降る雪は沈む蒼の心を優しく包む〜冴えない根暗な陰キャぼっちの成り上がりリア充化プロジェクト〜

朔月カイト

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第六章 初デートと夏休み旅行

29.水族館デート

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 夏休みに入って自由な時間が増えた。

 その為、ここ数日の俺は、新作のプロット作りとエピソードの執筆に明け暮れていて、他の事がおざなりになってしまっていた。

 食事は冷凍ものかカップ麺で済ませる事がほとんど。
 今美作先生に抜き打ちチェックにこられたら、ポリ袋に大量に詰められた容器を目敏く見付けられ、厳しく叱責されてしまう事だろう。

 そんなデスマーチのような日々を過ごしていると、いつしかくだんのXデーが近付いてきていた。

 そう。雪代との彼女の誕生日を祝うデートにいく日だ。
 
 これでも一応大まかなプランは立ててある。
 創作活動に追われる中、何とか時間を工面して俺が組んだのは、水族館でのデートだった。

 なぜそこを選んだか。
 それは、一つに、雪代はRainのスタンプにペンギンのゆるキャラ──ゆるぺんくんを愛用している事。
 もう一つに、彼女の通学バッグにイルカのキーホルダーが取り付けられているのを知っていたからだ。
 本人に確かめた訳じゃないが、海洋生物が嫌いではない事だけは間違いないだろうと思う。
 単に可愛いから──という理由だったとしたら、その時は大人しく爆死しよう。

 彼女に贈る誕生日プレゼントも用意した。
 後は、期待されている紳士的でスマートなエスコートが出来ればいいのだけれど、それに関してはノープランだ。
 全く自信がない。

 まぁ後は出たとこ勝負だと、半ば投げやりな気持ちで迎えたXデー。

 朝の空模様は、祝福の鐘が鳴り響くのが聞こえてきそうな程のクリアな快晴。

 そう言えば、林間学校に出発する時もこんな感じの天気だったな。
 多分俺が──じゃなくて、雪代が晴れ女なだけだろうけれど。

 待ち合わせ場所に指定しておいた最寄り駅前の噴水広場(俺と雪代が、ブルーとねーじゅさんとして初めて邂逅した、ある意味思い出に深く刻まれている場所だ)で待つ事約十分。

 視界の端に、青みがかったグレーのノースリーブブラウスと白いロングスカートを着て、頭には深い紺色のキャスケットを被った真っ白な美少女が映った。

 その美少女──雪代は、俺の姿を見ると、ユキヤナギの小さい花が枝一杯に咲き誇るように、静やかで可憐な笑みを開かせると、足早に駆け寄ってきた。

「お待たせ。待った?」
「今きたとこ」
「それ、もしかして狙って言ってる?」

 腕を後ろで組みつつ、その華奢な身体を前屈みにさせ、下から上目遣いで揶揄うように覗き込む雪代。

「茶化さないでくれ。これでもデートのイロハってやつを一から学んできたんだ」
「ふふっ。君らしい勤勉さだね。印象としては悪くないよ」

 笑いとともに、お褒めの言葉をいただいた。

「初手から失敗にならなくてよかったよ。それじゃあ、もうすぐ電車がくる時間だし、いこうか、雪代」
「怜愛」
「ん? どうした?」

 突然名乗り出したが、どうしたというんだろう。

「だから名前の呼び方だよ。私達そろそろ下の名前で呼び合わない? 知り合ってからの時間は未だそれ程長くないかもしれないけど、その分濃い時間を共有してきたと私は思ってるんだけど。私達は、志しを共にする運命共同体でしょ? 何より、せっかくの初デートな訳だしさ。苗字呼びのままじゃ余りに味気ないよ」
「そうか······そうだな。分かったよ。じゃあ、いこう、怜愛」
「うん。蒼介君」


   §


「うわぁ、ペンギンさんだー!」

 電車を乗り継いで降りた駅からは、無料送迎バスに乗り、今日の目的地──マリンリゾーツ水族館に到着した。

 雪代──怜愛はというと、入口ゲートの看板の横に置かれて利用客達を招いているペンギンの置き物にご執心だ。
 手でペタペタと触れたり、抱きついたりしながら、スマホで自撮りしている。
 やはり事前に予想していた通り、ペンギン好きだったらしい。

 時間はまだ午前九時を少し過ぎたところ。時間はたっぷりある。
 今日は彼女のための水族館デートだし、好きにさせておこう。

 そう考えて待つ事暫し。
 ひとしきり愛でて満足したらしい怜愛は、「ごめんねー、つい夢中になっちゃって」と俺の傍に戻ってきた。

 「じゃあ入場するか」と受付けで事前に購入しておいた入場チケットを提示し、入口ゲートを潜り館内に入った。

 入館して、館内マップとパフォーマンスタイムが記されたパンフレットを購入する。
 事前の調べで、パフォーマンスの時間は日毎に変わるとされていたので、チェックしておく必要があるのだ。

 怜愛が好きな(と俺は思っている)イルカのパフォーマンスは、午前十時半からとなっている。
 それまで園内を適当に散策し、パフォーマンスを見た後に昼食を摂り、午後からはゆっくりと水族館エリアを見て回る事にしよう。


「可愛いー。ほら、見て見て、親の後をぴったりついていってるよ」

 マリンシアターでは、北極海に生息し、『海のカナリア』とも呼ばれるベルーガのパフォーマンスが行われていた。
 二年前にここで生まれたというオスの子供が、灰色っぽいまだ小さな身体で親の後を懸命について回っている姿は非常に愛らしい。
 俺も思わず、顔が綻んでしまった。

「可愛い声で鳴いてるね。キュイ、キュイって」

 水中マイクを使用したパフォーマンスでは、トレーナーのお姉さんの呼び掛けに応じて、声真似で答えていた。
 「ピヨピヨ」、「ホーホケキョ」など、鳥の鳴き声を真似したりもするそうだ。


 マリンシアターを後にした俺達は、イルカのパフォーマンスを見るために、サーフスタジアムへと移動した。

 各パフォーマンスの間隔は余裕を持って開けられているので、焦る必要はないのだが、怜愛は待ち切れないらしく、

「いこっ! 蒼介君!」

 俺の手を取って駆け出した。

 ──転んでも知らないぞ。よっぽど楽しみなんだな。

 握られた手に感じる柔らかい温もりに、少しの恥じらいを覚えつつも、デート場所をこの水族館に選んだ自分を褒めてやりたい気分だった。


「わあっ、すごい、すごーい!」

 バンドウイルカ達による息の合ったコンビネーションを見て、怜愛が喝采を浴びせながらぱちぱちと拍手する。

「飛んだー! 緋本君もびっくりのジャンプ力だよ!」

 アップテンポでリズミカルな曲に乗った、イルカの助走をつけての水面からの大ジャンプ──そのアクロバティックな動きに、観客席から一際大きな歓声が上がる。
 イルカとジャンプ力を比べられるとは予想していなかったが、怜愛が大喜びしているので気にしないでいいだろう。

 大興奮する怜愛という稀有な光景を見れて、イルカのパフォーマンス以上に満足感を得た後は、シャチやアシカのパフォーマンスを見るなどして過ごした。


 正午になったところで摂った昼食は、シャチを見ながら食事出来るレストランで。
 深い海の底を思わせるような店内は、シャチのプールを囲むようにテーブルが配され、どこか幻想的だった。

「はー、楽しかったー。私、イルカを生で見れたのはこれが初めてなんだよー」

 食後のミルクティを飲んでいる怜愛は、満ち足りたような顔をしている。

「おいおい、まだこの後にも見処は沢山残ってるんだぞ?」

 ここのエスプレッソは、退院祝いでもらったお高めのドリップ珈琲よりも味わい深く感じる。
 この店の雰囲気と高揚した気分がそうさせているのかもしれない。

「そうだったね。それにしても、水族館がこんなに魅力に溢れたところだなんて知らなかったよ」

 感慨深げに言う。

「そう言ってもらえると、時間を掛けてリサーチした苦労が報われるな」
「君の事を侮っていたよ。素敵な誕生日プレゼントだ」
「否、違うぞ」
「え? 何が?」

 否定すると、怜愛はきょとんと首を傾げた。

「プレゼントは水族館に連れてきた事だけじゃない」

 隣の椅子に置いていたデイパックから、リボンで可愛くラッピングされた小さめの箱を取り出し、それを対面に座る怜愛の前に置いた。

「これって······」
「誕生日プレゼント。思い出だけじゃなくて、手元に残る物も贈りたくて」
「開けてみてもいい?」
「どうぞ」

 承諾を得て、遠慮がちに、けれど期待で瞳を輝かせながら、丁寧な所作でリボンを解き、リボンと包みを解く。

「わあっ! 可愛い! 凄く素敵なデザイン!」

 箱の中に収められていたのは、ブックカバーと栞。
 どちらも、青い下地に雪の結晶が模様として散りばめられている。

「動画サイトとかでハンドメイドのやり方を勉強しながら作ってみたんだ」
「どっちにも私の名前が入ってる。本名とペンネームが両方」

 ブックカバーにも栞にも、その片隅に、『ReiaレイアNeigeネージュ』と刺繍をしておいた。
 針と糸を使うのは、中学の家庭科の授業以来だったから、かなり手こずったがな。

「多少不格好な部分もあると思うけど、気持ちを込めるなら手作りの方がいいと思ったんだ」
「うん。このブックカバーと栞を見ていると、君がどんな想いでこれを一から作ったのかが伝わってくるよ」

 手に取って見つめながら。

「それはよかった。喜んもらえたみたいで嬉しいよ」
「でも、これはちょっと狙い過ぎにも思えるけど、それについてのコメントは?」

 予告もなく、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた怜愛の登場だ。

「え? 何の事だ⋯⋯?」

 思い当たる節がなく、首を捻る。

「もしかして無自覚? 君はそれだけ私の事をその深層で想ってくれているって事かな?」
「君が何を言いたいのか、皆目見当が付かないんだけど······」

 と困惑する俺。

「だって、下地が青で、模様が雪の結晶だよ? それってまさに私達を表すものでしょ?」
「あ······!」

 こうして指摘されるまで全く気付かなかった。
 これじゃあ、俺と君はずっと一緒だって宣言してるようなものじゃないか。

「ここまで熱烈にアプローチされたら、ねーじゅさんも思わず絆されそうになっちゃうよ」
「い、否、違う! 別にそういう意図で選んだ訳じゃ······」

 しどろもどろになりながら、何とか弁解しようとするけれど、全く要領を得ない。

「あははっ! 分かってる。ちょっと君を揶揄ってみただけ。君はそんな器用な伝え方が出来る人じゃないからね」

 怜愛がさも可笑しそうに。

「······羞恥で死にそうだ······否、いっそ殺してくれ。自分の浅はかさを呪いたい······」

 センスのいいプレゼントを用意出来た筈だと浮かれていたのが、一転して奈落の底へと落とされる事になろうとは⋯⋯。

「いずれにせよ、私がこのプレゼントをもらって凄く嬉しいと思ってるのは本当だよ。ありがとね、ずっと大事に使わせてもらうよ」

 彼女の忖度のない笑みだけが、今の俺にとっての唯一の救いだった。


   §


 楽しかった水族館デートも終わりに近付いてきた。
 
 昼食後も、二人で色々と園内を見て回った。
 置き物ではないリアルなペンギンを見るなどして、怜愛は終始はしゃぎっぱなしだった。

 ただ、俺は、誕生日プレゼントに隠されていた、身悶える程の恥ずかしい事実に気付かされてからは、心ここにあらずといった状態だった。
 その為、内容はよく覚えていない。


「これで、主だったところは大体見て回れたみたいだね」
「ああ。後はもう帰るだけだ」
「それじゃあ私、その前にちょっとお花を摘みにいってくるよ」
「分かった。じゃあここで待ってるよ」

 怜愛が御手洗いにいった後、何気なく目の前にあるバザールコートの店内に視線を向けていると、ある物が目に止まった。

 広々とした店内には、お土産として、ぬいぐるみやお菓子等のオリジナル商品が並べられている。
 その中に怜愛が気に入りそうな物があったのだ。

 そこでサプライズを思い立ち、入店してその品を購入し、怜愛が戻ってくるのを待った。


「お待たせ。じゃあ──ん? 何、その紙袋。何かお土産でも買ったの?」
「否、君への今日二回目の誕生日プレゼント」

 俺が紙袋からその品を取り出すと、怜愛の目が驚いたように大きく開かれた後、弾けるような笑顔が生まれた。

「イルカさんだぁ!」

 受け取って、まるで周囲に見せびらかすように、そのイルカのぬいぐるみを両手で頭上に掲げて、その場でくるくると回って見せる。

「最初のプレゼントでは、恥ずかしい思いをさせられたからな。そいつでリベンジだ」
「よし! 君はそー君と名付けよう」

 と片手の人差し指を、ビシッとその愛嬌のある顔に突き付けた。

「そー君?」
「深く追求しちゃ駄目だよ。こういうのはフィーリングが大事なんだから」

 片目を閉じてチャーミングなウインクをしつつ、結んだ口許に人差し指を当てた。

「そういうものか」
「そういうものです」
「まぁ君が喜んでくれたなら目的は達成だからいいけどな」
「んふふー」

 満足そうに、幸せそうに、イルカのぬいぐるみを胸にぎゅっと抱き締めて頬擦りしながら笑いを零す。

 Xデーだった怜愛の誕生日。

 途中、誕生日プレゼントの制作で思わぬドジを踏んでいた事で爆死し掛けはした。

 だが、何とか最後で挽回し、やり遂げたと穏やかな充実感に浸りながら帰路につく事が出来た。



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