前世は魔王の俺ですが、今は気ままに猫やってる

藍槌ゆず

文字の大きさ
25 / 35

25

しおりを挟む

 聖剣を構えるヨゼフの面持ちは硬い。あれから幾度か顔を合わせたが、教会で会うときの優しげな顔からは想像もつかない表情だ。
 魔王城で前世の俺と相対した時にだって、あんな風に苛立ちを露わにした顔はしていなかった筈だ。彼の顔にはいつでも、使命を背負っている覚悟と、民を守るという決意に満ちていた。

「かの魔王は敵だったが、それでも素晴らしい統治者であったと、僕は思っている」

 きつく歯噛みしたヨゼフが、雷鳴を呼ぶような魔力を纏いながら口にする。
 予想だにしていなかった言葉に俺が思わずきゅっと身体を縮こめるのと同時に、ヴェロスロフが嘲笑を浮かべた。

「ハッ! 素晴らしい統治者だと!? 矮小な貴様に魔族の何が分かる! あの者は臆病者の愚か者よ!」
「……理解出来ないのならそれでいいよ。どうせ、お前とは此処でお別れだ」
「フフ、随分と生意気な口を利くなあ? 愚鈍な勇者よ。その首と胴を切り離してくれる!」

 丁度、戦場の中央地点で対峙するヴェロスロフとヨゼフ。
 魔族側も押されているが、元より魔族一体に対し五人で挑まねば並の者ならばすぐに息絶えてしまうような戦力差だ。この二人の戦いの決着次第ではひっくり返ることも考えられる。

 魔法使いであるヘレナは上空から叩き付けられるハルピュイアの羽根による刃の雨への対処で手一杯だし、剣聖である騎士レオンハルトは陣形の崩れた騎士団員のカバーに走っている。この二人が居るからこそ、勇者も敵将に集中出来ている訳だ。
 加えて、神子である王女アリシアも度重なる治癒魔法の使用で疲弊している。本来、治癒魔法というのは連続して使うようなものではない。神に選ばれし神子とは言え、人の身にこれだけの軍勢の治癒を担うのは無理があるだろう。

 ……もし助けるとしたら彼処かなあ、なんて、障壁の手前で片腕の飛んだ騎士の治癒を行っている神子様の側へそろりと近寄る。

 いや、モニカさんは俺が手を貸すまでもなく死人なんて出ないって言ってたんだけど、でも、それでもこの結果は『勇者達が死力を尽くした』からこそ生まれるもので、決して楽な戦いじゃない。
 俺は、俺の好きな人達にはなるべく辛い思いをして欲しくない。それは、魔王時代からずっとそうだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

「俺が勇者一行に?嫌です」

東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。 物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。 は?無理

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...