前世は魔王の俺ですが、今は気ままに猫やってる

藍槌ゆず

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 多分、この純朴な青年は『魔王を討ち取る』ということの本当の意味を理解しては居なかったのだろう。
 みんなを苦しめる悪者だと聞いていて、みんなに期待されていたから、だから言われるままに、それが使命だと思って魔王を殺した。それによって、国が滅びるかも知れない、なんて考えたことも無かったに違いない。

 俺は別に、それは間違いじゃないと思う。
 海を挟んでいるとは言え、自分たちを『食料』として見る生き物が居て、そのうちの何割かは明確な害意を持って此方を襲ってきて、その上、根本では習性としてそんな性質を持ち合わせている生き物が何千何万と居るのだ。
 恐ろしい悪意を持つ存在――自分たちより圧倒的な力を持つ外敵を前に、相手の生活やら将来やら考えても仕方ない。そんなことを気に掛けていて、自分が殺されたら元も子もない。

 正直なところ俺は、自分が軍を率いて人族大陸《ミュステン》を攻め落とすなんてのは、マジで身体的にも精神的にもしんどくて辛いし、多分誰も付いてこないし、『失敗したときに地を這っている支持率がマイナスを突っ切って暴動が起きる』恐れの方が大きかったからやらなかっただけで、もしも俺が真っ当な能力を持った真っ当な魔族だったら、きっと歴代魔王のように人族大陸《ミュステン》を滅ぼしにかかっていただろうと断言できる。
 魔族ってのはそういうものだ。どう足掻いたって、そういう風に出来ている。つまり俺は、魔族としては欠陥品みたいなもんだ。

 ヨゼフが変な罪悪感を抱いているのは、単に俺が歴代でも最も腑抜けた、碌でもない魔王だったというイレギュラーのせいであって、彼は勇者として限りなく正しいことをした。
 そもそも、王が一人死んだくらいで滅びるような国は、遅かれ早かれ滅びるに決まってんだ。だから、ヨゼフはなんも悪くない。いや、まあ、ちょっとは悪い……のかも?しれないが、きっと俺の方が何倍も悪い。
 寧ろ、踏ん切りのつかなかった俺を殺してくれたことに礼を言いたいくらいだ。いやほんと、ありがとう。本気で礼を言う。
 あのな、ヨゼフ。あの国、多分一回滅んだ方がすっきりすると思うんだわ。俺は魔王だったからよく分かるよ。分かってるよ。だから、そんな泣くなよ。

『んなーん……』

 零れ落ちる涙を拭おうとして、残念ながら舐め取るくらいしか出来なかったので、流石にそれはな~、と頬を擦り寄せる。
 ついでに、ほんの少し、気づかれない程度に治癒魔法をかけておいた。精神を落ち着かせる、鎮静効果のある魔法だ。魔族には不快感を齎すだけの代物だが、多分、人間になら効くだろう。
 しばらく泣き続けたヨゼフは、俺がゆっくりと弱く治癒魔法をかけている間に落ち着いたのか、土砂降りの雨が弱まり、ほんの少し晴れ間を覗かせる頃になってようやく笑みを浮かべた。

「……すまない、君の縄張りを荒らしたばかりか、こうして慰めて貰ってしまって。……情けない勇者だよな」
『ンミィ』
「……それはどういう声なんだい」
『ン゛ミィ』

 たし、と頬に軽くパンチを見舞ってやると、ヨゼフは、ぱちり、とその大きな垂れ目がちの瞳を瞬かせてから、また泣きそうな顔で笑った。


「ありがとう。君のお陰で、随分と心が楽になった気がする」
『んみぃ』
「……また、此処に来ても良いかな? 会えるときだけでいいんだ、今度は美味しい魚を持ってくるから」
『にゃふぉふっ』

 にゃんと! おいしいおさかな!
 おっと、いかん。完全に思考が吹き飛んでしまった。猫になったとはいっても心は俺のままのはずなんだが、たまにこういうことがある。

 何か素早く動くもんを目の前に振られたときとか、美味しい肉を転がされたときとか、夏木花《エフィメス》を放られた時とか。
 あの花、本当に訳が分からなくなるんだが、何で出来てんだ? ちょっと怖い。

 飛び上がってじっと期待の目を向けてしまった俺に、ヨゼフは少し楽しそうに「期待して待っててくれ」と告げて、光の差す教会を後にした。
 魔王と同じく、勇者ってのも重圧がある役職だろう。それも、十七年しか生きてない子どもには途方もなく重い肩書きに違いない。俺の相手をすることで少しでも彼の気が晴れたなら何よりだ。
 降り続くと感じていた雨だってこんなにも早く上がる。きっと、彼の苦しみにだって必ず終わりが来て、道が開ける筈だ。

 雲が避け始めた空を屋根に開いた小さな穴から見上げ鼻を鳴らした俺は、今日の晩飯を探すべく、壁の隅の崩れた穴からするりと外へ抜け、歩き慣れた道へと足を向けた。

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