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最終章 希望
96.涙の卒業式
「──先輩方が築き上げてこられてきた本校の輝かしい伝統を、私達後に残る者が責任を持って受け継ぎ、発展させていく事を誓います。先輩方の今後のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げ、送辞とさせていただきます」
体育祭後に行われていた生徒会選挙で当選し、樫井さんから会長の座を譲り受けた男子生徒が、一礼して壇上から下りる。
そう言えば、生徒会選挙は特筆すべきものは何も無く、気づけば終わっていた感じだったな。
役員達の顔も名前もはっきりとはしない。
先程の送辞で生徒会長を名乗る彼を見て、ようやく思い出されたくらいだ。
そしてまた、忘却の彼方に消えてゆくのだろう。
卒業式である今日。
俺達在校生は、その式に参加している。
一年生が自由参加で、二年生は特別な理由がない限り参加しなければいけない。
式場となっている体育館には、フォーマルな服装をして胸に祝いの気持ちを表す造花のコサージュをつけた参列者達が並び、卒業を迎える三年生達の晴れ姿を見守っている。
式は粛々と進められ、次は樫井さんが読む答辞だ。
「続いて、卒業生代表による答辞です。卒業生代表、樫井悠果」
「はい」
アナウンスに呼ばれ、樫井さんが返事をして立ち上がり、壇上に上がった。
そして、こちらに微笑みを向けると、持ち前にゆるふわな口調で、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「暖かい陽の光が降り注ぎ、春の訪れを感じられるように──」
そうして、樫井さんにより、緩い感じでこれまでの一年間の内にあった、印象的なイベント──青黎祭や体育祭などの感想が語られ、それを聞きながら、俺もその時の事を振り返っていた。
『ひそリプ(とうとう俺もそう呼ぶようになってしまった)』で課された数々のミッションとそれをクリアした時の喜びと達成感──。
樫井さんとも色々あった。
彼女は、当時の冴えない根暗な陰キャぼっちでしかなかった俺にも、慈しみに満ちた柔らかい態度で接してくれた。
その上、自分の作品のファンにまでなってくれたのだから、その感謝の気持ちはいかほどのものか。
その彼女は、大学は慶應に進む事がもう決まっている。流石だ。
こみ上げてくる思いに、つい目頭が熱くなるのを堪えながら、その樫井さんの声に耳を傾け続ける。
やがて、その答辞が終わりへと近づく。
「終わりは始まりでもあります。この青黎で培った絆と学びを糧に、それぞれの未来へ力強く進んでいきます。結びに、この青黎高校のますますの発展と皆様のご健勝を心より祈念し、また、私達の青春を育んでくれたこの青黎という舞台に感謝の言葉を述べ、答辞とさせていただきます」
最後は涙ぐみながらでたどたどしくはあったものの、何とか最後まで言い終え、樫井さんは深々と頭を下げた。
そこで壇上から下りると思われた樫井さんだが、マイクをスタンドから外して手に握ると、いつかの青黎祭の開会式で見せたように、演台の前に進み出た。
彼女が、すーっと息を吸い込む音をマイクが拾う。
そして、十分な溜めを作ってから、
「青黎さいこー! 皆もさいこー! おかげでさいこーな思い出を作る事が出来ました! ありがとね!」
満面の笑みで高らかに言い放った。
「会長もさいこー!」
「貴女は青黎の誇りだ!」
「また会いにきてくださーい!」
居並ぶ在校生から、温かい返答が返ってくる。
それを聞く樫井さんの顔は、とても晴れ晴れとしていた。
§
「生徒会室に一緒にきて欲しい?」
式後、帰りのホームルームを終えて帰ろうかとしていた俺に、怜愛が誘い掛けにきた。
「うん。悠果姉さんが、私達に話があるんだって」
「どんな内容の話なんだ?」
いつもはRainでトークする事が多く、直接会ってというのは珍しい。
「聞いてないけど、わざわざ呼び出すくらいだから、大事な話なんじゃない?」
「そうか。樫井さんはこの後謝恩会とかあって忙しいだろうから、待たせる訳にはいかないな。すぐに向かうか」
そうして、俺達は階段を上がり、三階にある生徒会室の前までやってきた。
怜愛がそのドアをノックすると、中から、「はーい、どうぞー」と樫井さんの声でいらえが返ってくる。
許しを得て、ドアを開けて中に入ると、中央に置かれた長いテーブルの奥に位置する誕生日席に、樫井さんが座っていた。
「悠果姉さん、話って何?」
怜愛が気さくに要件を尋ねた。
「二人ともいらっしゃい。とりあえず、そこに座って」
促され、テーブルの席に二人で並んで着く。
「二人にこれだけは言っておきたくて」
樫井さんは、話をする前から思いが昂ぶっている様子で、瞳を揺らしながら一呼吸置いてそう切り出すと、
「貴方達のおかげで、素敵な一年間が過ごせたよ。私はもうこの青黎に通う事はないけれど、二人は未だこれからがあるんだから、彼氏彼女として、素敵な思い出を作っていってね。これまで本当に色々とありがとう。答辞でも言った事だけど、最高だったよ」
そうストレートに気持ちを吐露した樫井さんの頬に、涙の雫がつうと伝い落ちる。
「悠果姉さん⋯⋯」
怜愛も感極まったのか、もらい泣きし始めた。彼女が涙するなんてよっぽどの事だ。
「樫井さん、こちらこそ、こんな俺と仲良くしてくれて、その作品も好きでいてくれて、心からありがとうございますと言わせてください」
彼女がいてくれたから、俺は他人との壁を薄める事が出来たんだ。
勿論、それは隣で泣いている怜愛が最初にそうさせてくれた訳だが、彼女は、それまでネットで繋がっていたねーじゅさんでもあったからな。
見ず知らずで、すぐに打ち解けられた樫井さんの影響は大きかった。
「悠果姉さん、私からもお礼を言わせて。色々と私の我儘に付き合ってくれてありがとう」
怜愛が言葉を詰まらせながら感謝の言葉を伝える。
「怜愛ちゃんは私の可愛い妹みたいなものだもん。少しくらいの我儘なんて可愛いものだよ」
愛おしげに微笑みを向けながら。
「私も悠果姉さんは本当の姉さんみたいに思ってるよ」
「相思相愛だね、私達」
「ふふっ。そうだね」
互いにその想いを確かめ合う。
「それじゃあ、お別れも済ませた事だし、私はこの後開かれる謝恩会の為の準備があるから、もういくね」
「待ってください」
俺は、踵を返そうとした樫井さんを呼び止めると、
「最後に握手させてもらえませんか?」
そう申し出た。
「何だ、そんな事、お安い御用だよ」
答えて、俺の前まで寄った樫井さんに手を差し出す。
彼女もそれに合わせて手を差し出す。
が、その手は俺の手を素通りして、もう片方の手と共に、俺の背中に回された。
彼女のその不意をついた行動に、心臓が早鐘を打つ。
「素敵な物語をくれてありがとう。これからも貴方の作品を追いかけていくからね」
抱き締めて、囁やくように告げると、パッと身体を離し、
「それじゃあね、バイバイ」
最後に朗らかな笑顔を振りまいて、生徒会室を出ていった。
俺が呆けたようにして、ぼーっと立ち尽くしていると、
「⋯⋯君、もしかして、付き合ってる彼女の私よりも、悠果姉さんの事の方が、好きなんじゃない?」
涙をハンカチで拭いながらそう詰め寄る怜愛に、俺は、「そうかもな」と答えておいた。
不服そうに、涙の跡の残る頬をぷっくりと膨らませて嫉妬して見せる怜愛が可愛かった。
§
夜の帷が下りる頃、俺は奏でられる音楽に包まれながら、Rainで怜愛とトークしていた。
『ドライフラワー』──。
優里が歌うその曲は、『かくれんぼ』の女性視点アフターストーリー。
別れた相手への未練と複雑な心境をリアルに綴った切ない失恋バラードだ。
ねーじゅ『これで悠果姉さんが大学に入学しちゃったら、今までみたいに気軽に会いにいくなんて事も出来なくなるなー』
ブルー『樫井さん、実家を出て一人暮らしするらしいからな』
ねーじゅ『うん。でも引っ越しまでは未だ間があるから、パジャマパーティとかして、思い出を一杯作っておくつもり』
ブルー『君ら本当に仲がいい姉妹みたいな関係だよな』
ねーじゅ『悠果姉さんとは相思相愛だからね』
ブルー『彼女もそう言ってたもんな』
ねーじゅ『そう言えば、その悠果姉さんだけど、最近『ふるリア』の更新が気になってしょうがないっていってたよ』
ブルー『ああ。俺もRainで同じようなメッセージをもらったよ』
ねーじゅ『確か、後数話で例のクライマックスシーンに突入するんだっけ』
ブルー『そう。俺の筆力が試される重要なエピソードだ』
ねーじゅ『いいものを仕上げる事が出来たら、その時は、私がねーじゅとして絶賛するレビューを書いてあげるよ』
ブルー『君はいつも手放しで褒めてくれるじゃないか』
ねーじゅ『君とも相思相愛だからね。魂が共鳴してるんだよ。だから、その作品にも心から共感出来る』
ブルー『ソウルメイトか。『ふるリア』の蒼生と雪乃も、そういう関係性を匂わせて伏線を張っておいたからな。それをクライマックスシーンで明かすつもりだ』
ねーじゅ『それは楽しみだね。二人を長い間見守ってきた一読者として、固く結ばれて幸せになって欲しいよ』
ブルー『俺も二人はもう自分の家族友人みたいに思えてるからな。ちゃんとした形でハッピーエンドを迎えさせるつもりだ』
ねーじゅ『君なら読者皆の心を掴む事が出来るよ』
ブルー『ああ。そうなるといいな。期待して待っていてくれ』
ねーじゅ『うん。ところで君、私が貸した「雪月花」の原作はもう読み終えて色々と感想を伝えてくれてたけど、映画館以外でどう過ごすのかはもう決めてくれた? ホワイトデーのお返しなんだから任せろっていつになく息巻いてたけど』
ブルー『その事か。ちゃんと下調べしてプランは練ってあるから大丈夫だ』
ねーじゅ『君は水族館デートで私を大満足させてくれた信頼と実績があるからね』
ブルー『プレゼントでは、やらかして黒歴史を作事になったけどな』
ねーじゅ『あははっ。でも、君にとっては忘れたい事かもしれないけど、私にとっては、忘れ難い最高の贈り物だったよ』
ブルー『君がそう言ってくれる事だけが唯一の救いだな』
夜は未だ始まったばかり。
怜愛とのトークは、それからもそのストレートな表現の言葉で俺の心を揺らし続けた。
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