降る雪は沈む蒼の心を優しく包む〜冴えない根暗な陰キャぼっちの成り上がりリア充化プロジェクト〜

朔月カイト

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最終章 希望

97.映画館デートと予期せぬ幸運


 三月十四日。

 バレンタインデーから一ヶ月後の今日行うのは、お返しとなるホワイトデーの映画館デートだ。

 それは怜愛が提案したプランで、見にいくのは、『雪の晶、月の雫、花の寿ぎ』というベストセラーになった恋愛小説が原作の映画で、今日はその公開初日となっている。


 朝。
 自宅マンションを出て、待ち合わせ場所の最寄り駅前噴水広場へと向かう。

 今日は、いつものように怜愛の家の前ではなく、初めてのオフ会の時にそうした場所を選んだ。
 これも怜愛の提案だ。
 水族館デートの時もそうだったが、俺と同じように、彼女もその場所には特別な思い入れがあるらしい。

 春の訪れを感じさせる明るく開放的な澄み切った青空は、いつか見たあの日と同じように鮮明で、軽やかに白く輝きながら漂う雲は綿あめのようでもある。
 それは、バレンタインデーに怜愛からもらった手作りトリュフチョコのふわふわで甘い口溶けの味を思い出させた。

 通りに並ぶ欅の街路樹は、冬の間に見られた落葉の時期を終え、枝先に希望の灯火のような小さな新芽を芽吹かせている。

 風光る中、目に映る全ての情景が、今日という一日を祝福しているかのよう──。

 そんなペシミストらしくない感傷を抱きながら、最寄り駅の前までくると、水飛沫を上げる噴水の前に、一際目立つ美少女──怜愛が立っているのが目に映った。

 頭にあの時と同じマシュマロみたいな白いベレー帽をちょこんと載せた彼女は、インナーに白色をした薄手のニット、ボトムスにはグレーのミニ丈フレアスカート、足元には黒のパンプスを履いていて、上から水色のカーディガンを羽織っている。


「待ったか?」
「ううん、今きたとこ」
「それ、もしかして狙ってるのか?」

 お決まりのやり取りをして突っ込みを入れた後、二人して同時に笑いを吹き出す。

「あははっ。これってあの時の立場を逆にしたパターンだね」
「ああ。思わずその時の君の言葉をなぞらえてしまったよ」
「幸先いいね。今日は楽しいデートになる予感がするよ。じゃあ、はい」

 怜愛が差し出した手を握り返すと、すぐに指を絡められ、恋人繋ぎに。

「それじゃあ、いこうか」
「おう」


   §


 電車から降り、駅を出て数分歩くと、目的地の映画館に着いた。

 館内に入ると、期待作の公開初日とあって多くの人で賑わっていた。

 こういう場にきても、自分だけ浮いているとは思わなくなった。
 隣で手を繋いでいる彼女の影響によるものだ。

 受付けにいき、予約していた者という事を告げ、スマホでQRコードを提示してペアシート席のチケットを受け取る。

「上映まで後二十分強ってところか。その前に売店にいこうか」

 俺が提案した。

「私、ポップコーンがいい。キャラメル味」

 怜愛が所望する。
 
「王道だな」
「テンプレは大事だからね。ただ好みなだけとも言うけれど」
「俺も同じのにするかな」


 二人で、それぞれキャラメル味のポップコーンとメロンソーダを購入し、劇場に入った。


「何か映画が始まる前の待ち時間って好きなんだよな。徐々に気分が盛り上がっていくっていうか」

 昔母さんが未だ元気でいた頃に、家族四人で見にいった映画を思い出す。
 あの時は未だ難しいストーリーを理解出来ないでいた俺は、途中で飽きて眠ってしまって、後で和咲に感想が交わせないと拗ねられたっけ。


「私も。ライブやコンサートのそれとも通じる高揚感があるよね。ワクワク、ドキドキする」

 怜愛が頷きながら共感を示した。

 薄暗い館内で、声を落としながらそんな会話をしつつ、前方の巨大なスクリーンで流されるCMや予告を眺めていると、暫くして、上映開始を告げる館内ブザーが鳴った。

 観客達のざわめきが収まって静かになり、完全に照明が落とされ、『雪の晶、月の雫、花の寿ぎ』の上映が始まった。


   §


 約二時間の上映が終わり、エンドロールが流れ終え、館内の照明が戻る。


「よかったなぁ⋯⋯キャストの演技も脚本や演出も、どれを取ってもクオリティが高かった」

 俺は感嘆混じりに評価を述べた。

「だよね。前評判がよかったから期待してたけど、いい意味で予想を裏切られたよ」

 怜愛もその内容に感銘を受けたようだ。

「基本原作忠実に作られてたけど、随所にオリジナルの要素も加えられていて、原作を読んでいても新鮮な気持ちで見る事が出来たな」
「うん。そうだね。ねぇ、ここじゃなんだし、感想の続きはどこかで昼食を食べながらにしない?」
「そうだな。そうするか」

 そう決めた俺達は、記念に映画のパンフレットを買ってから映画館を出た。


   §


「あの作品の見どころは、何といってもラストで衝撃的な事実が暴かれる大どんでん返しのシーンだろ。語り手の『僕』が実は二人いて、それぞれ社会人と大学生の別人で、ヒロインはこの二人の男性と同時期に交際していたっていう叙述トリック──原作を最初に読んだ時はまんまと作者の仕掛けた罠に引っ掛かってしまったよ」

 カルボナーラをフォークで巻いて口に運びながら、俺がその巧妙な手腕に舌を巻く。

「その叙述トリックのおかげで、映像化は無理だろうって言われてたけど、そこらへんも違和感ないように上手く作られてたよね」

 ボンゴレを食べていた怜愛がそれに相槌を打つ。

 俺達は今、映画館を出て五分程歩いたところにあるお洒落なカフェのオープンテラス席で昼食を摂っているところだ。
 この店は、俺が事前にネットで調べて目星をつけていたところで、パスタが上手くて評判との事だったので、二人揃ってそれを注文した。

「伏線の回収も見事だったよな。オリジナル要素も含めて、それらが一個一個丁寧に明かされていく様は、流石の職人芸って感じだった」
「そのオリジナル要素だけど、新しく加えられてた主人公の義妹、凄く可愛くなかった?」
「ああ、あの義妹も、印象的で新鮮だったな。新人の女優さんが起用されてたみたいだけど、ハマり役だと思ったよ」

 そんな風に二人で熱く映画の感想を交わしながら、楽しく食事した。


   §


 カフェを出た後は、俺が立てていたプランを実行するべく、先ずはボーリング場にいった。

 入館し、施設の入口付近にある受付けで、三ゲームのパックを選び、革靴を借りる。

 棚に置かれているボールから、自分に合う重さのものを選び(俺は12ポンド、怜愛は9ポンドを選んだ)案内された番号のレーンに向かった。
 

「それじゃあ、怜愛からだな」
「私、実はボーリングって初めてなんだよね。蒼介君、投げ方教えてくれない?」

 意外だ。何でも卒なく熟す彼女の事だから、てっきりボーリングも上手いのだろうと思っていたが。
 そういう事なら仕方ない。
 ブランクはあるものの、子供の頃、よく父さんに連れられてプレイしていた時の知識を引っ張り出すとしよう。

「投げ方のコツは、腕をリラックスさせて、ボールの重さを利用し、振り子のように腕を振る事。掌は投球方向に向けてひねらずにまっすぐリリース。親指が先に抜けて、指が自然に後から抜けるようにする。歩幅やタイミングに無理のない助走でバランスを保つ。以上だな」
「結構覚えないといけない事が多いね。えっと、腕をリラックスさせて──」

 俺に教わった内容を呟きながら怜愛が放ったボールは、勢いはそれ程ないが、レーンをまっすぐに進み、一番手前のヘッドピンに当たって、計七本のピンを倒した結果になった。

「きゃあ! 七本も倒れたよ、蒼介君!」

 怜愛が飛び跳ねながら喜ぶ。

「未だ喜ぶのは早いぞ。次でスペアを取れるかどうで点数がかなり差がついてくるからな」

 熟練者ぶって、気を引き締めるように促す。

「うん。頑張ってみるね」

 そして、二投目も残っていたピンの真ん中に当たり、見事三本とも倒してスペアを達成した。

 流石に飲み込みが早い。もう投球のコツを掴んだらしい。

「やったぁ!」
「凄いじゃないか!」

 怜愛は俺の元に駆け寄ると、片手を挙げてハイタッチを求めてきた。
 俺の手を挙げてそれに応じる。

「「いぇーい!」」

 その後も、昔の勘を取り戻した俺が、三回連続でストライクを出すターキーを達成するなどして、二人で大いに盛り上がった。


   §


 ボーリングの次に予定していたのは、ゲームセンターだ。

 そこでは、ぬいぐるみ好きな怜愛が、真っ先にクレーンゲームの元に向かった。

 ガラス面の向こう側に置かれているクジラのぬいぐるみ見て一目惚れしたらしく、

「蒼介君、あのクジラをお願い」

 あざとくその黒目がちなアーモンドアイを上目遣いにしながらねだってきた。

「しょうがない。ちょっと本気を出してみるか」

 俺はコインを投入口に入れて、コントロールパネルの前に立った。

 狙いをつけながら、スティックを操作して、クレーンを目標のクジラのぬいぐるみの真上につける。
 次にボタンを操作して、アームを下降させた。

 すると、閉じたアームの爪が、クジラのぬいぐるみについているタグの部分に引っ掛かり、見事に吊り上げ、掴んだまま移動して落とした。

「凄い! 蒼介君、クレーンゲームマスターだね!」

 排出口から出てきたクジラのぬいぐるみを大事そうに抱き締めながら、怜愛が称える。

「中々やるだろ? クレーンゲームなら、昔家の近くにあったゲーセンで、飽きる程和咲にやらされたんだよ」
「君の隠れたスペックの一端だね」

 怜愛は嬉しげにそう合いの手を入れると、

「よし、君の名前はひー君だ」

 イルカのそー君とペンギンのブルー君に続き、めでたくクジラのひー君が海の生き物シリーズに加えられる事になった。


   §


 ゲームセンターでしばらく時間を潰した後は、俺が事前に予約していたイタリアンレストランにいって夕食を食べた。

 高校生が利用するには少しお高めだが、せっかく久しぶりのデートという事で頑張って奮発した。

「美味しかったね。今日はもう大満足だよ」

 対面の席で食事を終えた怜愛が、ナプキンで口元を拭いつつ満面の笑みを浮かべた。

「それはよかった。バレンタインのお返しは十分に出来たみたいだな」

 入念な下調べをした成果だ。これは誇ってもいいだろう。

「それにしても、水族館デートの時もそうだったけど、君、手慣れ過ぎてない? 生来のすけこましとか」
「おい、その言い方はないだろ。俺は女性を誑かしたりなんかしないぞ」

 心外な物言いに、断固として反駁する。

「冗談だよ。君は真摯で誠実、そして心が優しいからね」

 悪戯っぽくクスリと笑う。

「それについては、過分な評価なんだけどな。でも、いつもそう言ってくれる君にはお礼を返したい」

 俺はそう前置きをすると、隣の席に置いておいたショルダーバッグから、綺麗にラッピングされた二つの箱を取り出して、それらを怜愛の前に置いた。

「これ、もしかして、ホワイトデーのお返し?」

 怜愛が期待の色を瞳に宿しながら確認する。

「ああ。今回は二つ用意してみた。開けてみてくれ」
「もう。今日のデートだけでも十分なのに、律儀なんだから」

 そう言葉にするものの、顔は喜色で満ちている。

 怜愛は、先ず片方の箱の包装を丁寧に解くと、その蓋を開けて、

「わあっ! 可愛いデザイン!」

 ハンドクリームのパッケージデザインを見て、感嘆の声を上げた。

 この製品は、見た目も凝っていて若い女性に人気だとネット上で評判が立っていた。

「見た目だけじゃなくて、効果も高いらしい。怜愛って執筆でノートのキーを長時間打ってるから、手荒れに悩まされてるって前に言ってただろ」
「うん。大事に使わせてもらうね」

 ハンドクリームのパッケージを掌で撫でながら、顔を綻ばせる。

「ああ。もう一つも喜んでもらえるといいんだけどな」

 その言葉を受けて、怜愛がもう片方の箱の封を解き、開ける。

「これ⋯⋯」

 怜愛が、瞳を揺らしながら見ているそれは、七月生まれの怜愛の誕生石となるルビー入りのハートチャームペンダントだ。

「君の誕生石入りだ。気に入ってくれたか?」
「うん、凄く⋯⋯」

 怜愛は、端的にそう答えると、そのペンダントを大事そうに両手で包み込むようにして胸の前に持っていき、思いを込めるみたいに目蓋を閉じた。


   §


「嗚呼、楽しかったなぁ⋯⋯」

 帰りの電車内で、ロングシートに隣同士、肩を触れ合わせながら並んで座る怜愛が、視線を持ち上げつつ、思わずというように感嘆の声を漏らした。

 その顔を見ていると、彼女が本心から楽しんでくれたと分かる。
 俺も感無量だ。良き。

「これは、『ふるリア』で君がヒーローになるクライマックス後のデートイベントの構想が捗っちゃうね。今、どれくらいの評価なんだっけ」

 怜愛は、そんな事を呟きながら、スマホを操作すると、

「え⋯⋯?」

 突然、目を大きく見開きつつ唖然とした。

「どうしたんだ?」
「蒼介君、これ⋯⋯」

 ぎこちない所作で見せられたのは、俺が今小説投稿サイトのカキヨミで連載中の通称『ふるリア』の頁だった。

 それはいいのだが、問題はその評価の基準となる星の数だ。
 昨夜最新話の更新をした時は、千二百程だったそれが、なんと三千を超えていたのだ。
 しかも、まだまだ凄い勢いで伸びているようだった。

 これは一体どういう事なんだとネットで検索をかけてみると、こういう事実が明らかになった。

 ある有名なインフルエンサーのWetuberが、ねーじゅの名義で書かれていた『ふるリア』のレビューを読んで興味を持ち、実際に読んでみて、これは面白い作品だと、自分の配信で紹介したらしい。
 その配信で、多くの人達に知られる事になり、評価が爆発的に伸びるに至った──という次第だった。

 その日の夜。

 俺は、怜愛とのデートの余韻に浸る事も忘れて、ベッドに仰向けに横たわったまま、今にも壊れてしまいそうな想いを大事に抱きながら、中々明けない夜を過ごした。

 そして、いつもの何倍にも引き延ばされたような長い夜を越え、全てを包み込むような、白く眩しい朝の光が射す──。


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