悪辣姫のお気に入り

藍槌ゆず

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[ミシュリーヌ視点] 後⑤

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「――――ではこれより、ダニエル・グリエットとランベルト・キエザ・ジョヴァンバッティスタの決闘を開始します。両者、構えて!」

 翌日、第八闘技場にて。
 互いに剣を手にしたダンとランベルトは、どうして毎回俺が審判なんだ、とでも言いたげな、心底くたびれた顔で合図の手を上げる教授が立つ高台の前で向き合っていた。
 多分、貴方が学園内で一番まともだからじゃないかしら? 授業も一番マシだしね。
 心労ばかりが増えていくらしく、最近では胃痛の薬が手放せないらしい教授の青白い手が、振り下ろされる。開戦の鐘が鳴り響いた。

 先に動いたのはダンだ。開始位置からの強い踏み込みから一瞬で間合いを詰め、下から上へかけて弾くように斬り掛かる。勢いを殺せなければまず間違いなく剣を弾かれて得物を失う一撃を、ランベルトは両手で握り締めることで受け止めてみせた。
 金属がぶつかり合う音が響き、離れる。上から押さえつけようと力を込めたランベルトの剣を捻るように躱したダンは、半身で構えつつ、落ち着いた声で呟いた。

「思ってたより強いな」
「それはどうも。貴公も、見目よりは俊敏なようですね」

 ダンは基本的に『勝てない勝負』はしない。自身を不出来だと思っているからこそ、不安要素のある勝負はなるべく避けて通るし、避けられないのならば『負ける要素』は全力で潰していく。
 よって、多少の怒りはあれど受けた時点で勝てる勝負だと考えていたのだろうけれど、ランベルトの実力はダンの想定よりは上だったらしい。それでも、負けるつもりは毛頭ないだろうけれど。

 剣筋の癖を確かめるように斬り掛かるダンと、押され気味ながらも上手く受け流すランベルトの長剣がぶつかり合う音が響く。

「ランベルト様~! 負けないでー!」
「ランベルトさまー!」

 私とノエルの時ほどではないにしろ程々に入っていた観客達の中には、編入したてにもかかわらず既にランベルトのファンとなっているらしい女生徒がひとかたまりになって並んでいる。
 今年入ったばかりの新入生を含むそのグループでは、声援を上げる一年と、私の顔色を伺う二、三年生で見事に分かれている。別に良いのよ、応援しても。どうせダンが勝つもの。

「なんと、ダニエル様もあれほどの剣の使い手だったのですね……!」
「まあ、そうね。幼い頃から私が手ほどきしたのだし、あのくらいは当然よ」
「ミミィ様が!? でしたら私にも是非、」
「嫌よ。貴方、日が暮れるまで何時間も付き合わせるじゃない」
「い、一時間で我慢しますから……!」

 今にも泣きそうな声で縋り付いてくるノエルを軽くあしらいつつ、闘技場内に目を戻す。人の何倍も努力するような天才に一々付き合っていられないのよね、お断りよ。
 大体、今回の一件はノエルも原因なのだから、反省して逆に私のお願いのひとつでも聞いたらどうなのかしら。

 編入生であるランベルトが私の婚約者についてまで知っていたのは、どうも特待生として学内の説明を任せられたノエル経由だったらしい。
 一年前の決闘から逆に盲目的なまでに私を信奉するようになってしまったノエル――本当に、この子こういうところが困りものよね――が、いかに私が国の未来のために動いていて素晴らしいのかを語り続け、元々私に興味があったランベルトの好奇心を更に煽ったのだ。
 ここ十年ですっかり伝説の行商人として名を馳せてしまったチェレギンを介して私の名を知っていたランベルトは、元より私とも業務提携を結べないかと考えていたようで、目を付けていた商売相手が有望な令嬢となれば、それは当然、『手に入れてしまいたい』と考えてもおかしくはない。まあ、手段はおかしいけれど。

 多分、実際に私とダンを見た上で、本気で自分の方が上回っていると確信したからこそ申し込んできたのでしょうね。
 意匠を見る目はあっても、力量差を測る目は無かったという所かしら。優れた才能がひとつあるだけでも十分だもの、そこは誇ってもいいと思うわ。ただ、誇りも過ぎればただの驕りなのよね。

 一際高く強い音が響き、ランベルトの手から長剣が弾き飛ばされた。
 膝をつくランベルトの呼吸は荒い。手を伸ばすには遠すぎる位置に転がる長剣に駆け寄る余裕も無さそうだ。
 対するダンは、額に軽く汗こそ掻いているものの、殆ど息を乱している様子も無い。ランベルトも少しは善戦したのね。ちょっと見直したわ。

「く……っ、此処までですか……」
「……諦めるのか?」
「ッ! ――――いいえ! まだ勝負はついておりませんッ、これほどの実力者と判明した今、全力を尽くさねばそれこそ礼を欠くと言うもの!」




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