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第八章 青黎祭と文学市場
44.プロット作りのアイデア
ねーじゅ『ホント、彼しつこ過ぎ! 一度断られたんだから、潔く諦めろ! そういうところだぞ! さらに私に反感を抱かせて、悪手だって分からないものかな?』
ブルー『お怒りは御尤もで』
予想していた通り、夜のRainでは、のっけから盛大な愚痴を聞かされる事になった。
下校時にその事に触れようとしなかったのは、この時の為に怒りを取っておいたのか。
その怜愛の怒りを宥めるように、Coldplayのボーカル、クリス・マーティンの優しげなトーンの声が届いてくる。
『Yellow』──。
バンドの世界的ブレイクを果たす事になったきっかけを作った、純粋な愛と希望を象徴する、聴けば綺麗な星空を眺めたくなるようなシンプルなラブソングだ。
ねーじゅ『あんな蛇みたいに絡み付こうとしてくる男と、振りだけでもキスシーンを演じないといけないと思うと、反吐が出るね!』
ブルー『おぉ⋯⋯あの美しいレトリックが持ち味のねーじゅ先生とは思えない暴言⋯⋯心中お察しします』
ねーじゅ『こんな事になるくらいだったら、クラスメイトを買収してでも、君に投票させるんだった!』
ブルー『不正は駄目だぞ。気持ちは嬉しいけど』
ねーじゅ『まぁでも、引き受けた以上、力は尽くすけどね。何事にも手を抜かないのが、私のモットーだし』
ブルー『頑張れ。俺も裏方として出来る限り支えはするよ』
ねーじゅ『うん。いつまでも己の不幸を嘆くばかりじゃ何も得られやしないからね』
ブルー『けだし、至言だな。ところで、委員長も心配していたけれど、君、『変調愛テロル』三巻の執筆の方に差し障りはないのか?』
ねーじゅ『それが、ないとは言い切れないんだよねぇ⋯⋯委員長には、皆の手前ああ言いはしたけど、三巻のプロット作りでちょっと行き詰っていてね。それが解消されない限りは、演技の練習にも身が入らないかも』
ブルー『どういうところで行き詰ってるんだ? 支えるって言った以上、見過ごす事も出来ないからな。俺でも少しは力になれるかもしれないから、教えられる範囲でいいから聞かせてみてくれないか?』
ねーじゅ『それは助かるけど⋯⋯本当にいいの?ネタばれになるかもよ?』
ブルー『大雑把な内容だったら、それ程影響はないさ。紹介ページに書かれてるような内容だったら、事前に分かっちゃう事でもあるしな』
ねーじゅ『そう? じゃあ、君の楽しみを奪いたくないから、ほんの少しだけ。ヒロインの朱莉に言い寄るかませ役って感じの悪役令息を登場させようと思ってるんだけど、これが上手く嵌まらなくってね。どうしても、既存のキャラとどこか似たようなイメージになっちゃって、担当さんと二人で頭を抱えているところなんだ。ねぇ、どうにかならないかな?』
そこで、ゆるぺんくんが、頭を下げながら、『頼りにしてます』と言っているスタンプ。
ブルー『かませ役の悪役令息か⋯⋯うーん、そうだなぁ⋯⋯』
ねーじゅ『やっぱり難しいよね。かませ役の悪役令息って、結構使い古されてるし』
ブルー『じゃあ、こういうのはどうだ? 恋愛物とは違うけど、ミステリーとかだと、性別誤認トリックってのがあるだろ? ほら、俺が君の事を最初社会人の男性だと思い込んでいたみたいに。
王道キャラでも、そういう驚きがあれば、読者をもっと楽しませる事が出来るかもしれない』
ねーじゅ『性別の誤認⋯⋯』
ブルー『まぁ、恋愛物における性別誤認って言ったら、古くはシェイクスピアの戯曲『十二夜』でも使われてる古典的なテーマだし、現代でも、性別を誤認したまま恋に落ちるっていう展開は結構ありふれたものだとは思うけどな』
ねーじゅ『ううん。そんな事ない。凄く参考になるアドバイスだったよ。上手く使えば、物語に更なるドラマとコメディ要素を加えられそうだね。やっぱり君に相談して正解だったよ。おかげで重い荷物から解放された気分だ。これで演劇の練習に集中する事が出来る。ありがとね』
ブルー『助けになれたみたいでよかった。俺のアイデアが使われてると思えば、三巻への期待度が逆に上がるよ』
ねーじゅ『ふふっ。三巻では、更に君を楽しませる事を約束するよ。そうだね⋯⋯その秘密が暴かれた時の彼女の心情を綴るとしたら、「彼女は、その剥がした仮面の下に現れた真実を、驚きと喜び、そしてほんの少しの悲しみを抱きながら迎え入れた」──そんなところかな』
ブルー『それは即興で考えたにしては、中々に印象的なフレーズだな。どういう展開でそういう心情を抱くに至ったのかが気になるところだ』
ねーじゅ『これ以上は、幾ら君でも明かせないよ。三巻の発売を楽しみに待っていてね。順調にいけば、クリスマス前後くらいには発売されると思うから』
ブルー『それは嬉しいサンタからの贈り物だな』
ねーじゅ『ねぇ、君は女の子に告白されるとしたら、どんなシチュエーションがいい?』
ブルー『なんだよ、唐突に』
ねーじゅ『私はね、告白する方になるのか、される方になるのかは分からないけど、シチュエーションはこれっていう憧れがあるんだ。私の思い出の場所でね。お父さん方のお祖父ちゃんがいる実家なんだけど、その近くの山に、冬には水仙が群生して甘い香りを漂わせる小高い丘があってね。そこで、私が大好きな雪が舞う中で、キスを交えながら──そんな願望を持ってるんだ』
ブルー『君が「凍れる美少女と一枚の絵」で書いたワンシーンは、自分の願いを描いたものでもあったんだな』
ねーじゅ『うん。こう見えて、結構乙女チックなんだよ、私』
ゆるぺんくんが、テレテレと頭を掻いているスタンプを添えて。
ブルー『そういう事なら、演劇の舞台は、何としてでも成功させないとな』
ねーじゅ『そうだね。これで、相手役が君だったら最高だったんだけど』
ブルー『そこは我慢してくれとしか言えない』
ねーじゅ『分かってる。彼の事は、芽が出て食べられなくなったジャガイモくらいに思う事にするよ』
ブルー『ははっ。あの爽やかイケメンを芋男呼ばわりするのは君くらいだよ』
その後は、同じようにくだらないやり取りをしながら過ごした。
──『And it was all yellow』──
『そうしてから、全てがイエローのような幸せな気分になったんだ』──。
眠りにつく前に、『Yellow』の歌詞が、頭の中でリフレインする──そんな夜だった。
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