降る雪は沈む蒼の心を優しく包む〜冴えない根暗な陰キャぼっちの成り上がりリア充化プロジェクト〜

朔月カイト

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第三章 林間学校

17.キャンプファイヤーと再びの恋バナ、そして林間学校の終わり

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 時間は午後九時を過ぎ、山荘前の広場では、組み上げられた丸太に火がつけられ、この林間学校のフィナーレを華々しく飾るキャンプファイヤーが行われている。

 BGMの『遠き山に日は落ちて』が流れ、生徒達は声を揃えて、そのノスタルジックな情景を呼び起こす曲を歌い上げた。

 ゆらゆらと揺れて、あの日に地面に埋めたタイムカプセルに封じた秘密の隠し事みたいな密やかな陰影を描く炎──。
 それを囲みながら、皆で心を繋いだ合唱を終えると、フォークダンスに移った。

 『マイム·マイム』をバックミュージックに踊るダンスのペアは、これまでに一度も会話した事がない女子で、交わした言葉は最初と最後の挨拶だけだったが、ダンスの方はそつなく熟せたと思う。


 フォークダンスの時間が終わって暫く経った今、皆は仲が良い友人達同士で集まる等して、馬鹿を言い合って騒いだり、林間学校を振り返って笑い合ったりしているみたいだ。

 俺はというと、そんな喧騒からは一人離れた場所で、段差の低い階段に座って、燃え盛るキャンプファイヤーの炎を何となく眺めていた。

 そんな俺の元に、新雪を踏むような期待と危険を含んだような足取りで近づいてくる一人の真っ白な少女がいた。

 雪代だ。

「ねぇ、知ってる? このキャンプファイヤーを一緒に見ながら愛の告白をして結ばれたカップルは、幸せになれるんだって。昨夜姫歌が楽しげに話してたよ」

 前置きなく告げながら、彼女は俺の隣に腰を下ろした。

 先程までキャンプファイヤーの近くにいたようだったが、その頬はいつものように透明感のある白さのままだ。

 ──熱を浴びても赤くはならないんだな。

 相変わらず、幻想に生きている雪の妖精みたいな女の子だ。

「それはまたベタなジンクスだな。非科学的で現実性がない」

 にべもない言葉で返した。

「純愛を描く小説家とは思えない発言。君、ロマンがないって言われない?」

 雪代が呆れたというように、目を眇めてみせる。

「ロマンがなくても困る事はないからな」
「誰かと付き合いたいとかって、ちょっとでも思ったりしないの?」
「付き合うとか以前に、恋愛的に好きに思えるやつがいない」

 雪代を始め、白鳥や樫井会長など、好意的に思える人間は少なからずいはするものの、それと恋愛感情を持てるかどうかは別だ。
 陳腐な言い方だが、現実と物語の世界は違うのだから。

「そうかな。君は恋愛に奥手って言うよりは、どちらかと言うと、人に恋心を抱くっていう行為に対して忌避感をもっているように感じるけど」
「そんな事はない」

 即否定した。内面を省みるのは、痛みを伴うから。

「ホントにそう? 君が恋愛小説──それも純愛を好んで描こうとするのって、自分が人に恋心を
抱く事が出来ないから、その代償行為として、創作で補おうとしているだけなんじゃない?」

 雪代が逃さないとばかりにその顔を寄せて、その黒目がちなアーモンドアイで俺のアンバーな瞳を覗き込む。

 二人だけの空間に、遠くで皆がざわめく声や、キャンプファイヤーの薪がぱちぱち爆ぜる音が静かに鳴る。

「それは違う」

 俺は小さく頭を振って否定した。
 口調は優しいものだったが、それは明確な拒絶でもあったかもしれない。
 これ以上内側に踏み込むのは、いくら君であっても許さない、引き返せ、という──。

「そう。嘘つきだね、君は」

 ストレートに突きつけられた。

「どんな理由があるのか知らないけれど、人を好きになる気持ちを押さえつけようとするのは、精神衛生上良くないし、何よりもったいないよ。もっと自分の気持ちに正直に生きた方が絶対に楽しいって。『嘘で固めた自分で愛されるよりも、本当の自分で嫌われた方が気持ちいいではないか』って、フランスの小説家アンドレ·ジッドも言っているしね」
「参考程度に受け取っておくよ」

 軽い調子でおざなりに相槌を打つ。

「そうして」

 彼女は立ち上がると、キャンプファイヤーの方を見つめながら、

「ねぇ、今私がここで、君に愛の告白をしたとしたら、どう答える? やっぱり断る? それとも予想を裏切って受け入れちゃう?」

 意味深な言葉問いを投げ掛けた。

「⋯⋯さぁ、どうだろうな」

 俺がそう曖昧に返すと、雪代は、可笑しそうにくすくすと笑みながら、

「そんな事しないから安心して。今はまだ、ね」

 最後の方は、囁くような呟きだったため、俺は聞き取る事が出来なかった。

 ──『いざや楽しき夢を見ん。夢を見ん⋯⋯』

 『遠き山に日は落ちて』の最後の一節が、まるで神の声を聞いて伝える巫女の囁きのように、静かに頭の中に響いてくる。

 俺は今日、楽しい夢を見れるのだろうか──。


   §


 林間学校最後のイベントであるキャンプファイヤーの時間が終わり、後はシャワーを浴びて寝るだけとなった。

 俺達が宿泊しているロッジの部屋では、昨夜に引き続いて、朝倉主導による暑苦しい恋バナが繰り広げられている。

 既に全員がシャワーを浴び終え、誰も会話を聞き逃す事はない。
 恋バナは盛り上がりを見せてはいるが、キャンプファイヤーのジンクスにちなんだ、誰が誰に告白した──そんなどうでもいい内容だ。

「そう言えば、うちのクラスの一軍女子橘さんも、同じ一軍の来栖に告白したんだってな」

 既に知られていたのか。こいつの情報網も侮れないな。

「あぁ、橘さんに誘われて二人で林の中に入っていったな」
「でも来栖は断ったらしいぜ。もったいないなぁ。橘さん可愛いのに」

 まぁ妥当な結果だな。
 あいつは雪代にベタ惚れみたいだし、他の女子は目に入らないんだろ。

 ただ、一つ気になる事がある。
 それは、橘が普通の恋愛観も持っていたという事だ。
 否、元々来栖に好意を抱いている事はなんとなく気づいていたが、あの腐りっぷりを見せられた後じゃな⋯⋯。
 この失敗を気に、吹っ切れてさらにパワーアップしたら、もう手に負えなくなるぞ。
 くわばらくわばら。君子危うきに近づかん。
 橘には遠いところで幸せなってもらおう。

「イケメンはいいよな。相手には困らないから、余裕なもんだ」
「だけど断る時に、好きな人がいるからって言ったらしいぞ。相手は誰なんだろうな?」
「白鳥さんじゃね? イケメンと美少女でお似合いのカプだろ」
「それより大翔、聞いた話によるとお前も告白されたそうじゃねぇか。お前は顔はいいけど馬鹿だから恋愛対象としては見られないと思ってたのに⋯⋯この裏切り者!」

 何? 朝倉に告白だって? 奇矯な女子がいたもんだな。もげろ。

「マジかよ? 相手は誰なんだ?」
「A組の和久井さんだよ。うちのクラスに可愛い女子の上位陣が集まってるからあまり知られてないけど、A組では一番人気の女子だ」

 知らないな。まぁ俺はほとんどの女子と接点がないが。

「えーっ! そんなに可愛い女子がこのアホの大翔に!? なにかの間違いじゃね?」
「それがマジなんだよなぁ。大翔、お前なんで断ったんだよ。付き合う相手としては何も文句ないだろ?」
「言っただろ? 俺は博愛主義者だって。女の子は皆可愛いんだ。その中から一人を選ぶなんてしたくねぇんだよ」

 格好つけやがって。もげろ。

「もったいねー! お前いつか絶対に後悔するぞ」
「俺の事はもういいだろ。それより緋本! 俺見たぞ! お前また怜愛と二人切りでいい感じになってただろ!」

 昨夜に引き続き、またしても突然矛先を向けられ、心臓が早鐘を打つ。
 君、何度俺の寿命を縮めれば気が済むんだ!

「またかよ。なんで俺じゃなくてこんな陰キャが選ばれるんだよ。世の中間違ってる」
「処す?」

 君が犯人か!
 まさか林間学校のこの場で、長い間頭の片隅に 引っ掛かっていた疑問が解消されるとは思わなかったぞ!
 もうその顔はしっかりインプットしたからな。
 君は俺の中の要注意人物として、一位橘、二位江南に続く三位に位置づけておいた。
 次はないと思え。

「もしかして、雪代さんも例のジンクスを信じていて、告白とかされたんじゃ?」
「いやいやいや、それだけはあり得ねぇって。あの『雪氷の美姫』雪代さんだぞ? こんな冴えない陰キャが彼女みたいな高嶺の花に好かれる訳ないじゃん。ただの気紛れで構ってやってるだけだって」

 言い方は気に食わないが、概ねその通りだ。

 ただ、告白に似た様な事は言われたんだよなぁ。
 その後すぐに冗談だって撤回していたけど。
 まぁ彼女に揶揄われるのはいつもの事だからな。
 深く考えたら沼にはまるだけだ。

 その後も恋バナはますますヒートアップしていったみたいだったが、俺が話しかけられたのはそれ一度切りだった。

 おかげで一人脳内チェスが捗ったよ。


   §


 翌日の林間学校最終日については、特筆する事は何もない。
 ロッジの清掃の後に閉校式があり、バスで俺達の住まいのある都内へと戻ってきただけだ。

 色々あった林間学校だったが、総括すれば、それなりに実りがあったと俺は思っている。

 けれど、プロジェクトリーダーである雪代がどう評するかについては定かではない。

 俺は今夜予定されているRainでの反省会で、苛烈な駄目出しを喰らわないで済むように祈った。


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