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最終章・転生勇者編

第154話 喰い残すこと勿れ

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 フランス人形のような美しい少女はもういない。
 服で見えていない部分もあるが、全身に口が出現した状態だ。
 肌が露出している部分の口は嗤っているような、はたまた食事を待っているかのように開いている。
 サラサラの金髪は赤黒いオーラを纏いながら逆立ち、完全なる化け物と化していた。

「……さぁ」「つヅ」「き」「ヲ」「始」「メ」「ましょ」「う」

 本来の口からは一言も発さずに、新たに出現した多くの口がそれぞれ交互に喋りだす。
 違和感がないほどスムーズだが、聞いていると頭がおかしくなりそうだ。
 何より、気色が悪い。

終之晩餐クイノコスコトナカレ。アリス・ワンダーランドの最大解放か。
 なんて悍ましさだ……)

 レベルアップしてより強力な力を得たユウシであるが、アリスのその姿に思わず体を震わせた。
 いや、強くなったからこそより理解できたのだ。
 アリス・ワンダーランドという少女の強さを。
 おそらくコンマ一秒でも気を抜けば、その瞬間に食い殺されてしまう。
 それほどまでの危険を感じた。
 と、アリスが今度は元の口で言葉を発する。
 どうやら元の口でしゃべる時は他の口は喋らないらしい。

「……ぜんぶ、食べてあげる」

 アリスはそう言うとその場を駆けだした。
 猛スピードでこちらへ向かってくる異形の化け物に、ユウシは遠距離からの攻撃を試みる。
 発動するのは風属性と水属性のオリジナル合成魔法。
 激しい水流が巨大な竜巻に乗って、アリスへと向かっていった。

「アクアサイクロン!」

 水の竜巻はドリルのように鋭く形状を変化させ、体を貫かんとする勢いで襲い掛かる。
 絶望的な状況。
 しかしアリスは全く動じず、おもむろに両腕を広げた。

「……喰い残すことなかれ」

 小さく呟くと、無数の口が一斉に大口を開けた。
 そして向かってきた水を、たちまちに飲みこんでいく。
 大量の水をゴクゴクと喉を鳴らす音を鳴らしながら、わずか3秒ほどで全てを飲み干してしまうのだった。

「……おい」「しイ」「のね」「、コ」「の」「お水」

 ニヤニヤと美味しそうに感想を零す。
 まるで効いていないらしい。

(なるほど、水系統は食べれるのか。ならば!)

 属性によっては魔法を食われてしまう。
 そこで次はおおよそ食べることはできない属性の魔法で勝負する。
 火属性と土属性を組み合わせると、アリスの足元から巨大な手を出現させた。

「グラスプマグマ!」

 マグマでできた巨大な手は、アリスを握り潰す勢いで固く閉じられようとした。

「……いた」「ダキ」「まーす」

 だが、アリスの無数の口はマグマに喰らいついた。
 熱さを感じないのか、肉にかぶりつくように貪ると、あっという間に消し去ってしまった。
 もちろんアリスは無傷である。
 その光景に、ユウシは目をひくひくさせながら少女を見やる。

(まさか、魔法はすべて吸収できるのか!?)

 その予想は当たっていた。
 それは最大解放、終之晩餐クイノコスコトナカレの能力の一つ。
 能力名:"喰い残すこと勿れ"。
 ありとあらゆる魔法を喰らい飲み干すのだ。

「直接斬り伏せろと言うことか!」

 ユウシは魔法が無駄だとわかると、先ほどと同様に近接戦をしかける。
 だが暴食の魔剣ベルゼブブで直接触れたら魔力を持っていかれてしまうし、アリスは触れた相手のステータスを喰らう能力がある。
 そのため直接攻撃を受け止めるのではなく、攻撃を掻い潜り斬らなければならない。
 けれど、今のユウシならそれが可能だ。

(大丈夫。こいつの攻撃はすでに見切った!)

 レベルアップの影響で、すでにアリスの攻撃の軌道は見えるようになっている。
 さらに最大解放を発動してからの動きを観察したが、速度や身体能力に変化はなかった。
 魔法吸収能力が追加されただけなら、対処は可能と踏んだ。

「今度こそ、貴様を超える!」

 ユウシはアリスへと突っ込む。
 挙動の一つも見逃さず、細心の注意を払いつつ最高速度で距離を詰めた。

「――ッ!」

 が、そのときアリスがニヤリと笑みを浮かべるのが見えた。
 そして、また一つ呟いた。

「……悔い残すことなかれ」

 途端、アリスの腕や足に出現した口が一斉に開くと、そこから無数の舌が伸びていった。

「なに!?」

 ユウシは驚愕しつつ、急ブレーキをかけ緊急回避をする。
 が、アリスはそれを許さない。

「……むだ、どこまでもおいつめる!」

 無数の舌はどこまでもユウシを追っていく。
 よく見れば舌にもさらに小さい口がいくつもついており、そこからまた舌が伸びてきた。
 それは、ユウシの恐怖感情を再び呼び起こす。

「~~~~ッ!!!!」

 背中の痛みで冷静になった頭が、また機能を停止しようとしていた。
 しかし寸前でとどまり、頭に血を巡らせる。

(回避に徹しなければ!)

 魔法で足裏に圧縮させた空気を発動し、足場にして逃げる。
 だがその足場も一瞬にして飲み込み、ユウシを追いつめる。

「くッそ!」

 上へ横へ下へと縦横無尽に逃げるが、相手もどんどん加速して距離を詰めていく。
 そして、何度目かの攻防の末。――

「――……つかまえた!」

 ユウシの足首に、舌が絡みついた。
 空中にいたところを掴まれると、そのまま地面へと引きずりおろす。

「しまっ――」

 舌が触れたことでステータスも減少。
 それもご丁寧に防御力のみを集中的に喰らうというおまけ付き。

「……うふ!」「フ!」「フフフフ!」「ふふ!」「アハハ!」

 無数の口が笑い声をあげながら、ユウシは急降下。
 強い衝突音を鳴らし、地面へと叩きつけられた。

「――がはッ!」

 血を吐き倒れ伏した勇者。
 再び立場が逆転すると、少女は暴食の魔剣ベルゼブブを舌で舐めた。

「……アリスは喰い残さない。
 だから、あなたは悔いを残さずに死んでね?」

 無数の口がユウシを嗤い、アリスはそれを見て笑うのだった。
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