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第八章 青黎祭と文学市場
55.閉幕、そして、新たに突き付けられる挑戦状
心苦しい事に、あまりの心地良さに怜愛の膝に頭を委ねたままうたた寝をしてしまっていた。
眠っていたのは、ほんの十五分程度だったらしいが、目を覚ました後で、「可愛い寝顔だったよ、蒼介ちゃん」と彼女に揶揄い混じりに言われた時は、またしても恥ずか死ぬところだった。
その後、今日のために集まってくれていた人達と合流し、口々に舞台での演技を称賛する言葉をもらう事が出来た。
「緋本君、素晴らしい熱演デシたねー。私、感動シマした」
「私、現代編のラストでの悲劇と、未来編のラストでの奇跡で、悲しみと喜びの涙を大量に流してしまいハンカチがまるで(卑猥な内容の為割愛)」
「ん。流石私が認めた男。GJ」
「蒼介君に役者としての才能があるなんて知らなかったよ。今日は見にこれて本当によかった」
「蒼兄さん。あの問題のキスシーン、怜愛さんだから許してあげますけど、他の泥棒猫と同じ事をしようものなら、私は修羅と化しますからね。そして、唇同士のファーストキスは、私との時の為に大事に取っておいてください」
「蒼介君は、本当に怜愛ちゃんに好かれていますね。これは孫の顔を見れる日も近いかもしれません。いやだ、私ったら、この歳で既にお祖母ちゃんですか。ふふっ」
「ぐぬぬぬ。君、怜愛はまだやれんぞ。欲しければ私を超える事だ」
問題のキスシーンの事にも触れられはしたが、そこは上手く言葉を濁して躱しておいた。
和咲だけは、いつまでもしつこくそのことについて言及していたが。
後、孫の顔がどうたら聞こえた気もしたが、お祭りの熱に浮かされて感じた幻覚だろう。
「──それでは最後に、各クラスの出し物の中で、最も優れていたと評価されたクラスに贈られる最優秀賞の発表を行います。映えある最優秀賞に輝いたのは──」
静まり返った会場で、生徒達が固唾を呑んで見守る中、文化祭実行委員長が満を持して告げた。
「二年B組! 出し物は、オリジナル演劇『凍れる美少女と一枚の絵』です!」
その言葉を聞いた瞬間、うちのクラスの女子達の黄色い悲鳴と、男子達の野太い歓声が上がった
「「「きゃー!!」」」
「「「うぉー!!」」」
クラスメイト達は、肩を抱き合ったり、飛び跳ねたりしながら受賞の喜びを表現している。
「最優秀賞を受賞した二年B組には、トロフィーと賞状、そして景品が贈られます。それでは、クラスの代表者の方は壇上にお上りください」
促され、クラス委員長の秋里さんがステージへと上がる。
「二年B組の皆さん。貴方達は、舞台で素晴らしい物語を披露し、私達にとびきりの感動を与えてくれました。ここにそれを評して、トロフィーと賞状、そしてささやかですが景品を贈ります」
それらを両手で抱えるようにして持った秋里さんが、くるりとこちらに向き直り、トロフィーを高々と掲げながら会場中に響き渡るように叫んだ。
「獲ったどー!!」
「「「うぉー!!」」」
お決まりのようにして起こるコール&レスポンス。
思い返せば、ひらひらと舞う蝶が見ていた一時の夢のようだった二日間に渡る青黎祭──。
その終わりは、皆の笑顔と共に締めくくられた。
§
「卑怯ですよ! あんなやり方で話題を掻っ攫うような真似をして! それで本当に勝利したって言えるんですか!」
揚羽が、眉を逆立てながら声を荒らげて憤る。
青黎祭が終わった後──。
生徒達の多くは、後夜祭のカラオケ大会で、歌った後に好きな人に告白するなどという悍ましい陽キャならではの享楽的なイベントに興じている。
そんな中、生徒は無断での立ち入りが禁止されている夕日で茜色に染まった屋上に、今俺達はいる。
怜愛は、俺に以前この場所の事を聞いて知っていて、人目を気にせず思う存分にやり合えるからと、待ち合わせ場所に選んで、俺に揚羽へ伝えるようにと頼んだのだ。
まるで古いタイプのヤンキーがやる果たし合いのようだ。
「言ったでしょ? 一切手加減はしないって。まぁお子様な蝶々ちゃんには、刺激が強過ぎたのかもしれないけどね」
怜愛が煽る。ホント、大人げないね、君。
「ぐぬぬ⋯⋯この雪女⋯⋯! このままじゃ、納得いきません! 再戦を求めますっ!」
唇を噛み締めて悔しがりながら、揚羽が再び勝負を挑んできた。
「無駄な事を。実力差は比べるべくもなく明白だって分かんないの?」
嘲笑うようにして、勝者の立場で見下す怜愛。
「そもそも私の専門分野は、脚本じゃありません! 畑が違うんです! という訳で、次は私の本分である小説で勝負ですっ! それで白黒付けましょう!」
今度は、その実力が思う存分発揮出来る自分のフィールドで戦おうと主張する揚羽。
「小説? そうは言っても、プロの私の作品と素人の蝶々ちゃんの文芸同人誌とじゃ、発行部数の桁が三つ程違うけど。そんなの勝負する前から結果なんて分かり切っているじゃない」
対する怜愛は、自分との立場の違いを明白にして突き付けた。
「違います。貴女も同じ土俵に立って戦うんです! 今度の勝負の舞台は、来月、十一月十六日の日曜に開催される、スタジオWeが運営する創作文芸同人誌を扱う展示即売会──”もじの広場”ですっ!」
「プロ作家である私に、同人誌を書けっていうの?」
心外だと言うように、怜愛が聞き質す。
「怖気づいたんですか? たまたままぐれで作品がヒットしたぽっと出の一発屋ですもんね。受賞作って触れ込みと出版社のバックアップがなければ、本当の実力が晒されちゃって困るんでしょう?」
揚羽が煽り、怜愛がそれを一笑に伏した。
「はん! 何言ってくれちゃってるんだか、この浅はかな蝶々ちゃんは。媒体が変わったところで、このねーじゅ先生の魅力が損なわれる訳ないでしょ? 寝言は寝て言え」
「なら構いませんね。途中で逃げ出したりしないでくださいよ?」
「それはこっちの台詞。ただ、それには一つだけ条件を付けさせてもらうけど」
「なんですか、条件って?」
「こっちは蒼介君とネージュブルとして共作するから、そっちは『ライターズシエスタ』とやらいう文芸サークルで協力して作ること。一冊の本であれば、形態は問わないよ。一作の長編でもいいし、メンバー全員の短編集でもいい。頁数は文庫本サイズで換算して、大体二百頁前後。文字数は十万から十五万文字程度。価格は分量に関わらず七百円。勝敗は、その本の売り上げで決める。搬入数については──そうだね⋯⋯君達のサークルは、いつもどれくらいの冊数を搬入してるの?」
「この前の文学市場では、五十部でした。その内頒布したのは、三十二冊です』
「じゃあ、今回も余裕を持って、搬入数は五十冊にしておこうか」
「⋯⋯いいでしょう。では、こちらの条件も飲んでもらいます。当日展示即売会の会場で売り子をする際には、プロ作家のねーじゅだと知られないように、マスクと帽子で変装する事。貴女は既にサイン会で顔出ししていると聞いていますし、その知名度だけで本が売れては困りますからね」
「いいよ。そうしてあげる」
「それと、人数に倍の差があるとか言って、後からクレームを付けないでくださいね」
「それくらいはハンデとして付けといてあげるよ」
「楽しみです。貴女が情けなく涙でぐちゃぐちゃになった顔で悔しがっている様を見れるのが」
「余裕こいてて、うっかり蜘蛛の巣に搦め捕られないようにね、蝶々ちゃん」
彼女達の言葉による殴り合いは、そこで一先ず終結した。
女のプライドを賭けた勝負に、またしても巻き込まれてしまった俺の先行きが思いやられる次第だ。
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