悪辣姫のお気に入り

藍槌ゆず

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[ミシュリーヌ視点] 前②

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「ルーシェ、あなたがあけても かまわないのよ」
「滅相もございません。私のような下級魔法しか扱えない使用人が使える代物ではありませんので」
「『うんめいのひと』がわかったら うれしいのではないの?」
「それは……嬉しく思いますが、私のような者には運命などという大層な相手は、」
「ねえ、まえから おもっていたのだけど。その『わたしのような』というのは やめてちょうだい、ふゆかいよ」

 美しい球状のオルゴールを前にまごつくルーシェを見上げれば、彼女は困ったように眉を下げ、謝罪の言葉を口にした。
 別に謝って欲しかった訳ではない。溜息を吐きつつ、金の装飾が施された白いオルゴールに触れる。

「あなたが じぶんのかちを どうおもっていようと かってだけれど、わたしのそばで はたらくかぎりは わたしのしょゆうぶつなの。わたしはつかえるものしかそばにおきたくないし、わたしが こうしてあなたを つきしたがえているというのは、ようするに あなたにかちがあって そうしているのよ。
 だから、かってにあなたのはんだんで あなたをおとしめるのはやめてちょうだい」

 己の探究心に振り回されていた状況を正しく理解した際、私にはルーシェ以外の侍女を選ぶ権利もあった。彼女より優秀な者は山ほど居る。それでも私がルーシェを選んだのは、私が自分の暴力的なまでの探究心に振り回されている間、付きっきりで相手をしてくれたのがルーシェだけだったからだ。
 自分よりも遙かに物覚えがよく知識を吸収していく幼児の相手をするのは、殆ど苦行に近い物が在る。雇われている以上は当然の義務ではあるが、人の心はそう簡単に感情を割り切ることはできない。
 それでも、ルーシェは少しも分からない学術書を必死に読み解き、少しでも私の役に立つようにと働き続けた。自己評価が低く芯が弱そうに見えるが、誰も彼もが投げ出しかけた仕事を成し遂げたのだ。彼女には、選ばれるだけの価値がある。

「……承知しました、今後は気をつけます」
「そうね、きをつけて。わたし、おなじことを にどもいうのは きらいよ」

 釘を刺せば、眉を下げて微笑んだルーシェは僅かに困惑を滲ませつつも頷いた。それと同時に、手の平で触れていたオルゴールが微かに熱を帯びる。
 魔法回路に問題がないことは感じ取っているから、危険性は無い。そのまま導かれるように魔力を注げば、淡く輝き出したオルゴールが上に乗せた手を持ち上げるように開き始めた。

 脇に立つルーシェの握り締めた手に力が籠もる。その目が期待に輝いているのを見て、やっぱり買い取ったのは正解だったわね、などと考えていた所で、開いたオルゴールから軽やかな音色が流れ出した。
 本来オルゴールに組み込まれている真鍮の筒と櫛歯が耳触りの良いメロディを奏でる後ろで、僅かに別の物音が響いている。徐々に近くなるそれがはっきりと聞こえるようになった頃、旋律が止んだ。

『…………なんだろう、これ』

 そうして私は、後に私の婚約者となる男――ダニエル・グリエットと出会ったのだ。



    ◇◆◇

 私としては、例えオルゴールに認められたとしてもこんな小道具が勝手に選んできた者が『私の望んだもの』であることを簡単に認めるつもりは無かった。
 与えられた物から最善を選び取るのは当然の権利だが、『最善』を与えられてただ満足するなんて性に合わない。
 このオルゴールが選んだ相手が本当に『最も望む相手』なのか見極める必要がある。選ばれたという相手が真実『そう』だというのなら、行商人には次回は少し色をつけて代金を払ってやってもいい。

 想像よりも余程冷めた思いでオルゴールの奥へと語りかけた私は、気紛れに一時間ほど言葉を交わし、そこで『ダニエル・グリエット』が一般的な同年代の貴族令息よりも余程優れた知能と、柔軟な思考を持っていることを察した。
 口数こそ少ないが、此方の言うことを一度で殆ど全て正しく聞き取り理解する。分からないことは自分で『どこが分からなかったか』を把握した上で質問をしてくる。加えて、私と同い年。成る程、確かに試すには悪くない相手だ。

 ダニエル・グリエットという名を聞き、代を重ね領地経営が上手くいかなくなり始めている伯爵家を思い浮かべながら次の約束を取り付け、オルゴールを閉じる。

「まあ、わるくないわね」

 珍しく、心の底からそう思っていた。完全に侮っていたオルゴールが、少しばかり価値のある物に見えてくる。
 小さく鼻を鳴らして紅茶の用意を言いつけた私に、ルーシェは口元に微かな笑みを浮かべながら腰を折って答えた。


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