緊急会議:勇者パーティの恋愛事情について

藍槌ゆず

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「……分かっております。わたくしの力不足ですわ。全てがそうです」
「そんなことないよ」
「いいえ、そうです。わたくしが聖女としてもっと力があればマリアの傷だって治せましたし、この国の正当な血を引く貴族であったなら彼女の立場の補強だって出来ましたわ。分かっております、八つ当たりですもの。……ごめんなさい、ラルス、お仕事の邪魔をして、」
「アイリーン、これは僕だけじゃなくみんなが知ってることだけど、君は素晴らしい聖女だよ」
「……親友の苦痛を和らげてやることすら出来ないのに?」

 普段は勝ち気な光を宿す瞳が、頼りなく揺れている。彼女はいつも強気だが、普段よりも更に強気に、下手をすれば傲慢に振る舞うのは、いわば不安の裏返しだ。
 そんなことは三年の付き合いで嫌というほど分かっていたのに、普段と同じく売り言葉に買い言葉で返してしまった。

「マリアは君がいることで随分と癒やされてきたじゃないか。初めて笑顔を見せたのだって君の前でだ。ジュストが好きだって相談されたのも君だし、僕だって知りたかったのに君ばっかり秘密の魔法指南受けてたし、未だに様づけで呼ばれてないの君だけだし、マリアはきっとジュストと同じくらい、君が大事だよ」
「…………ひらめきましたわ、最早わたくしがマリアと付き合えばよろしいのではなくて?」
「ジュストが泣くからやめてやって」
「泣けば良いのですわ! あんな男! 初対面であんな無礼な真似をしておいて、ちゃっかりマリアの心を射止めていきやがったのですもの!! こんちくしょうですわ!」
「……度々思うけど、君、荒くれ者共に言葉遣い影響されすぎ」

 とある街で立ち寄った酒場で、アイリーンはそこにたむろす荒くれ者共に酷い侮蔑の言葉を投げられた。とても淑女に向けられる言葉ではないそれに思わず剣を抜き掛けたラルスの前で、アイリーンは片手で優雅に髪を払い、卓上の酒瓶を蹴っ飛ばし、踵を叩き付けるように足を乗せて告げたのだ。
 『早々お目にかかれない美人を前にしてはしゃいでいやがる所申し訳ないのですけれど、わたくし、此処に交渉に来てやったんですの! 聖女様のご加護で好きなだけポーションくれてやるから重要事項を洗いざらい吐いていきやがれですわ!!』
 その後は逆上した荒くれ者を千切っては投げ、千切っては投げ、最終的には荒くれ者ではなく聖女の方を羽交い締めにして止めるラルスを、ぽかんと見つめてから笑い出した彼らの協力によって、勇者パーティは無事に『業炎の渓谷』を越えることが出来た。忘れようとしても忘れようがないほどに、強烈に刻み込まれた記憶だ。

「それで緊急会議……って訳か……まあ、事情は分かったよ」

 頷いて立ち上がったラルスは、アイリーンのデスクに積まれた、すっかり終わっている書類の山を一息に捲り、十枚ほど選んで取り出す。不備がございましたか、と憮然とした顔で呟くアイリーンに、ちょっとね、と苦笑を返す。

「とりあえず僕の方でもジュストには話をしてみる。ただ、やっぱりどうしても当人の問題だから、二人が出した結論を僕らの方で歪めるべきではないと思うよ」
「その結論が二人にとっては不幸だったとしてもですか?」

 不備のあった書類を引ったくるように受け取ったアイリーンが、席へと戻るラルスに恨めしげな視線を送る。
 座り直したラルスはその視線を受け流すように笑い、何処か冷めた声で呟いた。

「恋愛ってのはさ、自分たちで乗り越えられないなら、ある程度は諦めるべきだと思うんだよ」
「…………わたくしはそうは思いませんわ」
「そうだろうね。でも、僕らはもう成人していて、ただそこに愛があるだけで許される立場じゃなくなってる。君だって僕のこと好きでもないのに僕の婚約者になってるだろ? それは必要だからそうなっているんだよ。
 だから、ジュストとマリアも、どうしても恋を通したいなら、その『必要』を用意しなきゃならない。勿論、僕だって協力を惜しむつもりはないよ。でも、結局は当人が乗り越えなきゃならない問題だ。違う?」
「ええ、まあ……そうですけれど……、そうかもしれませんけど……」

 頭では理解していても心では納得しきれないのだろう。眉根を寄せて唸るアイリーンに、ラルスは苦笑を浮かべて肩を竦める。

「それに、言っとくけどジュストの情熱だって君に勝るとも劣らないよ。マリアが世界で一番好きなのはもしかしたらアイリーンかもしれないけれど、マリアのことを世界で一番好きなのは、君じゃなくてジュストだって断言出来る」
「…………あの朴念仁が? 信じられませんわね」
「そりゃあ、ジュストは人前では大袈裟に愛を示したりしないから。いやあ……凄いよ、なんかもう……怖いよ、アレ」

 ラルスがあまり二人の仲を心配していない点が此処にある。当初こそ反りが合わず、下手をすればパーティ内でも最も相性が悪いと言えたマリアとジュストだったが、途中、魔族に襲われた村を奪還する際のマリアの覚悟を見てから、ジュストは随分と変わった。

 マリアは炎に対して大きなトラウマがある。小さな火ですら恐ろしくて身体が強ばってしまう。それは幼少の頃のトラウマ故に仕方がないことだった。
 そんな彼女が、火を放たれ燃えさかる村の家に取り残された幼子を助けるため、自ら炎へと飛び込んでいったのだ。
 あとで話を聞いた時には水魔法で身体を防御したから大丈夫、などと言っていたが、あの時はメンバー全員が既に限界だった。いつ魔力が切れてもおかしくなかったのだ。

 ラルスとジュストは村民の救助と襲い来る魔族からの防衛、アイリーンは負傷した者の治療。誰一人、幼子の泣き声が聞こえていても助けにはいけない状況に歯噛みしていた。
 避難した村人を守る為の結界を張っていたマリアは、杖に殆どの魔力を込め結界の楔とすると、ひとり外へと飛び出していった。その背に叫ぶように呼び掛けたアイリーンの声を今でも覚えている。
 震える足で燃えさかる家へと飛び込んだマリアは、泣きじゃくる子供を腕に抱え戻ってくると、アイリーンへと申し訳なさそうに手渡した。自分に治療は出来ないから、と。思わず怒りと心配で怒鳴りつけたアイリーンに、マリアは何を言うでもなく、ただ眉を下げて笑った。

 それからだ。ジュストがマリアを強く気に掛けるようになったのは。防御が足りなかったのか手の甲に水ぶくれを作ってしまったマリアの為に薬を塗ってやり、髪が焼け落ちてしまったことで晒された顔をせめて隠せるようにと帽子を用意してやったり、これまでの非礼を詫び、彼女を気遣うようになった。
 勿論、今までもパーティメンバーとして当然の気遣いはしていたが、それ以上に気に掛けるようになった。

 ジュストがマリアを仲間として受け入れていなかったのは、彼女があくまでも覚悟もなく、ただ流されるままにパーティに加わったと察していたからだ。
 戦う覚悟を持たない者に、ジュストは過剰なほどに冷淡な態度を取りがちだ。それが、何の覚悟もなく戦場に立ち、命を落としていった者への苛立ちと、それを守れなかったことへの後悔であることを、ラルスはよく知っている。
 ひとたび仲間として受け入れれば、逆にジュストは驚くほどに情に溢れた男だ。その情がマリアに対してはなんか妙な方向に行っているな、とは察していたラルスだが、怖かったので特に言わないでおいた。馬に蹴られる趣味はないのだ。

 旅を続けて一年半が経つ頃、とある街の破落戸がマリアの容姿を揶揄したことがあった。
 見たかよ、身体は極上なのにな、あんな化け物抱ける気がしねえぜ、だとか、確かそんなような文言だったと思う。
 全く何処に行っても無礼なものはいるものだ、と不快感と怒りは覚えたが、幸いにもマリアとアイリーンの耳には入っていないようだったので、変に意識させるのも忍びなく、後で適当に締めてやるか、とむしろその場から早く離れられるようにと足早に宿へと向かったのだ。

 その時、途中で姿が見えなくなっていたジュストは、戻ってきた時には短刀を拭っていた。嫌な予感がしたので突っ込まないでおこうかと思ったが、あまりにも怖くなったので一応聞いておいた。『殺ってないよな?』とだけ。答えは『切り落とした』だった。何をとは聞けなかった。

 恐らくだが、令嬢達の口にしていた嫌味をジュストが耳にすれば、剣こそ抜きはしないが、代わりに暴力以外のあらゆる手段に出ることだろう。そういう男なのだ。知らなかったが。パーティメンバーとなる前から付き合いはあれど、流石に友人が色恋でどんな風に心を乱すかまでは把握していない。

「正直、マリアの為には別の男と付き合った方が身のためだと……なんか寒気がしてきたから黙るね……」
「寒気ですか? 部屋の空調魔法に異常はなさそうですが、体調が悪いようなら、わたくしが診て差し上げましょうか」
「あー、いや、いいよ、大丈夫……うん……」

 恋する男の怨念が漂っている気がする、とは言えなかったので、ラルスは黙って羽織り物を肩に掛けた。未だに書類の山はふたつほど残っている。これは流石に婚約者であれど任せる訳にもいかない代物だ。

「とにかく、頼られてもいないのに僕らが下手に動くのはよそう。勝手に気を回すことが迷惑になることだってあるだろ?
 大丈夫、あと二週間もすればなんとかなるからさ。一先ず二人を信じて待とうよ」
「…………リーダーがそこまで言うのなら、わたくしは従うだけですわ」

 旅の道中でも何度か聞いたフレーズだ。思わず苦笑したラルスに、アイリーンは小さく鼻を鳴らしてから、差し入れに渡すつもりだったらしいバスケットを置いて、嵐のような勢いで執務室を去っていった。

 本当、変わらないよな、と苦笑しつつ、ただただ無言で、空気のように雑務をこなしていた秘書へと目をやる。

「内緒だよ?」
「……承知しました」

 アイリーンはあれで中々、外では淑女らしく振る舞っているのである。頭に血が上っていることと、ラルスの前だということで、旅の時の同じような態度が出てしまったのだろう。
 『慈愛の聖女アイリーン』がとんだ荒くれ少女だったとは夢にも思っていなかったらしい秘書がひたすら衝撃に耐えているのを、ラルスは何となく横目で認識していた。特に退室を命じなかったのは、彼ならば大丈夫だろう、と思ったからだ。

 ふう、と息を吐き、一向に減らない山を前にひとつ伸びをする。気合を入れるべくアイリーンの作ったサンドイッチを齧りながら、ラルスは帰りにジュストの様子を見に行くべく、脳内でスケジュールの調整を始めた。


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