前世は魔王の俺ですが、今は気ままに猫やってる

藍槌ゆず

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「……魔王城で僕を出迎えた彼は、一度も反撃すること無く僕に討たれた。あの頃の僕は、彼が最期に浮かべた笑みの意味が少しも分からなかったけれど、こうしてお前らから話を聞いた今では、少しは分かる気がするよ。
 彼はきっと、お前らの世話をするのに疲れてしまったんだ。三百年も魔族大陸《ローカストス》を統治し続けた伝説の魔王が、なんで僕みたいな勇者に討たれたのか……彼が自ら討たせてくれたからに他ならない」
「ハン、勇者のくせにやけにあの愚王の肩を持つじゃあないか! 偽善者も此処まで来ると笑えないな!!」
「僕が偽善者に見えるなら、目玉を取り替えてきた方が良いよ。僕はただの優柔不断の弱虫で、勇者なんて器じゃ無いんだ。でも、今、ようやくお前を滅ぼす覚悟は決められた」
「はあ? 虫螻が戯言を――――」

 両手で聖剣を握り、腰を深く落とした構え。轟く雷鳴は天候すら変え、日差しは雲に遮られ、辺りは暗く沈んでいく。
 それまで呆然とヨゼフの言葉を聞いていたアリシア殿下が、鋭い声で周囲の者へと指示を飛ばした。

「皆様! 防御壁の奥に下がって! 巻き込まれます!」

 あのバカ、頭に血が上りすぎだ!とぼやく騎士レオンハルトの声が遠くで聞こえる。ヘレナも慌てて長杖を握り締めてありったけの魔力を込め始めた。
 膨れ上がる魔力を感じ取り、青ざめながら逃げ出した騎士達が防護壁の向こうへと収まる。同時に、力強く踏み込んだヨゼフの剣が、弾けるような雷を伴って振るわれた。

「――――『黒雷《デザスト》』」

 刀に纏わり付く閃光は折り重なり、やがて一筋の黒い軌跡を描いて多量の魔力を爆発させる。
 受け止めようと片手を伸ばしたヴェロスロフは次の瞬間には塵も残さず焼き消えた。

 後に残ったのは、深い穴のように吹き飛んだ砂浜と、大きな柱を立てるように二つに割れ、数秒の間を空けてぶつかりあい、弾けた海。ちらほらと残る魔族の者は、互いを守り合うように抱き合って震えていた。

 勇者ヨゼフ――雷帝の名を持つ彼の一閃は海を裂き、山を割ると言われている。
 それだけの力を持つ一撃は、当然人の身には多大な負荷が掛かる。具体的に言うなら、寿命が五年は縮むのだ。

「ぐ、ぇっ、げほっ……」
「ヨゼフ! 何をやってるんですか、この大馬鹿者!!」

 アリシア殿下が体面も放り投げ、ヨゼフへと駆け寄る。突き立てた剣を支えにしつつ蹲ったヨゼフは、咳き込み、鮮血を吐きながらも口元に笑みを浮かべてみせた。

「ごめん、ちょっと、苛ついちゃって」
「……魔族への怒りはもっともです。ですが、貴方が傷ついては意味がないのですよ。何のために皆の手を借りたと思っているのですか!
 大体貴方は全てを自分で片付けようとしすぎです、どうして私達を頼ってくれないのです! 魔王のこともそうです……思い悩んでいても少しも話しては下さらなかった……!」
「ええと……、それは、ごめん」
「ごめんで済む問題ではありません! 私達は夫婦となるのですよ! それなのに、苦しみを少しも分け合えないなんて、悲しいではありませんか!」

 目に涙を浮かべるアリシア殿下に、ヨゼフはもう一度、ごめん、と弱々しく眉を下げて笑った。尚も言いつのろうとするアリシア殿下の方を、騎士レオンハルトが叩く。
 それより治療してやったらどうだ、と呆れがちに呟くレオンハルトに、アリシア殿下ははっとした顔で慌てて治癒の祈りを捧げ始めた。
 失った寿命は戻らないが、身体の傷だけなら癒やせるはずだ。ほっとして、踏み出し掛けていた足を引っ込める。

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