いつの間にかそこは肉屋でした

松本カナエ

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12. 「俺も、好きな味」

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 グリフォンのテールスープを飲んだ俺は、だいぶ気持ちが落ち着いたようで、自分でもわからなかったが疲れていたんだなと思った。
 グリフォンに会えて、アニマルセラピー効果もあったのかもしれない。こんなことを考えてたらきっとグリフォンは不満をもらすと思うけど。
 それにしても、グリフォンがバル殿下のお使いをするとは思わないけど、グリフォンのテールスープの話題を出したのはバル殿下だけだし、テールスープはバルさんの味だった。
 結局謎は解けていない。



 コンコン……

 控えめなノックの音と、「入るぞ」とバル殿下の声がして、俺は慌ててドアの鍵を開けに行った。

「鍵なんてかけてたのか」

 バル殿下はまた渋い顔をして、俺を見て、それから、まだ残っていたテールスープの容器に目をやった。

「それは……?」

「グリフォンのテールスープありがとう。完食したよ!」

 俺はバル殿下が頼んで持ってきてくれたテールスープを全部飲んだことをアピールしようと容器の中を見せた。

「っ、俺は頼んでいない! 毒など入っていなかったか? 眠くなったりは?」

 バル殿下の顔色が変わり、俺の顔色も青ざめた。
 バル殿下じゃなかった。あの懐かしい味のテールスープをグリフォンに持ってくるように頼んだのは。バル殿下とテールスープの話をしていたから、すっかりバル殿下だと思い込んでいた。
 俺は、何だかんだグリフォンを信じている。
 だから、グリフォンが毒を持ってくるはずはないとわかる。
 グリフォンは「お前のバルドゥール」「バルドゥールはお前を助けるために忙しい」と言っていた。
 そのバルドゥールが殿下のことじゃないのだとしたら。
 なぜグリフォンはバルドゥールと呼ぶのか。バル殿下以外にバルドゥールと呼ばれても不自然じゃない人を俺はバルさんしか知らない。
 俺が思考の迷路に入っている間にも、バル殿下はテールスープの容器の匂いをかぎ、容器に残ったスープを毒でも入っているかのように慎重に舐めた。

「……これは」

 バル殿下が驚いたような声をあげたので、俺の背中には一瞬で汗がにじんだ。
 ちょっと目を細めてバル殿下はもう一度容器の中のテールスープを味わう。
 毒ではないよな。
 探偵モノみたいに「これは青酸カリ!」みたいなことないよな。

「……これは、誰が持ってきた?」

 名探偵バル殿下は、容器を俺に向けて問うた。
 俺は、グリフォンのことを話すのはためらわれて、黙った。

「俺、か?」

 バル殿下は不思議なことに恐る恐るという感じで聞いてくる。

「えっ?」

 俺はドキッとした。
 バル殿下は、バル殿下が俺にテールスープを持ってきたと思ったのか?
 バル殿下はバルさんを知っているのか。

「違う、けど、俺はバル殿下とグリフォンのテールスープの話したから、てっきりバル殿下だと思って……」

 何を言い訳しているんだかわからないが、俺はグリフォンのこととバルさんのことを誤魔化したかった。
 何だか、知られてはいけない気がして。

「食べちゃってごめん……」

 俺がそう言うと、バル殿下は苦笑いした。

「美味しかっただろう? 俺も好きな味だ」

 言われて、俺は「あれっ?」と思った。バル殿下が思った以上に優しい顔をしていた。

「俺も、好きな味」

 俺は素直にそう返した。

「食事、迎えに来るって言ってたけど忙しかったんだな」

 普通に話したつもりだったのに声に思った以上に不満の色が乗ってしまった。俺は思った以上に一人で食事するのが詰まらなかったみたいだ。

「ああ、俺とお前の婚姻について、何とかならないかと色々調べていたんだが……」

 バル殿下は一度そこで目を細めた。

「俺はお前としても悪くないと思い始めている」

 俺は一瞬何を言われたかわからなかった。

「はぁぁ??」

 一瞬遅れて、大きな声が出た。
 バル殿下は俺の大声に目を見開いて、それから笑った。
 笑うとバル殿下はバルさんそのもののように似ていた。

「冗談だよな?」

 俺が聞くと、バル殿下は笑いを引っ込めた。

「冗談で言えるか。お前に迷惑をかけて、もう二度とお前の世界に帰れないのだから、俺が責任を取って結婚する」

 俺やっぱり二度と帰れないのか。
 バル殿下の口から聞くと、本当にもう無理なんだと実感してしまう。
 にしても、女の人を妊娠させちゃった男みたいなこと言ってるけど、そんな責任取ってもらわなくていい。
 俺は本当にここに来たことを後悔していた。

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