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9. 「トイレどこですか?」
しおりを挟む俺は男としての尊厳の確認もせず、もうふて寝することにした。
もう、無理だ。
ベッドはめちゃめちゃふかふかだったけど、俺は硬めの布団の方が好みだし、腰への負担軽減のために、ちょっといい硬めのベッドを向こうで買ったばかりだったから思い出したら何だかもったいなくてため息が出た。
自分の世界に帰れなくても、肉屋に帰りたい。
あのグリフォンのテールスープを飲みたい。
あ、グリフォンに怒られるかな。
俺が勝手に出てきたのに、今になってこんなことを思うのはおかしいと思うけど、俺はもうめちゃめちゃ弱っていて、肉屋に帰りたかった。
立派な部屋は、一人では静か過ぎて、肉屋で常連さんたちと話したり、バルさんが切った肉を運んだりしたのが思い起こされて、居心地が悪かった。
バルさんに「ここにいていいんだぞ」と言われたことを思い出す。俺はそれを踏みにじってここに来たのに、バル殿下に塩対応されてめちゃめちゃ弱っていた。バルさん本人ではないにしても、同じ顔で違う態度に脳がバグを起こしている。
にしても、さっきの最後の冗談は何だったんだ。笑えないけど、俺の男としての尊厳が保たれていれば結婚しなくてすむし、バル殿下にとってはそれが一番いいんだろう。
もしかしたら好きな人がいたのかも知れない。
俺は何となく申し訳なくなる。
バル殿下の幸せのためにも俺の幸せのためにも、国にはゴメンナサイして、俺の男としての尊厳の確認を何としてでもしなければと、一念発起した。
ふかふかのベッドは起き上がるのが少し大変で、寝ていたいと思ってしまった。
とはいうものの。
自分で自分にプレッシャーをかけているようで重圧感が凄くて緊張するからか、俺のモノは全くうんともすんとも返事をしない。そうこうしているうちに、トイレに行きたくなってきた。
もしかして、ホテルみたいな立派な部屋だから、トイレがついているかもなどと思ったが、部屋の中には馬鹿でかい衣装部屋みたいなところしかない。
俺はソロッと廊下に出た。
廊下も広くて何か高そうな真っ赤な絨毯が敷いてあって、窓も広くて、謎に壺とか飾ってあって、絶対壺は高いから、触って割ったら大惨事だからと、飾ってあるものの反対側を歩く。
足に当たる絨毯の感触がフワフワで気持ちいい。絶対高級なやつだ。城だしな。
ソロソロと歩くが、全くトイレらしきものを見つけられない。ちょっと我慢の限界だよ、と思っていたところに向こうから歩いてきたのは、まさかの肉屋であった、キラキラテカテカのミュージカルおじさんだった。
「オリー!!」
俺が肉屋でのことを思い出して面倒くさいなと思いながらソロソロ歩いていると、ミュージカルおじさんは、俺を見つけ両腕を広げ足早に近寄って来た。
今オリーって呼んだよね。俺違うって言ったじゃん。
そのままハグしそうな勢いだったミュージカルおじさんをかわして、俺は会釈をした。
「どうも。……えーと、エイ……ジェイブリルさん」
エイ何とか家のおじさんだったはず。
エイ何とか家は、王城内をこんなにウロウロしてて怒られないような偉い人なんだろうか。
今日はお付きの人はおらず一人だ。
「オリー、会いたかったよ!!」
結局大袈裟にハグされて、俺はトイレに行きたいので失礼しますと言うべきかどうか迷っていた。この人トイレまでついてきそうだし。
とりあえず適当にあしらって、何とかお帰りいただくわけにはいかないだろうかと、俺が様子見していると、ジェイブリルさんは俺が何も言っていないのに、「いやー、君がここにいるなんて驚いたよ!」と言ってニコニコして俺に顔を寄せた。
「この間肉屋で会った時は『なぜこのようなところに』と思ったものだが、なるほどなるほどバルドゥール殿下のお手付きだったと言うわけだな」
言われた内容に俺は「は?」と思った。
お手付きってアレだろ、かるたとかで間違えて取っちゃって、一回休みってやつ。
――――じゃなくて、アレだろ、ご主人様と身体の関係があるって揶揄してる、んだよな。
「肉屋にしては、覇気があると思えば、まさかバルドゥール殿下だったとはなぁ。逢瀬の邪魔をしてしまったようで申し訳なかった」
俺はカッとなってしまって、思わず手を振りかぶっていた。プロレスラー直伝のビンタをぶちかますつもりで全力で振りかぶった。
「エイドラム公、無粋なことを言われる」
声が後ろから降ってきた。手首はガッチリ掴まれていた。
「……っ、バルドゥール殿下!」
ジェイブリルさんは頭を下げる。俺もプラーンと腕を掴まれたまま、頭を下げた。
恐る恐る顔を上げると、バル殿下は眉間にギュッとシワを寄せて鋭い目でジェイブリルさんを見ていた。
「申し訳ありません。それでは失礼いたします」
ジェイブリルさんはさっきまでの話はなかったことになったように、頭を下げたままそそくさと立ち去って行った。
「知り合いだったのか?」
バル殿下は俺に問う。俺は首を傾げた。
「うーん……何か行方不明の甥っ子に似てるって言われて……」
「は?!」
バル殿下が思いっきり大声をあげたので、俺の鼓膜には大ダメージだった。
声がでかい。
しかも、未だに持っていた俺の腕を掴んだ手の力がギリッと強くなる。俺はそっとバル殿下の手を腕から外した。
「エイドラム公の弟君の息子さんは……お前とはまるで似ていないぞ。しかも5歳だ」
バル殿下は断言した。
「ご、5歳……って。似てる以前の問題じゃないか。あんなに似てるって言ったのに? 俺のこと『オリー』って呼んでたのに?」
俺はがく然とした。何なのあのミュージカルおじさん。俺が5歳に見えたのか。
「ああ。で、何でウロウロしているんだ?」
「トイレどこですか?!」
思い出したらめちゃめちゃしたくなって、俺はバル殿下に詰め寄った。
「こっちだ」
バル殿下は俺がバル殿下の手を外した腕をまた取って引っぱった。
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