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第八章 青黎祭と文学市場
56.振り返りミーティングと波絵チェリーへの依頼
ねーじゅ『今回の第七ミッションを終えてみて、君的にはどうだったと思う?』
青黎祭を終え、夜になった今、第七ミッションの振り返りミーティングが始められたところだ。
ローテーブルの上では、淹れたてのドリップ珈琲が湯気を立てている。
久しぶりにクラシックを聴きたい気分だったので、バックでは名曲のメドレー集をかけていた。
今流れているのは、美しい祈りの歌──シューベルトの『アヴェ・マリア』だ。
ブルー『そうだなぁ⋯⋯今回の課題は、一つは、出し物の準備の中でクラスの皆との絆を築く事で、もう一つは、その皆と舞台を見にきた観客達を感動させるような脚本を書いて、舞台を成功させる事だったよな?』
ねーじゅ『うん。そうだったね』
ブルー『準備期間中、大道具・小道具係としての裏方作業では、同じ係だけじゃなく、他の係やキャストのクラスメイト達とも結構会話したし、一体感みたいなものも感じる事が出来たと思う。脚本については、ねーじゅ先生主導で行っていた面も多かったけれど、自分なりに意見を出して、いいアイデアが加えられたと思うし、実際にそれを演じた舞台でも、誰もが感動する内容だったんじゃないかな』
ねーじゅ『うん。概ね私と同意見だね。でも、今回の第七ミッションはそれだけじゃなく、緊急クエストとも呼べる事が起きたよね。代役として主人公を演じるっていうさ。それについては?』
ブルー『舞台に最初に上がった時は、大勢の観客達を前に思わず足が竦んでしまったけど、青葉を演じている内に緊張も解れてきて、自然な動きが出来るようになった。台詞をトチる事もなかったし、目立ったミスもなかったから、自分的には、君の足を引っ張る事なく、観客達を納得させるだけのいい演技が出来たんじゃないかって思っているよ』
ねーじゅ『うん。私も君という最高のパートナーのおかげで、最高のパフォーマンスを発揮する事が出来たよ。だから、今回の青黎祭における第七ミッションの結果には、百点満点中の百二十点を差し上げます。最高でした。よく頑張ったね、蒼介君』
ブルー『ありがとう。林間学校といい球技大会といい、学校のイベントでは、立て続けに高評価をもらっているな。夏休み旅行についても、君からの好感度は上がったって事だったし』
ねーじゅ『それを可能にしたのは、君の秘められていた数々のスキルだよ。学力、料理、アウトドア知識、運動神経、演技力──一体どれだけ隠し持ってれば気が済むの?』
ねーじゅ『他ならぬ君だけには言われたくない台詞だな。才能の面で君に勝てる人間はそうそういないよ。その上常に上を目指すストイックな努力家だっていうんだから、届きようがない』
ねーじゅ『君も相当なものだと思うんだけどね⋯⋯まぁいいや。で、今ノリに乗っている上り調子な君が次に挑むのは、第八と第九──二つのミッションになります。という事で今回も始めちゃいます。第八回『緋本蒼介成り上がりリア充化プロジェクト』会議!』
ブルー『自分の小説の副題としても使わせてもらった以上、下手な冷やかしは入れられなくなったな』
ねーじゅ『君には、それら二つのミッションがどんなものか分かる?』
ブルー『一つは、来週から始まる中間考査だろ。けど、もう一つが分からないな。この時期に何かイベントってあったか? あぁ、月末には体育祭が開かれるんだっけ』
ねーじゅ『違うよ。その前に、決して負けられない戦いに挑む為にやる事があるでしょう?』
ブルー『⋯⋯なんだと思ったら、揚羽との勝負の事か⋯⋯それも一つのミッションとして扱うんだな』
ねーじゅ『もちろん! という訳で、ミッション名を発表します! 第八ミッションの中間考査は、例のごとくやる事は変わらず、より上位を目指すってだけだからスルーして、第九ミッション! 『ねーじゅ先生と共に最高の文芸同人誌を作り上げて、展示即売会で完売する事を目指そう!』』
ブルー『ミッション内容は分かった。で、肝心の制作する文芸同人誌の形態はどうするんだ? 俺と君でアイデアを出し合って一つの作品を書くのか、それとも、それぞれ独立して、二つの作品を書くのか』
ねーじゅ『今回も演劇の脚本の時と同様に、君と私の共同ペンネーム──ネージュブル名義で出すつもりだから、二人で一作だよ。勝負の条件として提示したように、文庫本で頁数は二百頁前後、文字数は、十万から十二万文字程度で考えてる』
ブルー『十万文字だったら、商業誌の文庫本を一冊書き上げるのと変わらないな。その展示即売会っていつ開催って言ってたっけ?』
ねーじゅ『来月十一月十六日の日曜だね』
ブルー『だとすると、印刷所への入稿を考えると、その一週間前には仕上げておきたいな。それまで後一ヶ月と十日くらいしか残されていないけど、間に合わせられるか?』
ねーじゅ『大丈夫だよ。プロットの骨組みはもう頭の中で出来上がってる。後は、それに君のアイデアを盛り込んで、文章に落とし込んでいくだけだからね。あぁ文章の方は私一人で書くから心配要らないよ。途中で文体がころころ変わったりしたら、読者の混乱を招くし、没入感も損なわれるだろうからね』
ブルー『もうそこまで構想を練ってあるんだな。それで、どんな話にするつもりなんだ? 勿論、恋愛物だろうけど』
ねーじゅ『確かに恋愛物だけど、今回はちょっと人気のジャンルを狙ってみようと思ってね。なんと乙女ゲームの世界を舞台にした、嫌われ者の悪役令嬢が主人公の異世界転生ものだよ』
ブルー『あのねーじゅ先生が異世界転生!?』
ねーじゅ『ふふ。驚いたようだね。今回のねーじゅさんは、読者に媚び媚びだよ。商業誌じゃやれない事を、存分に解き放つ』
ブルー『確かに、これまでの作風からは逸脱しているな』
ねーじゅ『とは言っても、そんな設定の話なんて巷には溢れてるからね。既存のものと被らないように、随所にオリジナルな要素を加えるつもりではいるけど』
ブルー『俺、アイデアを出そうにも、異世界転生ものなんてほとんど読んだ事がないからなぁ』
ねーじゅ『多くは望まないから、君は、恋愛的な面でだけサポートしてくれればいいよ』
ブルー『そういう事なら、まぁ何とかなるかな』
ねーじゅ『ただ、話の方はそれでいいとしても、作品としての完成度を上げる為にも、出来ればイラストがあるといいんだけど、私は絵に関しては人並み程度のスキルしか持っていないしなぁ⋯⋯君は?』
ブルー『悪いが、俺も得意って訳じゃない』
ねーじゅ『そう⋯⋯生成AIに頼るっていうのも私の主義に反するし、何より味気ないよね。何かいい手があればいいんだけど⋯⋯』
ブルー『イラストか⋯⋯ん? 待てよ。俺に一人当てがある。そいつに頼むのは非常に不本意ではあるけれど、この際我慢するしかないな』
§
「──という訳で、君のアバター波絵チェリーのデザインをしたイラストレーターを紹介して欲しいんだ」
「ボクのママさんをですか?」
俺が経緯を掻い摘んで伝えて頼むと、江南はコトンと小首を傾げた。
今は登校してきたばかり。
教室で自席につきながら、いつもより早めに登校してきて本を読んでいた(『宇宙人とのエンカウンター』というタイトル。相も変わらずの変人振りだ)後ろの席の彼女に話し掛けて、事情を知ってもらったところだ。
「ああ。報酬の方は、怜愛が印税で払うから問題ないそうだ」
「それは別に構いませんけど、でも、本当にいいんですか? そのママさんって、貴方達が勝負するっていう『ライターズシエスタ』のメンバーですよ」
「え⋯⋯? それって、もしかして、はなフルさんの事か?」
その衝撃の事実に思わず瞠目し、念のため確認してみる。
「ええ、そのはなフル氏です。そんな事にも気付かないでいたんですね、このお間抜けさん」
青黎祭の時にやけに親しげだと思っていたら、そういう繋がりだったのか。
「それじゃあ無理か⋯⋯勝負する相手に助けを乞う訳にはいかないもんな⋯⋯」
落胆し、どうしたものかと首を捻る。
「そうでしょうね。けれど、はなフル氏は無理でも、ボクでもよければ引き受けてもいいですよ」
「え? 君、イラスト描けるのか? でも、波絵チェリーのアバターでは、Live2Dとかいうのを担当したって言ってなかったか?」
それが本当だとしたら朗報だ。はなフルさんには遠く及ばないだろうが、この際、一定レベル以上のイラストが描けるのであれば、それで構わない。
「余りボクの事を舐めないでください。こちとら幼稚園の頃から筆を握っている生粋の絵描きですよ? 波絵チェリーについては、どうしても崇拝する神絵師のはなフル氏にイラストを頼みたかっただけであって、画力ならそこら辺の有象無象共など、足元にも及びません。バッチコイです」
とその薄っぺらい胸板を拳で叩く。
「そうなのか。それじゃあ、君にお願いしてもいいか? 報酬については、怜愛と相談してどれくらいの枚数になりそうか分かってから、また金額の交渉をさせてもらう事にするよ」
「いえ、お金は要りません。ノーマネーです」
「それって、単にお金がないって言ってるのと同じだぞ? 要らないって⋯⋯無償で引き受けてくれるっていうのか?」
「無償とは言ってません。交換条件として、波絵チェリーの配信に出て欲しいんです」
「は⋯⋯?」
何を急に言い出したんだ、こいつ。頭が沸いてるんじゃないか?
「緋本氏──ボクの配信上での呼び名は青海苔氏ですね。その青海苔氏ですけど、人気なんですよ。ええ、口惜しい程に。冴えない根暗な陰キャぼっちの成り上がりサクセスストーリーが、同じく非リアで日の当たらないネット住民に刺さったみたいです。妬みや嫉みもない事はないですけど、それ以上に、今やさくらんぼの皆さんの間で愛されキャラとしての地位を確立しています」
「君、あれだけ念押しして注意したってのに、また配信で俺の事を話したのか!? しかもその口振りからするに、常習犯だな!」
「ついうっかり。この羽毛のように軽いお口が悪いんです。お口にチャックしないと。めんご」
と唇を指先でなぞるジェスチャー。
「ふざけるな! 今後は一切俺について言及するのを止めろ! これは警告じゃない。命令だ。逆らえばただじゃおかない」
強い口調で追い詰めるように凄む。
「おお、怖い。ガクブルです。今日の緋本氏はサディスティックですね。か弱い乙女を脅さないでください」
江南がわざとらしく腕を抱いて見せる。
「君が俺の言う事を平然と無視するからだ」
「けれど、本当にそれでいいんですか? 私の助力を得られないと、貴方だけじゃなく、雪代氏まで困る事になるのでは?」
勝ち誇ったように、ニヤリとほくそ笑んだ。
「ぐっ⋯⋯! こいつ、足元見やがって⋯⋯けど、恥を忍んで配信に出たとしても、こっちはコミュ障なんだぞ? まともに話せるとは思えない」
視聴者が何千人といる中で話すなんて、想像しただけで身震いする。
「顔出しする訳でもないのに、流石は、そのヘタレ具合には定評のあるクソ雑魚ナメクジの緋本氏ですね。メンタルよわよわ~」
俺の顔を指差してクスクスと冷笑する。
「一々発言が苛つくな。声だけでも問題があるんだよ。恥を掻くだけじゃなく、身元が特定される恐れだってあるんだぞ? 既に君は俺が球技大会でフリースローラインからのダンクを決めた事を配信で喋ってしまっているんだからな。前にも言ったが、そんな高校生は他には存在しない」
「その件については、既に解決策を用意してあります。フリースローラインからのダンクについては、ボクが話を盛っていた事にしておけば問題ありません」
「嘘で誤魔化すって事か?」
「緋本氏も今言ったじゃないですか。高校生でそんな事が出来る人はいないって。それはさくらんぼの皆さんも同じで、九割方疑って掛かっている筈です。そこに、虚言癖で知られているボクが、話を盛っていたと報告すれば、説得力はバッチリ。ボクの日頃の行いがいいおかげですね。感謝してください」
「悪い行いの間違いだろ。でも、君はチャンネル登録者が三十万人以上いるんだろ?」
「先日、三十五万人超えを達成しました。イェーイ」
報告しつつ、ダブルピースのジェスチャーをして見せる。その指を掴んで折ってやろうか。
「そりゃよかったな。それで、そんな大人気配信者である君であれば、学内にも君の配信を見ているリスナーが、一人や二人いてもおかしくないはずだろ。そうしたら、バレる可能性は飛躍的に高まるぞ? 否、その場合はもう手遅れって事もあり得るな」
「未だ噂になっていないところを見ると、その線は考えなくてもいいと思われますけど。なーに、仮に特定されたところで、ちょっとネット上に一生消えないデジタルタトゥーが残ったり、ちょっと変態なストーカーさんに追い掛け回されたりとかするかもしれないって程度のものですよ。ほーら痛くない痛くない、いい子だからちょっとだけ我慢しましょうねー」
まるで注射を嫌がる幼子をあやすような揶揄い。
「十分痛すぎるわ! それに最悪俺だけなら耐えれば済む事かもしれないけど、もし家族にまで被害が及んだらどうするんだ!」
声を荒らげながら、最も危惧している問題を提起した。
「緋本氏、失敗するリスクばかりを気にしていたら、何も得られないままですよ。何事も挑戦あるのみです」
「取ってつけたような事を⋯⋯君はいつでも楽観的だな⋯⋯少し考える時間をくれ」
俺はその夜、さんざん悩んだ。
挙句、結局、恩人の怜愛の勝利のために、やむなく──本当に心の底から不本意ではあるのだが、江南の頼みを承諾する事にしたのだった。
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