6予定です。 ※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

処理中です...