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しおりを挟む思わず駆け寄って治癒魔法をかけそうになっていた。危ない。いや、俺のために怒ってくれたんだから、お礼ぐらいはしたいんだけどさ……流石にあれだけ目立つ位置にいるとどうにも。
まあ、俺が治癒したアリシア殿下に治されてる訳だから、間接的に俺も助けになったってことで。
さて、空中のハルピュイアは今の一撃に巻き込まれて全滅。残るは膠着状態にあった非戦闘要員の女子供だけが、抱き合うようにして震えている。
国王としては魔王を討てば大陸の王としての役目は果たしている訳だし、魔族を根絶やしにすることで起こるデメリットも理解しているだろうが、民衆はそうすんなりと納得はしてくれない、よなあ。
戦意を喪失している彼女達を集め、取り囲む騎士達の面持ちは硬い。その顔は治療を終えたヨゼフが近づいてくるにつれて更に強ばった。
そりゃそうだ、幾ら味方とは言え、あんな力を見せつけられては同じ人族でも恐ろしく感じる。ヨゼフもそこは理解しているのか、少しばかり困ったような笑みを浮かべながら、あくまでも低姿勢に騎士団の者の間を通っていった。
……これが魔族だったら、力の差を見せつけるだけでカリスマ扱いなんだがなあ、なんて思いつつ、そろりそろりと、彼らの後ろに回る。
「……僕としては、君たちに戦闘の意思がないのならこのまま魔族大陸《ローカストス》に帰すつもりでいる」
ざわつく騎士団の者を、アリシア殿下が手で制すのが見えた。殿下が口を挟まない以上、この場の勇者の発言は国に認められたものである。婚前であるが故に詳細は語られていないだろうが、『魔王を討ち取った後は魔族大陸《ローカストス》を去れ』と指示されていた筈の勇者としても、魔族を根絶やしにするデメリットは薄々感じているのかもしれない。
多少のざわめきは残しつつも落ち着きを取り戻した空気の中、ヨゼフが問いかける。
「君たちは無理矢理連れてこられたんだろう? もう、戦闘を続けるつもりはない、そうだよね?」
武器を奪われ、騎士達に囲まれた中で問われた数十人の女性達は、代表の者を選定するかのように顔を見合わせ、しばしの間の後に、最前列中央の女性が恐る恐るといった様子で口を開いた。
「……その通りです、わたし達に、戦闘の意思はありません」
「そうか。なら、魔族が使っているルートで帰還を、」
「ですが、勇者様が言ったように、我々は滅びるべきなのかもしれません」
「……なんだって?」
驚きからか少しばかり低くなったヨゼフの声に、女性はびくりと肩を震わせた。
ああ、いや、続けて、と慌てて口にするヨゼフに、女性は自身の腹を守るようにさすりながら呟く。
「……わたし達は、先代魔王様の恩恵を感じつつも、周囲に流されて、あの方を顧みなかった者たちです。あの方は充分に頑張っている、と口にすることで誹られることを恐れて、見て見ぬ振りをしてきました。
私の母もそうです。魔王様のおかげで随分と生活が改善された、と繰り返し教えてくれましたが、外では他の魔族と同じように魔王様を強く詰っていました。そうしなければ……きっと母は魔王様と同じく、いえ、それ以上に虐げられてしまうからです。
我々のような特別な身体を持たない種族は、立場も力も酷く弱い。わたし達は、我が身かわいさに魔王様に無理をさせていると知りながら、見ない振りを続けてきたのです、三百年も。滅びて当然の種族ではないでしょうか」
言い終わると、彼女達はまるで自ら首を差し出すように頭を垂れた。ヨゼフは、どこか呆然とした様子でそれを見下ろしている。俺も、その後方で同じような顔をしている自信があった。
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