前世は魔王の俺ですが、今は気ままに猫やってる

藍槌ゆず

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「ロル! ロル、聞いてくれ!」

 柔らかな日差しの降り注ぐ昼下がり。日課の散歩に出ていた俺は、ぼんやりしていたところに突如声を掛けられたものだから、驚いてその場で十センチほど飛び上がってしまった。
 びょんっと浮いた俺の身体を見て、何人かの子どもが笑っている。笑顔を見るのは好きだが、何だか恥ずかしい気持ちになって、わざとらしく澄ました顔で塀の上でくるりと方向転換した。
 石造りの道を駆けてくるお姉さんが視界に入る。肩掛けの鞄の紐を掴んで、手を振りながら一生懸命走ってきたお姉さんは、塀の上で首を傾げる俺に弾んだ声で言った。

「絵が売れたんだ! 私の絵が! それも、金貨五十枚で!」
『んにゃふ!』
「誰が買ってくれたと思う? 聞いてくれ、そして驚いてくれ!」

 本当に嬉しいのか、踊るようにして俺を抱え上げたお姉さんが、その場でくるくると回る。いつもはボサボサの髪も、今日は綺麗に梳かれて光の輪を作っていた。
 大事に抱きかかえられたまま回ること十回、上機嫌のまま止まったお姉さんが、内緒話でもするみたいに俺の耳に囁く。

「なんと、勇者様なんだよ」
『んみぃ?』
「ロルから貰った鳥を捌いてくれた肉屋のおっちゃんが居ただろ? その人が私に、娘の店に飾る絵を描いて欲しいって言ってくれてさ、猫の絵が良いって言うから、ロルを描いたんだ」
『にゃぅ……』
「あっ、そうか、許可を貰うの忘れてたな……ごめん、許してくれ」

 露骨に狼狽えた俺に、お姉さんは律儀に謝罪し始めた。
 まあ、自分の絵が何処かの店に飾られているというのは少しばかり気恥ずかしいが、それでお姉さんの懐が潤うのなら俺の顔――顔?身体?くらい幾らでも使ってくれ。
 了承の意を全身で表すと、お姉さんは安心したように頷き、話を続けた。

「そしたら、その店が実は王女様がお忍びで行きつけにしてる店だったらしくてさ、一緒に来た勇者様が飾ってあるロルの絵を気に入って、売ってくれないかって話になったんだ」
『んなぉ?』
「まあ、娘さんも私の絵は気に入ってくれてたから、勇者様の頼みでも難しいってことで、直接依頼出来るように私を紹介したみたいなんだけど……勇者様、わざわざ私の部屋まで来てくれてさあ! 勇者様がだよ? すごくない?」
『なふ』
「そんで、汚いアトリエ――って呼ぶにはどうかと思うけど――まで来てくれた勇者様がさ、ロルの絵だけじゃなくて、私の絵を買いたいって言ってくれたんだ。色使いが故郷の空気を思わせるらしくて……他にも私の絵を好きだって言ってくれる人は居る筈だから、そういう人たちに届けたい、って」

 お姉さんは俺を抱えたまま、アパートの自室へと向かっている。急斜面と化した道を上り、柵に覆われた階段を上って、一度下って、もはやオブジェとしか言えない塔の下を潜ってから、外付けされた階段を四階まで上がれば、お姉さんの自室の窓が見える。
 玄関側は使えない。三年前にテンションが上がりすぎた職人が時計台を玄関側の間近に建てたせいで、お姉さんの部屋は窓から出入りするしかなくなっているのだ。あまりにも不便な為に、家賃は実質ナシみたいなアパートである。

「だから、今は勇者様の言葉に恥じない絵を頑張って描いてる。ロルのおかげで掴んだチャンスだ、絶対に無駄にしないよ」
『んなーん』

 お姉さんの声は少し震えていて、涙に濡れているようにも思えたけれど、そこにあるのは悲しみや苦しみとか言う負の感情では無くて、熱意とか、やる気とか、そういう、眩しくなるほどに輝いた正の感情だった。

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