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第二章 プロジェクト始動
11.第二ミッション
しおりを挟む午後九時頃。
俺はベッドで横になりながら文庫本を読んでいた。
バックでミニコンポが小さく鳴らしているのは、ロクデナシの『ただ声一つ』──。
透明感のあるピアノの旋律が印象的なこのナンバーは、生きづらさや心の痛み、日常の小さな幸せを歌った、聴く者に共感と癒やしを与えてくれるような心に深く染み入る感動的なポップソングだ。
そんな優しく温かい曲に包まれながら、心地よく物語の世界に没入していると、枕元に置いていたスマホが通知音を鳴らした。
手に取って画面を見ると、Rainで、雪代が気に入っているゆるぺんくんが、『こんばんはー』と緩く片手を挙げているスタンプが送られてきていた。
俺はそれに対し、銀髪蒼眼の美少女キャラクターが、控えめに片手を挙げて『こんばんは』と言っているスタンプを返した。
ねーじゅ『誰、そのスタンプ。アニメキャラとか?』
ブルー『最近購入したクリエイターズスタンプだよ。ラブコメラノベ「物書きのアルカヌム」のメインヒロイン、文屋紡希』
ねーじゅ『あー、あのニッチな層にウケてるやつね。「モチーフに対する愛が限界オタクじみていて読んでいて胸焼けがした」とかサイトの感想欄に書かれて批判されてたから、私はパスしたんだよねー。でも、そのキャラはミステリアスで可愛いね。ハーフなのかな?』
ブルー『確かロシア人の血が半分流れてるって設定だったと思うけど。今アニメ化に向けて動いてるってことだったぞ』
ねーじゅ『へぇ、じゃあ放映されたら見てみようかな。キャラの雰囲気からして、結構好みに合ってるかも』
ブルー『作者が限界オタクかどうかは知らないけど、内容はシリアスとコメディのバランスがいい良作だからな』
ねーじゅ『そうなんだ。じゃあ、楽しみにしておくよ。と、雑談はこれくらいにして、本題に移ります。第二回「緋本蒼介成り上がりリア充化プロジェクト」会議!』
ブルー『久々に聞いたな。そのチープなプロジェクト名』
ねーじゅ『そこ、うるさいですよー。はい! という訳で、先日の中間考査でめでたく目標を達成した第一ミッションに続き、今日は第二ミッションについての解説をしていきます。ミッション名は、「林間学校で皆にいいところを見せよう!」です』
ブルー『それは事前に告知されてたから知ってるけど、林間学校の栞とかはまだもらってないぞ』
ねーじゅ『私は詳しいスケジュールまで知ってるよ。なにせ私には悠果姉さんという頼りになる味方がいるからね。林間学校は生徒会が主体となって企画、実行するから、特別に作った栞を見せてもらったんだ』
ブルー『コネを使いまくりだな』
ねーじゅ『手持ちのカードはフル活用しないとね。それで、林間学校だけど、六月十一日から二泊三日で山梨県の高原にある金代山荘キャンプ場ってところに行くんだって。スローガンは、「ビバ! 高原の澄んだ空気と夜空に輝く星々! 嗚呼、今私達は青春を謳歌している! このかけがえのない時間の中で、友情を深めて自然と一体になろう!」
ブルー『長い! 冗長過ぎるだろ。それに感嘆符だらけだし』
ねーじゅ『それが悠果姉さんクオリティだよ。生徒会であの人に逆らえるメンバーはいないからね』
ブルー『樫井会長の提案なのか⋯⋯』
ねーじゅ『スローガンの事については突っ込んだら負けだよ。って事で、スケジュールについて解説するね。初日は、まず朝学校に集合。出発式があってからバスで目的地まで移動。到着したらそこで開校式。その後は最初のイベント、飯盒炊飯とカレー作りをするよ』
ブルー『野外活動の定番だよな、カレー作り』
ねーじゅ『ちなみに、緋本君、料理は得意?』
ブルー『ああ。大抵のものならレシピなしでも作れるぞ。この前美作先生にも唐揚げ作って絶賛された』
ねーじゅ『え? 何で緋本君が美作先生に食事作ってるの?』
ブルー『あれ、言った事なかったっけ。美作先生は俺の叔母に当たる人なんだよ。母さんの妹』
ねーじゅ『驚きの事実だね。学校でそんな素振り見せた事なかったから』
ゆるぺんくんが口をあんぐりと大きく開けて驚いているスタンプ。
ブルー『公私の区別をしっかりしてるんだよ。公の場ではお互い必要以上に関わらない。その分プライベートでは、あの人結構砕けるんだけどな』
ねーじゅ『あの美作先生がねぇ。でも、そういう事なら料理については問題なしだね。そこでとびきり美味しいカレーを作って、皆の胃袋を掴んじゃおう』
ブルー『使うのは市販のルーだろ? 出来上がるのはごく一般的な家庭で食べるのと同じカレーだよ』
ねーじゅ『まぁそうなんだけどね。けど、料理スキルを皆に見せつける事は出来るんじゃない?』
ブルー『といっても出来る事っていえば、野菜を切るくらいだぞ?』
ねーじゅ『それだけでもイメージアップには繋がるよ。という訳で、そのイベントついてはいいとして、次のイベントは午後からの森林体験学習。各班に専門家の指導員がついて、自然に触れ合いながら色々な活動をするって内容。これは臨機応変に上手くやるって事で』
ブルー『その場でフレキシブルに対応か』
ねーじゅ『そうだね。で、それが終わったら、山荘の食堂で皆で夕食。食べた後は、お待ちかねの肝試しだよ。これはくじ引きで男女のペアを作ってやるんだって。誰とペアを組むかは運任せだけど、ここは男らしいところを見せる絶好の機会だよ。怖がる女の子を守ってあげるナイトになるんだ』
ブルー『今時肝試し程度で怖がるような女子っているのか?』
ねーじゅ『そりゃあいるでしょ。お化け屋敷苦手な子とか結構いるよ』
ブルー『雪代もお化けが怖いのか?』
ねーじゅ『いや、全く。これっぽっちも。非科学的だし』
ブルー『やっぱり。だと思った』
ねーじゅ『緋本君の相手は違うといいね。「きゃあっ!」て可愛く悲鳴を上げながら抱きつかれるかもよ』
ブルー『そんなラノベみたいなベタな展開起きないって』
ねーじゅ『うん。私もそう思う。って事で肝試しについてはあまり期待できないね。じゃあ次のイベント、天体観測。ここで星に関する何かロマンチックな知識でも語る事が出来ればポイント高いよ』
ブルー『Wikiで得た付け焼き刃の知識を披露しても、見透かされそうだなぁ』
ねーじゅ『それが出来なくても、一緒に星空を眺めるだけで心の距離は縮まるよ。と以上で初日のイベントはお終いだね。後はロッジで寝るだけ』
ブルー『結構盛りだくさんな内容だったな』
ねーじゅ『そして、二日目だけど、朝起きたら朝食なんかを済ませてからウォークラリーだよ。このイベントは、班ごとに森の中を通っている道を歩いて、途中にあるチェックポイントを通過しながら、間に昼食を挟みつつゴールを目指すって感じ。大事なのは、歩きながらの班員達との会話を盛り上げる事だね』
ブルー『俺にトークスキルを求めないでくれ。こっちは陰キャぼっちなんだぞ』
ねーじゅ『でも君、私とは普通に話せてるよね?』
ブルー『それは君がねーじゅさんでもあるからだ』
ねーじゅ『私は特別って事? ちょっと照れちゃうね』
というメッセージの後に、ゆるぺんくんが頬を赤く染めながら、『テレテレ』と言っているスタンプが送られてくる。
ブルー『長い付き合いだからな。クラスで相手してくれるのも君くらいだし。大切な存在って事は否定しない』
ねーじゅ『緋本君のデレ期かな? ストレートな言葉をありがとう』
続けてゆるぺんくんが『ありがとう』と頭を下げているスタンプ。
ブルー『それでウォークラリーの後はどんなイベントがあるんだ?』
ねーじゅ『夕食のBBQだね。ここでも君の料理スキルが発揮出来るよ』
ブルー『BBQなんて、肉や野菜を串に刺して焼くだけだろ』
ねーじゅ『そうなんだけど、そう言わずにそれ以外の部分──例えば下ごしらえの手際の良さとかでアピールしてみようよ』
ブルー『まぁやれるだけやってみるけど』
ねーじゅ『うん。頑張ってね。そしてBBQの後は、林間学校の最後のイベント、フィナーレを飾るキャンプファイヤー! ここでは定番の「遠き山に日は落ちて」を皆で歌ったり、同じく定番の「マイム·マイム」でフォークダンスを踊ったりするよ。フォークダンスでは、男女でペアを組んで踊る訳だけど、ここで舞踏会みたいに華麗なダンスを決めろって言ったところでそれはさすがに無理があるから、そつなく熟せればそれでいいよ』
ブルー『「マイム·マイム」なら小学生の頃にも踊った経験があるから、なんとかなるかな』
ねーじゅ『これで主要なイベントは全部終わりだね。三日目は起きたら朝食を食べてコテージの清掃とかをすませたら、閉校式をして後は帰るだけだからね。こんな感じでイベントごとにアピールポイントを挙げていった訳だけど、それ以外の場面でも気を抜かないようにね。ロッジの中で過ごす時とかも。常に周りから見られてるって意識を持って行動する事を心がけるように。分かった?』
ブルー『あまり自信はないけど、善処します』
ねーじゅ『善処って言い方がビジネスライクでミッションを達成しようっていうパッションが感じられないなぁ』
ブルー『悪かったな。モチベーションが低くて。それより班分けについてはどうすればいいんだ?』
ねーじゅ『班員の数は全部で八人。その内私と緋本君で二人は確定でしょ。後は誰かに誘われるのを待って、もし誘われなかったら、余り物同士で組むことにすればいいんじゃない? 一番いい結果は、あの一軍グループのメンバーと組むことだね。彼らはよくも悪くも目立つから、周りにアピールする分には最適だよ。私なんかは、たぶん来栖君あたりにに誘われるんじゃないかって予想してるけどね」
ブルー『そう言えば前に、来栖に気に入られてるみたいな事言ってたよな』
ねーじゅ『うん。だから彼、私と一緒に過ごせるこの機会を逃さないんじゃないかなって』
ブルー『君はそれで構わないのか?』
ねーじゅ『別にいいよ。相手しなければいいだけだし』
ブルー『憐れだな。来栖のやつが可哀想に思えてくる』
ねーじゅ『他人の事を気にするよりも、自分の事を気にしたら? あの一軍グループと班が一緒になったとして、君、上手くやれる?』
ブルー『そうなんだよなぁ⋯⋯一度グループに誘われたのを無下に断って辛辣な言葉まで浴びせた手前、やり難いだろうし⋯⋯』
ねーじゅ『身から出た錆だね。でも安心して。私が出来る限りフォローに入ってあげるから』
ゆるぺんくんがビシッとサムズアップして『任せて!』と言っているスタンプが押された。
ブルー『お願いします。頼りにしてます』
こっちも『物書きのアルカヌム』のヒロイン、文屋紡希が『お願いします』と頭を下げているスタンプで返す。
ねーじゅ『うむ。任されました。まだどうなるかは明日のホームルームがきてみない事には分からないけどね。それじゃあまた明日、登校の時に。おやすみ』
ブルー『ああ。おやすみ』
互いにゆるぺんくんと文屋紡希で『おやすみ』、『おやすみなさい』と送り合った。
そうしてその日の第二回『緋本蒼介リア充化プロジェクト』の会議は、明日への気掛かりを残したまま終わりを告げた。
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