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第二章 プロジェクト始動
9.勉強会と対策プリント
翌日の放課後。
俺と雪代は、昨夜話し合って決めた通り、特別棟の二階にある視聴覚室を訪れた。
人界から隔離されたように閑寂としているそこには、三人が座れる長い机が縦に三列並んでいる。
その窓際の一番後ろの席で、隣り合って座り、さっそく勉強会を始めた。
俺が分からない箇所があれば、その都度雪代に質問するという形だ。
今日はまだ五月の半ばだというのに、夏日に迫る程に気温が高く蒸し暑い。
肌がじっとりと汗ばみシャツに染みる程だ。
そのため、近くの窓は全開にして室内に風を取り込んでいる。
まだ午後四時を過ぎたくらいの時間帯のため、窓外に覗く無垢な光を放つ日は高く、空は知性と誠実さを感じさせる澄んだ青を広げている。
「だから、ここはhad+過去分詞になるわけ」
「ああ、そういう事か」
と頷きつつ納得する。
「現在完了形のhaveがhadになるだけだから、現在完了の理解が重要になってくるよ」
「なるほど。雪代の解説が上手いからか、すんなり入ってきたよ」
「ふふん。それ程でもあるけどね」
得意げに鼻を鳴らす雪代。
「自信家だな。ねーじゅさんらしいけど」
「創作も勉強も手は抜いてないからね」
「頼りにしてます」
「うん。何でも聞いてね」
俺達が会話を交えつつ勉強に励んでいると、視聴覚室のドアが開き、一人の女子生徒が入ってきた。
「怜愛ちゃん、頑張ってるー?」
どこか緩さを感じさせるのんびりとした口調でそう雪代に声をかけた彼女が、生徒会長の樫井悠果さんだ。
後ろ髪を水色のシュシュで束ね、肩の前に垂らしたルーズサイドテールで、身長は百六十センチに届かないくらいと平均程度だが、その胸は制服のボタンが弾け飛びそうな程たわわに実っている。
思わずそこに視線がいってしまいそうになるが、隣から何やら不穏なプレッシャーを感じたので、慌ててグッと堪えた。
「差し入れ持ってきてあげたよ」
樫井会長が手に提げていたビニール袋を両手で広げて見せた。
中には、チョコレートやクッキー等が入っている。
「悠果姉さん、ありがと。この視聴覚室も使わせてもらえて助かってるよ」
雪代が親しげに礼を言う。
「可愛い怜愛ちゃんのためだもん。それくらい簡単な頼みだよ」
樫井会長はにこやかに微笑みながら答えると、隣に座る俺へと向き直った。
「貴方がブルーさんの中の人、緋本蒼介君だね。怜愛ちゃんから色々と聞いてるよ」
それを聞いた俺は、顔を雪代に向け、責めるような視線を送った。
「ごめんね。話しちゃった」
雪代がペロリと舌を出して見せる。何だ可愛いなちくしょう。
「でも悠果姉さんなら信用出来るから安心していいよ」
「そうだよ。絶対に誰かに話したりはしないからね」
「はぁ⋯⋯まぁいいです。他人に知られたら恥ずかしいってだけで、別に秘密にしておいてくれなんて約束を交わした訳でもないですから」
物事には諦めが肝心だ。奔放な雪代に関わってからというもの、そう実感する事が多い気がする。
「納得してくれてよかった。怜愛ちゃん、どうしても話したかったみたいで。貴方達二人でのオフ会があった日なんて、『ついにブルーさんに会えたー、しかもイメージ通り!』なんて言っていつになくはしゃいじゃってたんだよ」
そう話す樫井会長は楽しげだ。
「終始雪代にペースを握られていたオフ会でしたけどね」
「その素敵なブルーさんは、今やプロ作家の怜愛ちゃんが影響を受けた人だっていうから、そんな人の書いた作品なら私も一度読んでみたいなーって思って、君の代表作を読んでみたの。『朝焼けの白いカーネーション』。素敵なタイトルだね。それだけで純粋な恋愛が描かれてるんだろうなーって思ったよ」
「読んでくれたんですか?」
思わぬところから新規読者が現れてくれた。
「もちろん。その日の内に読破しちゃったよ。私が感動したのはやっぱり最後のシーンだね。一度記憶を失ってしまった主人公だけど、ヒロインに以前もらった手作りの白いカーネーションを見る事で記憶を取り戻して、彼女に告白──その流れは涙なしでは読めなかったよ」
ゆっくりと落ち着いた自分のペースで語った。
聞いていてとても耳に心地いい。
この人の声には、ヒーリング効果でもあるんだろうか。
「ベタでしょう? 記憶喪失なんて使い古された題材ですからね」
俺は自嘲するように口許を歪めて見せた。
「そんな事ないと思うよ。大事なのはそれを使って内容をどう面白くするかでしょ? 私は、ストーリーの良さはもちろんの事、登場人物の心理描写や台詞回し、情景描写なんかの巧みさにもとても惹かれたよ」
「拙い作品ですけど、そう思ってもらえたなら嬉しいですね」
「うん。私、貴方の作品のファンになっちゃったから、別の作品も読んでみるね。また感動出来るような純愛ものだと嬉しいな」
とても励みを与えてくれた彼女の願いであれば、聞いてあげたくなってしまう。
「悠果姉さん、話が弾んでるところ悪いんだけど、これお喋り会じゃなくて勉強会だから」
雪代が遠慮がちに諌める。
「あぁ、そうだったね。緋本君を立派なリア充さんに変えちゃうための第一歩って事だったよね。ごめんねー。それじゃあ私はここらへんでお暇させてもらうよ」
樫井会長は最後に、「緋本君、またお喋りしようねー」とゆるふわな感じの言葉を残してから視聴覚室を出ていった。
「本当にイメージ通りの人だったな」
「でしょ。でもあの人ああ見えて全国模試の順位一桁台だから」
「そんなに優秀なのか!? 全国で一桁台って、どれだけだよ」
驚きに思わず声が大きくなってしまう。あのゆるふわさからは想像出来ない程の聡明さだ。
「天才肌なんだよね、悠果姉さん。ゆるふわな感じだから鈍そうに思われるんだけど、運動もそつなく熟すし。まぁ悪く言えば天然って事でもあるんだけど」
「運動も出来るのか。意外だな」
あんなメロンサイズの重荷を抱えていて、よく機敏に動けるもんだな。
「⋯⋯今、何か疚しい事考えなかった?」
邪な考えを見透かしたかのように追求し、ジト目を向ける。
「な、なんの事だか⋯⋯俺は昨今の日本の文壇におけるWeb発コンテンツの台頭と、それによる文芸誌の影響力の低下についてを考えていてだな⋯⋯」
俺はしどろもどろになって、取って付けたような言い訳をしたが、上手く誤魔化せていたかは定かではない。
§
中間考査が三日後に迫ってきたその日の放課後。
教室には、男子のクラスメイト数名が残り、机を合わせて勉強会をしていた。
だが、解けない問題が出てきたとしても、それを教える事が出来る者が一人もいないため、ノートや参考書を睨むように見ながら、揃って頭を抱えているようだ。
その様子を自分の席で勉強する素振りをしながらチラチラと盗み見ていた俺は、意を決して立ち上がり彼らの元に近寄って声を掛けた。
「なぁ、ちょっといいか?」
「あ? なんだよ⋯⋯えっと、お前なんて名前だっけ?」
訝しげにしながら尋ねられた。
彼は確かサッカー部の笠井だったか。
名前を覚えられていないのは、俺のクラスでの影響力の低さを考えれば当然だ。
「緋本だ。それでちょっと君らにとっていい話を持ってきたんだけど」
「いい話だって?」
「ああ。これの事だ」
言いながら、手にした用紙の束を差し出して見せる。
「何だ、これ?」
「今度の中間考査で出題されると予想される問題の対策プリントだ」
「えっ!?」
「それって、マ?」
「嘘くせー」
一人懐疑的な者もいるが、他は食いついてきた。
よし! 掴みは上々だ。
「なんでお前がそんなもん持ってんだよ」
「自分で作ったんだよ。傾向とかを分析してな」
大嘘だが。
「バレなければ罪にはならないよ」と頭の中でデビル雪代が囁く。
何だか彼女に悪の道に導かれているような気がするが、ただの気のせいという事にしておこう。
「ホントかよ。お前ってそんな事出来る程頭よかったっけ?」
「これまでは実力を隠して程々の成績に抑えてたんだよ。目立つのは好きじゃなくてな」
これも大嘘だ。
しかも某大人気実力至上主義ラノベの主人公みたいな事言ってるし。
どこかからクレームが入ったりしないだろうか。
「でももう実力を隠すのは止める事にしたんだ。理由は聞かないでくれ。已むに已まれぬ事情があってな」
恥を忍んで続ける。くっ、殺せ!
「俺達もどうしようもねぇって行き詰まってたとこだし、それが本当だってんなら助かるけどよ⋯⋯」
「俺はまだ信じ切れねーなー」
「でもこいつの言う通りだったとしたら、赤点回避出来るんだぜ? 賭けてみる価値あるんじゃねーの?」
「でもなんで俺達なんだ? そんな事したってお前にはなんの得もないだろ?」
「そんな事はないさ。君達との繋がりが出来る。俺がこのクラスでの地位を上げるためには必要な事なんだ」
「あぁ、お前ぼっちだもんな」
直截的だな。その通りだけど。
「そういう事だ。その対策プリントをどう使うかは君達に任せる。出来れば有効に活用してくれると嬉しい。じゃあな」
格好つけたように片手を挙げながら別れを告げ、くるりと踵を返してその場を後にした。
彼らはまだ半信半疑といったところだろうが、問題ない。
畢竟、あの対策プリントを使う事になるだろう。
それに縋るしか彼らに道は残されていないのだから。
布石は打った。
後は結果を待つだけだ。
──自宅に帰った後、ベッドの上で布団に包まりながら、耐え難い羞恥にジタバタと悶えるハメになったのは語るまでもないだろう。
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