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おまけ 一話〈1〉
しおりを挟む「こんにちは、ミミィ様! 今日の放課後、共に新しく出来た喫茶店に参りませんか? ウィルレラ国で修行した方が始めたお店だそうです!」
「あら、いいわね。たまには貴方の薦めに乗ってみようかしら」
「味の保証は致しかねますが、きっと楽しんで貰えると思います!」
「……私をそんな文句で誘うのは貴方くらいよ、ノエル」
「なんと! それは恐れ多い名誉ですね!」
午前の授業を終え、昼の休憩に入った頃。魔導訓練棟から駆けてきたらしいノエルは、二階のバルコニーから中庭のテラスに飛び降りると、そのままの勢いで中央のテーブルにいる私に放課後の誘いをかけた。
近道に使うには便利なのでしょうけど、淑女としては大分どうかと思う移動手段ね。まあ、この破天荒な特待生にわざわざそんな指摘をするものはもはや居ないのだけれど。
この子、私とは違う意味で『触れてはいけない存在』として扱われていることに気づいているのかしら。
褒めてもないのに照れたように笑い始めるノエルが元気よく去っていくのを見送って、少し冷めた紅茶に口をつける。対面に座るダンも同じようにノエルの背に目をやり、何だか微笑ましいものを見るように唇の端を少し緩めた。
「ノエル嬢はいつも元気だな」
「ええ、ちょっと元気過ぎるくらいね」
「新しく出来た店──というと、海岸の丘に出来た店かな。美味かったら教えてくれ、俺も行きたい」
「それは構わないけれど、あまり期待しない方がいいわよ。ノエルが見つけてくる店は大体何処か微妙だから」
ダンには今日の放課後、魔術研究部の部長に乞われて研究の手伝いをする予定が入っている。ランベルトとの決闘でダンの実力を目の当たりにした部長にどうしても、と頼み込まれて断り切れなかったのだとか。
どうせダンについて調べた所で大した成果が上げられるとは思わないのだけれど、誠実に頼まれた以上は無下にすることも出来ないのだろう。
そもそも研究の第二段階における魔術形式の検証自体が間違っている、と教えてあげるつもりはない。
あのまま間違いを突き詰めていけば部長の目的とは違う分野への足掛かりになる気もするのよね。私が欲しいのは其方側の研究結果だから、ダンを協力させる対価として受け取るのならこのまま間違ってくれていた方が都合が良い。
「『微妙』なのに毎回付き合ってやるんだな」
上手い方向に転がればいいのだけれど、なんて思いながら焼き菓子を摘まんだところで、苦笑交じりの声が耳を撫でた。目を向ければ、やや呆れた様子のダンが小さく笑っている。
まさか決闘後にここまで仲良くなるなどとは思っていなかったのだろう。その点に関しては私も完全に同意見だった。ノエル・ペルグランと此処まで付き合いを深める予定は無かったし、今だってそうだ。
あの子が勝手に突き進んでくるから、押し返すのも面倒なのよね。ただ、まあ、それも別に悪くは無い辺り、きっと私はあの子を相当に気に入っているのでしょう。
「だって面白いもの。私なら絶対に選ばない店を選んだ挙げ句、案の定ろくでもない料理が出てくるのよ。しかもあの子、馬鹿正直だから美味しくないものが出て来たら『昔食べたユヴィキ草の味がします!』とか言い出すのよね。店内で雑草の名前を大声で出した挙げ句、店主に向かって『もしや隠し味に使用されているのですか?』なんて聞き始める始末よ」
「………………それは、また、なんというか…………怖い物知らずだな」
「馬鹿にされているのかと怒った店主に対して更にユヴィキ草の有用性と栄養について唱え始めるから、一旦置いて出て来たことがあるわ。知ってる? あの草、茹でると味が酷くなる代わりに数枚で魚一匹程度の栄養が取れるようになるんですって」
「……いや、知らなかった。あの草、食べられるのか」
「非常食って呼んでたわ」
ノエルと共に出掛けると、やたらと食べられる草花について教えられる事が多い。彼女が育った孤児院ではそのようにして食料調達をしていたのかと思えば、単にノエルが自分で見つけていただけのようだった。
孤児院には補助金が出るとはいえ、全員の生活を支えるには乏しい金額だ。出来る限り皆に良い思いをさせたい、と自分の食い扶持を自分で稼ぐことを考えた結果、どうやら『食べられる雑草を見つける』という奇行に走ったらしい────というのが建前であることは勿論理解している。
強大な魔力を持つノエルは孤児院でも酷く浮いた存在であり、どうやらシスターも扱いに困っていたそうだ。人格的には善良であっても、本人すら制御出来ない力は周囲にとっては脅威でしかない。
実際、怯えた子供達によって『悪魔』とまで呼ばれ忌避されたノエルは、敷地内にある廃屋同然の小屋に住まわされていた。自身で食料調達をしていた点から見て、恐らくは食事の割り当ても少なかったのだろう。
一年前に調べた情報からの予想だが、恐らくそう大きく外れてはいない筈だ。
更に言えば、この一件を本人は極めて前向きに捉えていて、事情を一部隠して話すのもノエル自身が気にしているからではなく、話を聞いた此方に要らぬ心配をかけたくない、といった気遣いだろう。そもそも気にしていたら『雑草を食べる』なんて話を自分から出す訳がない。
雑草を食べていた境遇に対しては心配も憐れみも抱かないけれど、雑草を食べていた事実自体には少々言いたい所があるわね。『たまに虫がついていてお得です!』とまで言い出すのだもの。どこがどうお得なのよ。言いたいことは分かるけれど、分かりたくないわ。
類い希なる魔力自体は素晴らしいものだったが、それはあくまでも貴族の子供として生まれれば、の話だ。
血の繋がらない子供、それもこの先きちんと制御出来るようになるかも分からない程に強大な力を持つ者を喜んで迎え入れるような貴族はそう多くは無い。ペルグラン家の前に一度引き取ろうとした貴族もいたようだが、結局はノエルの力を制御する手立てがなく、孤児院に戻されたのだそうだ。
そんなノエルを引き取り、セレネストリア学園に特待生として入学できるまでにしたのがペルグラン家だったのだから、彼女がペルグラン家に多大な恩義を感じるのも当然の話だった。
ペルグラン家────より正確に言うのなら、ロザリー・ペルグランという女が、制御不能だったノエルを此処まで優れた魔導師にしたのだ。
ロザリー・ペルグラン。くだらない勘違いから私とダンの仲を引き裂こうとした愚か者であり、ノエルの義妹であるあの女について探った時に出て来たのは、『聖女』やら『先見の女神』やらといった、極めて大仰な呼称ばかりだった。
ペルグラン家の領地は王都からはかなり遠い。小さな土地でやたらと大袈裟に持ち上げられているだけかと思えば、ロザリーには本当に、『予言』としか思えない力があるようだった。
大雨による水害を予知して領民を守り、父であるペルグラン家当主の大病を予言して適切な医師を呼びつけ、女癖の酷い当主に忠告を重ねて生活の改善を図る。
おかげで領民からは『天の使い』とまで呼ばれており、そこに加えて『千年に一人の逸材』であるノエルを孤児院から連れてきたのだから、彼女の地位はまさに領地では神よりも尊い位置にあった。
行いだけ見れば、まさに善良かつ優れた『神童』とも呼ぶべき人間である。
ただ、その噂はあくまでも幼少期の行いから生まれたもののようだった。学園に入学する頃にはほとんど新たな功績の話はなく、ただ周囲からの信奉心だけが集まりつつあるようだった。
そんな『神童』の行いの行き着く先が勘違いによる『私とアルフォンス殿下の婚約破棄』だった訳だけれど、これがまた、思惑が理解が出来ない。不可解に思って調べ上げるも、やはり出てくるのは異常なまでの『先見の明』に関わる話ばかりだ。
本人から感じる稚拙さや幼稚さとはあまりにも印象が異なる点が気になった私は、ロザリーの正体を探るためにチェレギンを呼びつけた。
高レベル鑑定スキル持ちのチェレギンを相手に素性を隠せる人間は殆ど居ない。私ですら、属性を誤魔化す術を得て尚、チェレギンには筒抜けだ。
ロザリー・ペルグランの異常とも言える力についても何か分かるかもしれない、と『和解の場』として用意しロザリーを招待した茶会にチェレギンを同席させたのが、決闘から一週間後のことだった。
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