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第九章 体育祭ともじの広場
58.貴志への報告とギャル風女子との遭遇
「今やプロ作家の貴女が創作文芸同人誌をねぇ。それも緋本君との共作で」
ジャズやボサノヴァといったリラックス出来るラウンジミュージックが静かに流れる昼下がりの店内。
その席で、貴志さんが呆れとも感心ともつかない言葉を呟く。
ここは、自宅マンション最寄り駅の近くにあるエリーズ喫茶──ねーじゅさんとの初めてのオフ会を開いた思い出の場所だ。
土曜日で休日の今日。
怜愛の担当編集である貴志さんとの打ち合わせ(『変調愛テロル』三巻の事で)のために彼女はやってきたのだが、それに俺も付き合わされている形だ。
「何か問題あるかな?」
カフェモカを飲む怜愛が、遠慮がちに伺いを立てる。
「否、契約上は個人的に文芸同人誌を書いて販売する分には何の問題もないよ。実際、プロ作家の中には、そうしている人も結構いるくらいだしね」
「そうなんだ。よかった」
希望が通り、安堵する怜愛。
「ただ、貴女『変調愛テロル』三巻の締め切りも近いのに、そんな余裕あるの?」
そんな彼女に、貴志さんが鋭く指摘した。
「三巻の執筆ならもうほとんど終わってる。後は推敲して細かい修正をするくらい。それに、この勝負は決して引いてはならないんだよ。負けられない戦いが、そこにある」
サッカー中継のキャッチコピーとして有名な言葉からの引用。
彼女にとっては、揚羽との勝負は、天王山の戦いと同義なんだろう。意気込みが凄い。
「まぁそれで貴方のモチベーションが上がるっていうなら構わないけど、もし本業が疎かになるようだったら、許可は出来ないよ?」
「大丈夫。ちゃんと両立してみせるよ。どちらも手は抜かない」
「分かった。君がそこまで覚悟を決めて臨むっていうのなら、私から言う事は何もないよ」
そこで貴志さんは、注文していたマンデリンを一口飲んで落ち着いてから続けた。
「文芸同人誌を作って販売する件についてはそういう事でいいとして、そろそろ『変調愛テロル』三巻についての打ち合わせに移ろうか。緋本君のアドバイスを取り入れてプロットから一度見直す事になった訳だけど、最終的にはどういう展開に落ち着いたのか。この前Rainで話していた通り、ヒロインの朱莉が──」
「あ、すいません。ここから先は、俺は聞かない方がいいですよね」
貴志さんが話そうとする途中で割って入った。
発売前に内容を知るのはルールに反しているし、何より俺自身心待ちにしているのだ。楽しみを減らすような事は避けたい。
「ああ、そうだね。うっかり失念するところだったよ。つい君は身内のような気がしてしまって。じゃあ、悪いけどその間、話しが聞こえない離れた席に移っていてもらえる?」
「ごめんね、蒼介君」
俺は、「それじゃあ」とここの名物ドリンクエリーズブレンドを手に席を立ち、その場を離れた。
空いている席を探して店内を彷徨いていると、どこかで見たような、毛先を巻いたゆるふわウェーブが目に映った。
「あれ~? ヒモっちっしょ~」
ギャル風女子の新居とばったり会ってしまった。
「何しにきたん~? テスト前の勉強とか~?」
持ち前の緩く間延びした口調で尋ねられ、ペースを崩されながらも、相手しない訳にもいかずやむなく質問に答えた。
「怜愛の打ち合わせの仕事に付き添いできたんだよ」
「そーなん? 怜愛ちゃんもいるんだ~。何それ、エモい」
彼女のエモさを感じるポイントの基準がよく分からないが、そこはスルーする事にしておく。
「新居は、一人でティータイムか?」
「あーしはさっきまで、姫ぴょんが、皆でミートしない? みたいな事言うから、彼女主催の『落ち込んでる理人を励まそうの会』とかいう集まりに参加してたっしょ~」
そう言えば、来栖は、最近学校ではずっと元気がなさそうにしていたな。
青黎祭で不慮の事故に巻き込まれて怪我を負い、舞台に立てなかった事で負い目を感じているらしい。
善良な白鳥は、それを見過ごせなかったんだろう。
ただ、そういう気遣いが、かえって傷を広げる事もままある事を、俺は知っている。
長い間、過去に負った心の傷に苦しめられていた手前、そういう事には敏感なのだ。
そんな俺には、他者の触れて欲しくない領域というものを見極められるが、悪く言えば鈍感な白鳥には、それが分からないんだろう。
よく知っている間柄であっても、理解し合えている訳じゃない。
消えない痛みを知る人間とそうでない人間との間には、大きな隔たりがある。
俺の場合は、怜愛がその壁を取り払ってくれたが、来栖の場合は、白鳥では荷が重過ぎるのだろう。
俺が、そこに過去の自分の影を見て身につまされる思いでいると、新居がうんざりしたようにしながら続けた。
「でも、くるぽんが卑屈な態度を隠しもしないからさ~。付き合い切れなくなって、用事があるって嘘吐いて、秒で終わらせてきたっしょ~」
「雰囲気悪そうな集まりで、他の皆も辟易としてそうだな。あいつ陽キャな割にナイーブで脆いところがあるし、思い込みも激しそうだからなぁ。俺も最近知ったんだが」
「それな~。気持ちは分かるけど、いつまでもガチで落ち込まれてたら、周りが迷惑するって~。空気読めてないっしょ~。ほんまにゆるされへんよ~」
「そうだな。でも、在り来りな事しか言えないけど、時間が解決してくれるのを待つしかないんじゃないか」
「あーね。それより、ヒモっち、ここ座りなよ~。いつまでも立ち話もなんっしょ~」
と対面の席をすすめられる。
「あ、ああ⋯⋯それじゃ失礼して⋯⋯」
早々に切り上げて他の席にいくつもりだったのに⋯⋯。
新居に捕まってしまった俺は、怜愛の打ち合わせが終わるまで、緩いギャル語でつらつらと話す彼女に付き合わされた。
そうして、悟りを得た修行僧のように、無の心で全てを受け流すように、ただ耳を傾けるのだった。
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