緊急会議:勇者パーティの恋愛事情について

藍槌ゆず

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 魔王を討伐した日。世界には平和が訪れ、民衆は十年の暗黒時代の終焉に歓喜し、大国アリディミア第一王子であり勇者でもあるラルス率いる勇者パーティに多大な感謝を捧げた。
 勇者パーティのメンバーは四人。勇者ラルス、聖女アイリーン、賢者マリア、剣士ジュスト。それぞれが女神より聖なる証を授かった、国内最高峰の実力を持つ若者であった。

 三年に及ぶ旅路を経て、見事に魔王を討伐した彼らは、魔王城付近に展開した特殊転移魔法により見事王城まで帰還し、盛大な歓待で迎えられた。
 身体を清めて旅の疲れを癒やし、闇の獣との戦いで受けた負傷が残っていないかをくまなく調べ、陛下より報奨と勲章を授けられた。紛うことなき国の英雄だ。
 一月後には平和を祝して祭典が開かれることが決まり、各々が本来の業務に加え、衣装の準備や打ち合わせで忙しくしている最中────聖女アイリーンは勇者ラルスの執務室へと、ノックも無しに乗り込んだ。彼女でなければ許されない暴挙であった。

「ラルス! わたくしもう我慢がなりません!! これより緊急会議を開きます!」
「…………アイリーン、見て分かるとおり、僕いま仕事中なんだけど……」
「わたくしが手伝って差し上げます! あと十分で終わらせますわよ!」
「……この書類の山見えてない?」
「二人で進めれば四倍速ですわっ!」
「君の計算式って何処の世界のやつ使ってんのかな……教えてよ……本当に……」

 げんなりした顔で書類に向き直るラルスは、それでも積み上げられた書類の中から、聖女であり婚約者でもある彼女ならば見せても問題無いと判断したものを山ごと別のデスクへ移した。
 意気揚々と席に着いたアイリーンが、羽根ペンを片手に凄まじい勢いで書類を捌いていく。忙しなく雑務をこなす秘書に申し訳なく思いつつも茶の用意を頼みつつ、ラルスもまた書類へとペン先を走らせた。

 十分では終わらないにしろ、別に仕事を進めながらでも『会議』とやらは出来るだろうと判断してのことだ。開け放たれた扉を秘書が締めると同時に、ラルスは端的に問いかけた。

「で? 緊急会議って何」
「マリアとジュストの件ですわよ、決まっているでしょう」
「……二人のことなんだから放っておいてやれって、言ってるじゃんいつも……」
「だってマリアと来たら! 自分はジュストには相応しくないから身を引くなどと言い出しているのですよっ!?」
「え、えっ? それは困るな、なんで……いや……嘘でしょ……?」

 思わず手を止めてしまった。信じられないものを見る目でアイリーンを見つめたラルスに、彼女は右手を残像すら見えない速度で動かしながら答える。

「マリアの出自はご存じでしょう?」
「あー……孤児院だよね」
「ジュストのお母様が難色を示していらっしゃって、尚且つ表立っては反対出来ないからとマリアが自ら身を引くように、夜会に招待した際にそれとなく高位貴族の御令嬢ばかりを誘って見せつけていたようですの」
「……どんな貴族だって、『清廉の賢女マリア』の肩書きの前には吹っ飛ぶと思うんだけどなあ」
「わたくしもそう思いますわ! ですがマリアはそうは思わないのです! ラルスだってご存じでしょう!? あの子、いつまで経っても自分は何も出来ない落ちこぼれで足手まといだと、本気で思っているのよ! 冗談じゃないわ、何処の世界に三大陸挟んだ広域転移魔法を展開出来る落ちこぼれがいるっていうんですの!?」
「あの自己評価の低さは、まあ……諸々の事情と、幼少期の生育環境から来るものだとは思うけど、それにしたってね……」

 目を伏せ、書類にペン先を走らせながら答える。アイリーンは秘書が差し出した紅茶を八つ当たり気味の礼と共に受け取り、苛立ちを込めつつも優美な所作で口をつけてから、やはり怒りをぶつけるように書類の処理に向き直った。
 がりがりがり、ががががが、ととても紙にペンを走らせているとは思えない音が響いている。

「ジュストもジュストだわ! マリアのことを愛しているくせに、愛する人の為に家族と戦えもしないなんてどうかしています!」
「……そう言ってやるなよ、もう充分戦ってはいるだろ。フォランド家はジュストの兄二人を流行病で亡くして、もう跡取りはジュストしかいないんだ。血筋を重んじる風潮を鑑みれば、出自に拘るのは致し方ない部分もあるよ。公爵家だからこそこれ以上立場を危ういものにはしたくない、というのもあるだろうし」
「貴方っていつもそうね、そうやってジュストの肩を持って……本当の恋ってものを知らないからそんなことを言えるのよ!」
「本当の恋なら知ってる。でも現実も知ってる、それだけだよ」
「……ふん!」

 少しも信じていない様子で鼻を鳴らしたアイリーンに、ラルスは苦笑を滲ませる。全く、魔王討伐の旅路でも常にそうだったが、彼女の気の強さはちょっとやそっとでは変わらないようだ。
 そして、マリアもまた、ちょっとやそっとでは変わらない気の弱さを持っている。それは彼女の生まれもあるが、何よりもあの前髪で隠していた容姿がそうさせているのだろう。
 軽く首を回し、溜息を落としたラルスの脳裏に浮かぶのは、勇者パーティとして顔を合わせた時の、あまりにも陰気な様子のマリアだ。

 三年前。魔王を倒す為に国内から集められたメンバーの中で、マリアだけが平民出身の者だった。独学で魔法技術を磨き、十六歳にして大賢者の名を欲しいままにしながら森の最奥から出てこようとはしない、謎多き稀代の天才。
 そんな肩書きとは裏腹に、彼女は顔の片側を長く伸ばした、陰鬱な空気を漂わせた出で立ちで顔合わせの場に現れた。自己紹介の際には、聞き取れなくて五回も聞き返した程の内気っぷりだ。

 その彼女に対し、明らかに好印象を持たなかったのがジュストだった。亡くなった兄二人の代わりに期待を一身に受け、血を吐くような鍛錬でもって国内最高の剣士の称号、剣聖を得たジュストは、戦場に赴く者として、マリアの出で立ちが許せなかったのだろう。
 ジュストはまず、彼女の隠された片目の視力について尋ね、問題なく見えることと、その上で髪によって視界が遮られていることを確かめたのち、冷たい声で言い放った。
 「これから魔物と戦うような場に出る者が、視界の半分を塞ぐような髪型をしているなんてどういうつもりだ」と低い声で詰め寄ったのだ。ラルスも初対面だから穏便に済まそうとは思っていたが、正直その点は後々指摘するつもりだった。

 それに対し「男性というのは本当に配慮に欠けますわね!」と声高に反論したのがアイリーンである。マリアの顔の片側が、彼女を疎ましく思った両親によって焼き潰されていると知っていたのは、孤児院の院長と、先に聖女として顔を合わせていたアイリーンだけだった。
 涙目で縮こまるマリアに、「ならば最初からそのように申請すれば必要な覆面でも用意出来ただろうが」と吐き捨てたジュスト、そしてそんなジュストを怒り任せに殴りつけたアイリーンを横目に見ながら、ラルスは痛む胃を押さえつつ素直に思った。このパーティ、最悪だな、と。

 そんな最悪のパーティが、三年の旅路で強く結束し無事に魔王を倒せたのだから、人生とは不思議なものだ。
 何処か遠い目になりつつ記憶を思い返していたラルスは、アイリーンが叩きつけるようにして書類を置く音を耳にして、我に帰る。

「それに、ジュストだって何も手を打っていない訳じゃないよ。マリアには勲章だって与えられているし、陛下からも今回の功労者として多大な報奨を頂いている。あとフォランド家を納得させる為に必要なのは権力者の後ろ盾と、何処かで生きているだろう彼女の両親が、名声を手にし貴族となった彼女につきまとわない、という確証だ。今はそれを得るために必死になって根回しをしている」
「だったら顔を合わせてそう言ってやればよろしいのです! 会いにも来ないのですよ、あの男! マリアがどんな思いであの嫌みったらしい御令嬢の妄言を聞いているか分かっていらして!? わたくし達は英雄ですのよ!? それを、ちょっと歴史のある家柄だと言って、不躾に容姿を馬鹿にするような真似を……ッ、そもそも、頼んでいた医療魔法の使い手はまだ見つからないのですか!」
「聖女である君にも治せないなら、国内どころか大陸にだって治せる人間なんていないよ」

 言い過ぎた、と思ったのは言葉にしてからだった。
 ラルスは、最近のジュストがどれほど厳しい時間配分で事を成そうとしているか知っている。戦場では不眠不休で三日は戦う男が、まるで気絶するように眠った場面も見ている。
 その努力を全て、マリアに肩入れするばかりに不足しているとでも言うように切り捨てるアイリーンへの苛立ちが、そのまま口に出てしまった。

 顔を上げたアイリーンが、やや青ざめた顔でラルスを見つめている。そんな顔をさせたかった訳ではないのに、と思ったが、この場で口に出す権利はなかった。

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