緊急会議:勇者パーティの恋愛事情について

藍槌ゆず

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「あ、そ、そうだ、私の方は、その、順調だけど、アイリの方は? ど、どうなの?」
「? どうって? 何が?」
「ほ、ほらっ、ラルス様と……婚約したんでしょ?」
「ああ、あれね。政略として結んだだけだから、わたくし達の間にはマリア達のような愛だとかは無いのよ。つまらない話でごめんなさいね」

 目元を拭いながら身を離したアイリーンに、マリアはぽかん、と惚けたように口を開いた。

「えっ? えっ、あれっ? ま、待って、アイリ……ええと、ちょ、ちょっと待ってね」
「勿論、マリアが待てというなら幾らでも待つけれど……一体どうしたのよ、そんなに狼狽えて」

 おかしな子ね、と笑うアイリーンをちらちらと見やりながら、マリアは口元に手を当てて小さく呟き始める。思いついた魔法理論を組み立てる時に出るものと全く同じ癖だ。

「お、おかしいな……流石にそろそろ言っている筈だと思ってたんだけど……はっ、まさかまだ芽生えてない……!? そ、そっか、アイリ、そういうところ……成る程……ど、どうしよう……え、でも、それじゃ同意もなく婚約を……ううん、ひ、必要なことだから……貴族様ってそういうのが……ああでも……み、見過ごせない……多分大丈夫だろうけど……やっぱり駄目ってなったときが大変すぎるよ……」
「マリア? ねえ、ちょっと、どうしたのよ。大丈夫?」

 研究者気質なマリアは、ひとたび思考の海に呑み込まれると中々戻って来ない。下手をすると一時間近く潜ってしまうことがあるので、意識が浅い内に引き戻さなければならなかった。
 薄いストールに覆われた肩を軽く揺さぶる。大抵は他者から触れられればすぐに我に帰るのだ。今回もそうだったようで、アイリーンに触れられたマリアは中々見せない勢いで顔を上げた。

「アイリ! その、ラルス様のこと、ど、どう思ってるか、聞いても、いい……?」
「え? ラルスのこと? そうね……リーダーとしては頼もしいし、まあ、一般的に見て良い男なのではなくて?」
「そ、そう……ええと、……アイリはこれから、ラルス様と夫婦になる、んだよね」
「まあ、そうね。流石にわたくしを野放しにしておきたくはないでしょうし」

 アイリーンはかつての戦争時に捕らえられ、幽閉されていた敵国の姫を祖母に持つ聖女だ。爵位こそ与えられ、貴族として扱われてはいるが、アイリーンは未だ自身が上の世代からは戦勝の証とされている空気を感じ取っている。光の加護を得た、と聞いてやって来た時の使者の顔と来たら、二三発ぶん殴ってやろうと思ったくらいだった。
 だから、聖女として功績を上げたアイリーンを第一王子の婚約者にしたい、という王族の思惑も分からなくもない。褒美と地位を与えるから、禍根は流せ、と言うことだ。

「ただ、手元に置いておくだけなら第四王子くらいの妃にしても良いと思うのよね。正妃の子ではないから権力からも遠ざけられるでしょうし。ラルスはその辺り、希望はなかったのかしら?」
「………………………………………………希望は、したんだと思うよ」
「そう。まあ、第一王子と言えど陛下の意向を捻じ曲げられるほどの権力はないわよね。この国は正妃以外の女性を娶っても良いのだし、わたくしが一人二人産んだら、好みの女性を探すつもりなのかもしれないわね」
「……………………………………アイリ」
「なあに?」
「私は、今から、怒ります」
「えっ」

 マリアは滅多に怒りを露わにしない。幼少期から自分を抑え込んで生きてきたマリアには、そもそも他人へ怒りを向けるという行為が不向きすぎるのだ。自分が他者の怒りに虐げられてきた分、誰かにそんな嫌な思いをさせたくない、と我慢する方向に行きがちだ。
 そしてそんなマリアが怒る、ということは、それはもう、本当に怒っているということに他ならない。
 思わず身構えたアイリーンに、マリアは握り拳を作って立ち上がった。

「鈍感にしても限度があるよ!! それにっ、ラルスがそんな不誠実なことするって思ってるの!? ホントに!?」
「い、いえ、その、これは一般的な、これまでの歴史を見てそう思っただけで……ええと、まさか、ラルスがそんなことするとは思ってないわ、よ……?」
「じゃあそんなこと思っても口にしない! き、聞いてなかったから良いけど、もしもラルスが聞いたらどんな気持ちになるか考えて!!」
「は、はい……」
「そっ、それに、アイリは夫婦になるってこと、ちゃんと考えてないでしょ!」

 剥れた顔で腰を下ろしたマリアが、ぐい、と手に持ったグラスを飲み干す。お、お酒でも入っていたかしら、と今更ながらに首を傾げるアイリーンだった。

「子供を作るって事を、なんか、こう、ポーションでも軽くぽんっと作るくらいに考えてるでしょ!!」
「まさか、そんなことはありませんわ! 命の営みですのよ、大事なこととして捉えていますわよ、勿論」
「じゃあアイリはラルスとキスしたり、手を繋いだり、抱き締め合ったり、そ、っ、そういうことするってこと、かんっ、考えたことある!?」

 先程までとは違う理由で顔を真っ赤にして叫んだマリアに、アイリーンは流されるままに頷き掛け、そこでぴたりと動きを止めた。
 長い睫に縁取られた瞳が一瞬、逃げるように宙へと向けられ、そっと、窺うようにしてマリアへと戻る。ふー、ふー、と興奮冷めやらぬ様子で赤い顔で鼻息を零すマリアを数秒見つめたアイリーンの頬が、対面の彼女と同じく、真っ赤に染まった。

「か、か、考えたことは、ありませんでしたわ……その……いえ、わたくし……ええと、と、殿方とそんな……だって、ラ、ラルスは仲間ですもの……」
「じゃあ、も、もっと、もっとよく考えて! よく考えてあげて! ラルスの為に!」
「え、ええ……そ、そうね……確かに、覚悟もなく望んでは、し、失礼というものよね……?」
「う、うーん、ッ、ちょっと違うけど、今は、それでもいいから! 約束ね!」

 ぎゅ、と手を握られ、力強く約束を取り付けられる。頷きを返したアイリーンに満足したように笑みを零したマリアが、よし、と気を取り直したように立ち上がり、休憩室の扉へと向かう。
 流石にそろそろ二人に対応を任せきりにするのも悪いと思い、戻ることに決めたのだ。振り返るマリアに続いてアイリーンが立ち上がり、二人は気の抜けたように笑みを交わして扉を開け──、

 そして、扉の前で目を逸らすラルスとジュストを見て固まった。

 マリアの口からは、ほわあ、と空気が抜けるような悲鳴が上がった。丁度、ダンジョンで蛇型モンスターの死体を踏んだ時と全く同じ悲鳴だった。

「じゅ、ジュッ、ジュスト様……! い、いつからそこに……」
「…………少し前だ」
「ど、どの、どのくらい前、ですか?」
「……………………」

 ジュストは無言で目を逸らしたまま、マリアの手を取った。答えるつもりは無いらしい。というより、隣の男を思いやって答えられない、と言ったところが正しいか。
 マリアは真っ赤な顔で冷や汗をかく、という器用な真似をしつつ、隣に立つラルスをちらり、と見やった。笑顔だった。そう、つまり、一個師団規模のモンスターの群れを相手にどうやって全滅させてやろうかと策を練っているときと同じ類いの笑みを浮かべていた。

「ら、らら、らららラルス様……あの、私、決して……決して不用意な気持ちで……あの……」
「うん、分かってるよ。マリアはいつだって優しいからね」
「…………」
「でも、動機が優しさであれば何をしてもいいって訳じゃないよね?」
「……お、仰るとおりです」

 こくこくと、首がもげるんじゃないかという勢いで頷くマリアに、ラルスはそれまで身に纏っていた険のある空気を、苦笑と共に和らげた。

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