前世は魔王の俺ですが、今は気ままに猫やってる

藍槌ゆず

文字の大きさ
1 / 35

しおりを挟む

 ――――もう二度と魔王なんかやりたくない。

 『転生の丘』にやって来た時、俺がまず最初に思ったのがそれだった。

 ローカストス大陸全土を統治し、四天王を初め配下から上がる不満を抑えつつ、魔王城を維持する魔力も提供して、魔族の生活の安定も考えて、海を越えやって来る勇者を市民へ被害を出さないように誘導して、勝った後は壊れた城を補修する。
 そうしたことを三六五連勤やらなきゃなんない『魔王の仕事』ってのは、俺から言わせりゃ苦行だった。

 多分、というか絶対、そもそも俺は魔王の器じゃ無かったんだろう。

 まず人を虐げるのが下手過ぎる。他人を傷つけるくらいなら自分が傷を負った方がマシだから、大抵は折れて譲ってしまう。
 それから顔に威厳が無い。魔族ってのは兎に角理性より本能の生き物だから、見目が弱そうで態度も弱いってなればそりゃ舐められる。
 んでこれが一番の問題。俺は歴代魔王の中で唯一『治癒魔法』特化の魔王だった。攻撃は四天王で最弱のエレジルと同じくらい。ぶっちゃけ雑魚。
 ただ無尽蔵の魔力と治癒魔法で自分を治して治して治して治しまくって、そうして勇者に勝ってきた。勝ち続けてきた。

 でもそんな『勝利』は、魔族から見れば情けなくてみっともない、有り体に言えばくそほどダサい勝ち方で、俺は勝てば勝つほど魔王としての威厳を失っていった。

 そうして陥ったのが、配下のご機嫌伺い染みた政策と、魔王なのに奴隷みたいな勤務形態。
 もしかしてこれヤベェんじゃねえかな、と思ったときには既に抜け出せない所まで来ていた。

 どうしたって、最初はある程度感謝してくれていた奴らも、それが『当然』になっちまうと感謝もクソもなくなる。
 あいつが好きでやってるんだからやらせとけ、みたいな空気。俺だって別に好きでやってる訳じゃねえんだけど、大臣は親父の代から替わってないし、四天王上がりで魔王になった親父と同期だったアールンなんか今でも現役四天王だ。世襲制のぺーぺー魔王な俺なんか、表向きは従っといて指示なんか無視してやれ状態である。

 要するに、俺の職場環境は最悪だった。親父が先代魔王じゃなかったら、お袋が遺言で『ローカストスを頼みましたよ』と泣きながら言い残していなかったら、とっくの昔に魔王なんてやめてた。
 いや、そもそも先代魔王が親父じゃなかったら魔王なんて継がなくて済んだんだけどな。生まればかりはしょうがない。育てて貰った恩もあるし、五百年くらいは頑張るつもりだった。

 頑張るつもり。つまりは頑張れなかったってことだ。駄目だった。
 『いつか認めて貰える、頑張ろう』って俺の気持ちは、ある時こっそり視察に訪れた中央街の魔族たちに粉微塵にされた。

「あ~あ、いい加減魔王サマ代替わりしねえかなあ~。俺恥ずかしくってなんねえよ。魔族があんな勝ち方してさ」
「先代魔王ももう少し跡継ぎ考えて産ませといて欲しかったよなー」
「無理だろ、先代の王妃って貧弱魔族だし。そんなんだからあんな魔王サマが産まれちまったんじゃねえの?」
「マジ、俺ら生まれる国間違えたよな~! つうか、未だにサマ付けしてんの? 偉くね? あんなん呼び捨てで良いだろ」
「確かに、はぁ~ロルフのやつ早く死なねえかなあ、そろそろ勇者勝てよ!」

 そしたら俺らもヤバいだろ、なんて笑いながら去って行く男達の背を見送りながら、俺は静かに決意した。
 そうだ、もう死んでおこう、と。
 俺の頑張りは一つも認められていなかったのだ。地方の魔族部落への支援も、中央街での教育に力を入れたことも、街の整備も、休日を返上して病院のシフトに入っていたことも、彼らにとってはどうでもよくて、俺は一刻も早く死んで欲しい、『魔族の恥さらし』だったのだ。

 情けないことに、俺はその日泣きながら帰った。もう大人なのに、阿呆みたいに泣きながら帰った。もう三五二歳なのに。マジか。
 治癒魔法で泣いた痕跡を綺麗に消して、魔王城に籠もってからも泣いた。泣いて泣いて泣きまくって、そんで、次に来た勇者を相手にしたときに死のう、と思った。今年産まれたばかりだというから、多分十七年後くらいになるが、そのくらいならまだ我慢出来る。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

「俺が勇者一行に?嫌です」

東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。 物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。 は?無理

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...