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第三章 林間学校
12.班決め
翌日の午後。
授業の六限目はホームルーム。
ここで、近々開催される林間学校で一緒に行動する事になる班のメンバーを決めるための話し合いの場が設けられた。
「今度の林間学校では、八人一組の班を中心にして動く事になる。これもいい機会だ。普段から仲のいい者達ばかりと組むのではなく、あまり接した事のない相手と組んで、新しく友好を結ぶのもいいだろう。八人埋まった班は、その中からリーダーになる者を選ぶように。全てが決まったら、リーダーは私のところまでその旨を報告にくる事。では、話し合いを始めてくれ」
美作先生の合図とともに、クラスメイト達が動き出す。
皆普段から仲がいいメンバー同士で集まって、先程配られた林間学校の栞を見ながら、ワイキャイと楽しげに会話している。
もちろん俺の傍には誰もやってこない。
中間考査で助けてやった部活組も、俺の存在など忘れてしまったかのように、別のやつらと班を組んだようだ。
そこに唯一このクラスで俺にかまってくれる雪代がやってきてくれた。
「浮かない顔してるね」
慮るようにして言われた。
「こういう班決めとかは、トラウマが刺激されてどうしても憂鬱になるんだよ」
ぼっち歴が長いと、黒歴史には事欠かない。
「緋本君、体育の授業でペア組まされる時も苦労してそう」
「ご明察。あんな鬼畜仕様、そうそう慣れないよ。稀に先生と組まされるんだぞ? 先生から向けられる生暖かい眼差しが逆に心に痛い⋯⋯」
と嘆くように。
「君は抱えている地雷が多そうだから、扱いが難しいね。『世界一難しい木管楽器』としてギネスにも認定されているオーボエみたいだよ」
「オーボエはその分音色が綺麗だからいいじゃないか。君曰く、俺は壊れたヴァイオリンなんだろ?」
「よく覚えてたね」
感心したように相槌を打つ。
「あの日の衝撃はそう簡単に忘れられるものじゃないよ」
「君の記憶に強く刻み込まれたなら本懐だよ」
そんま風に二人で話し込んでいると、後ろの方で、いつもの一軍グループで集まっていた内の来栖と白鳥が、こちらにやってきた。
「楽しそうにしてるな」
来栖は爽やかな微笑を浮かべた安定のイケメン顔を晒している。
その思わず助走をつけて殴りたくなってくるような澄まし顔は、雪代の方に向けられていて、俺の存在は無視されているみたいだが。
「緋本君との会話はいつでも楽しいよ」
「君達のそれとは違ってね」──今にも彼女はそう続けそうな気がした。
「そうか。じゃあその仲がいい緋本と、同じ班になるって約束したのか?」
「そうだよ」
当然とばかりに頷く。
「怜愛は俺達の班に入って欲しかったんだけどな」
安心しろ。君は雪代にボロクソ嫌われているから、残念そうにしても無駄だ。
「じゃあ、緋本君も私達の班に入ればいいじゃない! 私達怜愛を入れて七人だから、緋本君で丁度八人ぴったりになるし! それで万事解決だよ!」
白鳥、名案を思いついたとばかりに元気よく手を挙げて提案したが、来栖は嫌そうにご自慢のイケメンフェイスを曇らせているぞ。
「緋本君が一緒でいいって言うなら、私もそっちの班に入ってもいいよ」
雪代はいつだって俺の味方でいてくれる。ありがたや。今度お布施しよう。
「仕方ないな」
来栖は溜息を一つ吐くと、渋々といった態度で続けた。
「緋本、俺達のグループと一緒で上手くやれそうか?」
「⋯⋯まぁそっちが嫌じゃなければ極力合わせるようにするよ」
こっちも負けじと苦々しげに言ってやった。
「じゃあ決まりだね! さっそく皆に挨拶にいこう!」
白鳥が逃さんとばかりにガシッと俺の腕を掴む。
──何かこれって、デジャヴだな⋯⋯。
引きずられるように教室の後ろまでドナドナされて、グループの前に立たされた。
「皆、怜愛と緋本君が私達の班に入ってくれるって! 歓迎してあげて!」
「まぁいいんじゃない。皆がそれで文句がないっていうなら私は構わないけど」
涼葉とは、あの時喧嘩別れみたいになってしまったが、別段引き摺ってはいないみたいだ。
昔からサバサバしていたからな。もう忘れる事にでもしたんだろう。
「僕も同じ意見だね。あの時は相容れないなんて言い方したけど、お互いに歩み寄って妥協出来るポイントが見つかれば、打ち解ける事も出来るはずだよ」
鳴宮も続いて同調する。
その真っ黒な腹の中では、何を考えてるのか分かったもんじゃないが、探り合いは一時休戦しておくとするか。
「俺も受け入れるぜ。あん時は俺も熱くなって悪かったよ。後からお前の気持ちを無視してたって事に気付かされた。けど、お前ももう少し遠慮してくれよな。あんな言い方してたら、俺じゃなくてもカチンとくる」
朝倉がばつが悪そうにしながら自分の言動を省みる。
こいつは熱血馬鹿だが、殊勝に否を認める事も出来るんだな。
ちょっと見直しちゃったぞ。近付かないで欲しいのは変わらないが。
「皆がいいっていうなら私もオッケーかな。皆に合わせるよ。それに男が増えるのは妄想が捗るし。新たなくる✕ひもの展開が⋯⋯それ以外の男子との絡みも⋯⋯ぐ腐腐腐⋯⋯」
な、なんだってー!
既に俺は橘の妄想のネタにされてしまっていたのか。
俺の加入にどちらでも構わない体を装っているが、俺の目は誤魔化せないぞ。
誰とのカップリングにしろ、陰に潜んでいる俺は、多分受けとして攻められる側だろう。
否、意外と根暗な陰キャぼっちの復讐みたいなシチュエーションで攻めをやらされているのかも。
どっちにしても、俺の貞操がヤバい!
助けて、ゆきえもん!
そう心の中で叫ぶが、当の雪代はというと、退屈そうにスマホを弄り始めていて、俺の貞操の危機には気づく様子もない。
「うんうん。皆も賛成って事だね。これで晴れて緋本君と怜愛も私達の班の正式メンバーだ!」
俺が一人孤独に腐女子橘の妄想と戦っていると、白鳥が満足げに頷きながら声高らかに宣言した。
その純粋さに溢れたソプラノボイスで、呪われていたパーティメンバーが、聖女の魔法によって浄化されるように冷静さをとり戻す。
とりあえず、橘の妄想に関してはこれ以上触れないという結論に至った。
「それじゃあ、まぁよろしく」
「よろしくね」
俺と雪代が、大してよろしくしたくもなさそうに素っ気ない挨拶をした後は、この班のリーダーを決める話し合いに移った。
「リーダーって言っても、具体的にはどんな事するんだ?」
朝倉が眉根を寄せて考え込むようにしながら疑問を呈した。
「班行動の始まる前と終わった後に、メンバーが全員揃ってるかの確認のために点呼を取ったりとかじゃない?」
涼葉が言ったことはリーダーの基本的な仕事だな。
「後、メンバーを纏めてそれぞれに指示を出して、作業を割り振ったりとかかな。アニメやラノベでも、班のリーダーっていったらそんな感じだし」
サブカル知識を添えて補足したのは橘だ。オタク気質も腐の方に傾かなければ可愛いもんだな。
「要は高いコミュニケーション能力を持ち、決断力と行動力があって、責任感の強い人なんかが向いてるって事だね」
鳴宮が真面目くさった解説をする。
「じゃあ、理人がいいんじゃない? リーダーシップありそうでしょ」
あまり深くは考えていなさそうな白鳥がその名前を挙げる。
「俺か? 皆が言うなら、やってもいいけど」
来栖は控え目に言うが、満更でもなさそうにも見える。
他のメンバーからも反対する意見は出なかった。
「決まりだね。理人、お静さんに報告よろしくー」
白鳥が軽い調子で頼む。
俺は思わず耳を疑った。
本当に存在していたのか。美作先生の事をその愛称で呼ぶ猛者が。
本人に聞こえてやしないかと危ぶんだが、美作先生は前の方で椅子に座り、手にした書類の束をぱらぱらと捲るばかりで、気づいている様子はない。
俺は雷が落ちてその巻き添えを食らうハメにならずに済んだと、ほっと胸を撫で下ろした。
§
「私の予想通り来栖君から誘ってきたね。見事的中だよ。どう? このポワロばりの灰色の脳細胞をフルに働かせた冴え渡る推理力。今執筆中のミステリー風学園ラブコメにも余す事なく活かされてるよ」
学校からの帰り道で、俺と並んで歩く雪代が、得意げにその形のいい豊かな胸を張る。
「確かに君に気があるっぽい感じだったな。俺が最近君と一緒にいる事が多いからだと思うけど、敵意って程に明確じゃないにしろ、若干煙たがられていたような気がするよ。好青年っぽいのに、中身は結構ドロドロしてるもんなのかな」
と、その時の来栖の態度を思い出しながら。
「彼、見た目は爽やかだけど、内面は結構ねちっこいところがあるよ。いきなり初対面の時から馴れ馴れしく下の名前で呼んでくるし、無視してもしつこく話し掛けてくるし、たまに胸と太ももにいやらしい視線を向けてくるし」
嫌そうに顔を歪めた。
「かなり印象悪そうだな。見た目だけだったら、イケメンと美少女でお似合いカップルなんて言われそうなのに」
「やめてよ。彼と付き合うくらいなら、君を殺して私も死ぬよ?」
瞳のハイライトを消しつつ、言い放った。
「唐突にヤンデレ化するのはよしてくれ。なんで俺まで巻き添え喰らって死ななきゃいけないんだ」
勘弁して欲しい。この若い身空で無理心中とか絶対に嫌だ。
「君がくだらない事言うからだよ。今度同じような発言したら、Rainで悪堕ちバージョンのゆるぺんくんを使って、呪いのスタンプ百連打をお見舞いしてあげるからね」
と迷惑な嫌がらせ宣言。
「あの緩さでダークサイドに堕ちてるのか⋯⋯どういう経緯でそうなってしまったのか、地味に気になるな」
「余計な事気にしてないで反省してください」
雪代がぷりぷりとその白皙の頬を膨らませて見せる。
「すいませんでした。二度と口にはしません」
俺は素直に白旗を揚げた。
ここで彼女の機嫌をこれ以上損ねるのは得策ではない。
彼女のフォローなしには、林間学校という名の大きな壁を乗り越える事は出来そうにないのだから。
「まぁいいでしょう。この聖母ねーじゅ様が、寛大な心により許しを与えてさしあげます。お詫びのジュース一本でいいよ」
「承知いたしました。聖母ねーじゅ様」
俺は丁度通りがかったコンビニで、ペットボトル入りの珈琲とミルクティを購入して、雪代にミルクティを手渡した。
コンビニの前に設けられたベンチに二人並んで座り、小休止する。
「それにしても、俺、本当にあの班で上手くやれるのかなぁ。今日彼らと話して改めて不安になってきたよ」
珈琲の甘みと苦みを口内で感じながら零した。
「君の対人スキルも、以前よりは上がってるから大丈夫じゃない?」
雪代が貢ぎ物のミルクティを飲みつつ他人事のように言う。
「そうだといいんだけど、あいつら見てると劣等感が刺激されてどうしても攻撃的になっちゃうんだよなぁ。また何かやらかしそうで怖い」
「最悪、そうなったら私は蜥蜴の尻尾切りをして、逃げようかな」
慈悲もなく、情け容赦のない言葉を宣った。
「おい。見捨てないでくれ。こっちは君だけが頼りなんだ」
必死に縋り付く俺。
「分かってるから、そんな捨てられた子犬みたいな目で見ないでよ。私のSっ気が表に出ちゃうじゃない」
「おい! そこは憐れんで手心を加えるところだろ!」
思わず声を大きくしながら突っ込む。
「けれど、あまり甘やかしすぎても君の成長には繋がらないからね。リア充への道は険しいのだよ」
と冷たく突き放されてしまう。
「スパルタだなぁ」
「心外だね。飴と鞭ってやつだよ。私は優しさがデフォルト。君にだけだよ、そんな側面を見せるのは」
「何か言葉巧みに言い包められてるような気がするのは、俺だけか?」
上手く騙されていると感じる。
「私は言葉を扱う事を生業にしている作家だからね。そんな気がするってだけだよ」
「ホントに?」
「ホントホント」
適当な返しだな。
「⋯⋯まぁ君の真意がどうであれ、ピンチの時は必ず助けてくれるって信じてるよ」
「うん」
雪代は短く頷きを返すと、舞う風花のような微笑みを向けつつ、粉雪が降るように静かに告げた。
「君が私の手を振り払わずにとってくれさえすれば、ね」
その意味深な言葉の奥底に秘められた真意は、彼女の口からは決して語られないだろう。
そんな気がした。
なので、どんな状況を指してそう言ったのかはよく分からないが、いずれにしても、
『俺が君の助けを拒むはずがないじゃないか』───。
そういう想いでいたはずなのに、なぜかその言葉は声となって口から出てはこない。
そうして、胸の奥に留まって、やがて元々なかったもののようにして消えていった。
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