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十二
しおりを挟むまごつくシェリーに小さく息を吐いたハルヨシは、シェリーの手を取ると、それを自分の頬へと引き寄せた。
シェリーの白い指先が僅かに震える。
手首を掴む革手袋の感触と、指先に触れる、冷えた滑らかな表皮の感触に、シェリーの体温が上がった。
「首元に毛が生えているものの方が触りがいはありそうだけど、どうだろう」
「い、いえ。その、とても、素敵です。ハルヨシ様は、スズメバチに似ていらっしゃいますよね、かっこいいと思います」
「そうかな」
素っ気ない物言いながら、彼の声は優しかった。見目を疎まれてきたらしいハルヨシにとっては、純粋に好意を向けてくれるシェリーの存在は嬉しいもののようだ。
機嫌良さそうに揺れる触覚を眺めながら、シェリーは赤くなった顔で幸せそうに微笑んだ。
自分も、家では除け者にされてきた。自分が誰かにとって必要だと感じるのは、シェリーにとっても嬉しい。それが好きな相手からのものであれば尚更だ。
ふと、幸せそうに微笑んでいたシェリーの頬を、革手袋の指先が撫でた。
「ひえぁ」
「あまり、人の顔の差異は分からないんだが、君はマリア嬢には似てないな」
するすると、頬を撫でられる。
シェリーは母が後妻だということも、姉が連れ子だということも伝えていなかった。深く聞かれたことも無かったし、幸福な日々の中では彼女達のことを思い出すことすら疎ましかったからでもある。
時折興味深げに耳元まで伸びる手に身体を震わせながら、シェリーは早くなる鼓動に上擦った声で答えた。
「わた、わたしは、その、父似だと、いわれます、はい、」
「へえ。じゃあお揃いだ。私も顔は父似だからな」
くつくつと、笑い混じりに告げられたそれにどう反応して良いものか迷う。ハルヨシは『混ざりモノ』であることを気にしている素振りを見せる時もあれば、こうして冗談めかして口にすることもあった。
物珍しいのか、ハルヨシの手はシェリーの頬から離れない。シェリーの手はとっくにハルヨシから離れ、握りこぶしを作って羞恥に震わせているというのに。
シェリー個人に、というよりは、人間そのものに興味がある様子であちこち弄り始めたハルヨシに、シェリーはとうとう堪えきれなくなった。ある意味、裸やアンダードレスを見られるよりも恥ずかしいのだ、これは。
「ハルヨシ様! その、お庭のことはよろしいのですかっ」
「うん? ああ、問題ない。暇つぶしのつもりだったからな。なんならアルフレッドに行かせても良い」
そう言うと、彼は指を鳴らしアルフレッドを喚び出した。影から立ち揺らめくように現れた執事は、その無機質な硝子玉のような目でシェリーとハルヨシを眺める。
その口元がふ、と笑うのを見とめたシェリーは、顔から火が出る思いで立ち去るアルフレッドの背中を見送った。
彼は確かに式神だが、それでも完全に個人の意思と感情がない訳ではない。
あの目線は確実に、戯れ合う恋人同士を見るような目だった。老紳士然としたアルフレッドにそんな風に見られるのは、想像以上に気恥ずかしい。
シェリーは堪らない気持ちになりながらも、ハルヨシの手を跳ね除ける事も出来ず、ただされるがままになるしかなかった。
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