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十一
しおりを挟む「またそれか? 何度も読んでいるのに、飽きないものだね」
昼食を終え、仕事の合間の休憩時間に本を広げていたシェリーは、後ろからかかった声に腰掛けていた椅子から浮く勢いで跳ねた。
膝の上に置いていた昆虫図鑑が、ばさりを音を立てて床へと落ちる。
「ハルヨシ様! 部屋でお休みになられていたのでは、」
「暇だから出てきたんだ。久々に、庭に術をかけ直そうかと思って」
「そ、そうですか」
慌てて立ち上がるシェリーに、ハルヨシは落ちた図鑑を拾って手渡す。
座って構わない、と目線で示されたシェリーは、躊躇いつつもゆっくりと腰掛けた。
滅多に使われることない客間は、大きな窓から差し込む日差しで実に心地よく、シェリーは度々ここで図鑑を眺めている。
設けられたテーブルを挟んで対面に腰掛けたハルヨシは、シェリーに図鑑を広げて見せるように言う。
「どこを見てたんだい? ああ、また蜂か。好きだねえ、君も」
ページにはすっかり開き癖がついており、古ぼけたそれは手荒に扱えばそこから割れてしまいそうだった。
先程落としたものだから、尚更傷んでいることだろう。シェリーが家から持ってきたものだから、破れたところで問題は無いが、父の形見のようなものだ。なるべく大事に扱いたい。
「肉団子が好きかと聞かれた時から、多少は分かっていたけども。花なら兎も角、君は物好きだな」
「よく、言われます。父の影響かもしれません……標本を集めるのが好きでしたから」
「へえ、今度見てみたいな」
ハルヨシの言葉に、シェリーは曖昧に微笑む。父が死に、困窮したノーランド家ではその手の売れそうな父の私物は全て売り払われてしまった。
珍しい種類のものもあったため、それなりの値段で売れたと母や姉が笑っていたのを知っている。
嫌なことを思い出し苦笑するシェリーを置いて、ハルヨシは指先で開かれたページを指した。
「君が私を怖がらないのは、これが理由なのかな。蜂が好きなんだろう?」
「え、あ、は、はい」
すっかり開き癖がついているページを示されては言い訳もできない。素直に頷くと、ハルヨシはなるほどねえ、と呟いた。
正確にはハルヨシが好きだから、殊更蜂が好きになっただけなのだが、それを口にする勇気はまだ無かった。
「触ってみるかい?」
「はい?」
「好きなんだろう、蜂」
ずい、と寄せられた顔に、シェリーは思わず仰け反りかけ、慌てて真っ直ぐ背を伸ばすに留めた。
今、何かとんでもないことを言われた気がする。思考が追い付かず呆然とするシェリーに、ハルヨシは頬杖をついて小首を傾げた。
「別に、噛んだりしないよ」
「ええと、」
触ってみる、というのは当然、この状況から考えてハルヨシの虫に似た部分、つまりは頭部のことを指しているのだろう。
確かに虫好きにとって、彼のスズメバチに似通った頭部はとても魅力的なものに違いない。
けれども、ただの虫好き、とは異なるシェリーにとって、ハルヨシの顔に触れるというのはかなり勇気の要る行動だった。
好きな人の顔に触れるのだ。触っても良い、と許可を貰っているにしても、安々と手を伸ばせたりはしない。
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