12 / 35
12
しおりを挟む多分、この純朴な青年は『魔王を討ち取る』ということの本当の意味を理解しては居なかったのだろう。
みんなを苦しめる悪者だと聞いていて、みんなに期待されていたから、だから言われるままに、それが使命だと思って魔王を殺した。それによって、国が滅びるかも知れない、なんて考えたことも無かったに違いない。
俺は別に、それは間違いじゃないと思う。
海を挟んでいるとは言え、自分たちを『食料』として見る生き物が居て、そのうちの何割かは明確な害意を持って此方を襲ってきて、その上、根本では習性としてそんな性質を持ち合わせている生き物が何千何万と居るのだ。
恐ろしい悪意を持つ存在――自分たちより圧倒的な力を持つ外敵を前に、相手の生活やら将来やら考えても仕方ない。そんなことを気に掛けていて、自分が殺されたら元も子もない。
正直なところ俺は、自分が軍を率いて人族大陸《ミュステン》を攻め落とすなんてのは、マジで身体的にも精神的にもしんどくて辛いし、多分誰も付いてこないし、『失敗したときに地を這っている支持率がマイナスを突っ切って暴動が起きる』恐れの方が大きかったからやらなかっただけで、もしも俺が真っ当な能力を持った真っ当な魔族だったら、きっと歴代魔王のように人族大陸《ミュステン》を滅ぼしにかかっていただろうと断言できる。
魔族ってのはそういうものだ。どう足掻いたって、そういう風に出来ている。つまり俺は、魔族としては欠陥品みたいなもんだ。
ヨゼフが変な罪悪感を抱いているのは、単に俺が歴代でも最も腑抜けた、碌でもない魔王だったというイレギュラーのせいであって、彼は勇者として限りなく正しいことをした。
そもそも、王が一人死んだくらいで滅びるような国は、遅かれ早かれ滅びるに決まってんだ。だから、ヨゼフはなんも悪くない。いや、まあ、ちょっとは悪い……のかも?しれないが、きっと俺の方が何倍も悪い。
寧ろ、踏ん切りのつかなかった俺を殺してくれたことに礼を言いたいくらいだ。いやほんと、ありがとう。本気で礼を言う。
あのな、ヨゼフ。あの国、多分一回滅んだ方がすっきりすると思うんだわ。俺は魔王だったからよく分かるよ。分かってるよ。だから、そんな泣くなよ。
『んなーん……』
零れ落ちる涙を拭おうとして、残念ながら舐め取るくらいしか出来なかったので、流石にそれはな~、と頬を擦り寄せる。
ついでに、ほんの少し、気づかれない程度に治癒魔法をかけておいた。精神を落ち着かせる、鎮静効果のある魔法だ。魔族には不快感を齎すだけの代物だが、多分、人間になら効くだろう。
しばらく泣き続けたヨゼフは、俺がゆっくりと弱く治癒魔法をかけている間に落ち着いたのか、土砂降りの雨が弱まり、ほんの少し晴れ間を覗かせる頃になってようやく笑みを浮かべた。
「……すまない、君の縄張りを荒らしたばかりか、こうして慰めて貰ってしまって。……情けない勇者だよな」
『ンミィ』
「……それはどういう声なんだい」
『ン゛ミィ』
たし、と頬に軽くパンチを見舞ってやると、ヨゼフは、ぱちり、とその大きな垂れ目がちの瞳を瞬かせてから、また泣きそうな顔で笑った。
「ありがとう。君のお陰で、随分と心が楽になった気がする」
『んみぃ』
「……また、此処に来ても良いかな? 会えるときだけでいいんだ、今度は美味しい魚を持ってくるから」
『にゃふぉふっ』
にゃんと! おいしいおさかな!
おっと、いかん。完全に思考が吹き飛んでしまった。猫になったとはいっても心は俺のままのはずなんだが、たまにこういうことがある。
何か素早く動くもんを目の前に振られたときとか、美味しい肉を転がされたときとか、夏木花《エフィメス》を放られた時とか。
あの花、本当に訳が分からなくなるんだが、何で出来てんだ? ちょっと怖い。
飛び上がってじっと期待の目を向けてしまった俺に、ヨゼフは少し楽しそうに「期待して待っててくれ」と告げて、光の差す教会を後にした。
魔王と同じく、勇者ってのも重圧がある役職だろう。それも、十七年しか生きてない子どもには途方もなく重い肩書きに違いない。俺の相手をすることで少しでも彼の気が晴れたなら何よりだ。
降り続くと感じていた雨だってこんなにも早く上がる。きっと、彼の苦しみにだって必ず終わりが来て、道が開ける筈だ。
雲が避け始めた空を屋根に開いた小さな穴から見上げ鼻を鳴らした俺は、今日の晩飯を探すべく、壁の隅の崩れた穴からするりと外へ抜け、歩き慣れた道へと足を向けた。
11
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。
かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。
謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇!
※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
「俺が勇者一行に?嫌です」
東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。
物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。
は?無理
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる