いつの間にかそこは肉屋でした

松本カナエ

文字の大きさ
12 / 25

12. 「俺も、好きな味」

しおりを挟む



 グリフォンのテールスープを飲んだ俺は、だいぶ気持ちが落ち着いたようで、自分でもわからなかったが疲れていたんだなと思った。
 グリフォンに会えて、アニマルセラピー効果もあったのかもしれない。こんなことを考えてたらきっとグリフォンは不満をもらすと思うけど。
 それにしても、グリフォンがバル殿下のお使いをするとは思わないけど、グリフォンのテールスープの話題を出したのはバル殿下だけだし、テールスープはバルさんの味だった。
 結局謎は解けていない。



 コンコン……

 控えめなノックの音と、「入るぞ」とバル殿下の声がして、俺は慌ててドアの鍵を開けに行った。

「鍵なんてかけてたのか」

 バル殿下はまた渋い顔をして、俺を見て、それから、まだ残っていたテールスープの容器に目をやった。

「それは……?」

「グリフォンのテールスープありがとう。完食したよ!」

 俺はバル殿下が頼んで持ってきてくれたテールスープを全部飲んだことをアピールしようと容器の中を見せた。

「っ、俺は頼んでいない! 毒など入っていなかったか? 眠くなったりは?」

 バル殿下の顔色が変わり、俺の顔色も青ざめた。
 バル殿下じゃなかった。あの懐かしい味のテールスープをグリフォンに持ってくるように頼んだのは。バル殿下とテールスープの話をしていたから、すっかりバル殿下だと思い込んでいた。
 俺は、何だかんだグリフォンを信じている。
 だから、グリフォンが毒を持ってくるはずはないとわかる。
 グリフォンは「お前のバルドゥール」「バルドゥールはお前を助けるために忙しい」と言っていた。
 そのバルドゥールが殿下のことじゃないのだとしたら。
 なぜグリフォンはバルドゥールと呼ぶのか。バル殿下以外にバルドゥールと呼ばれても不自然じゃない人を俺はバルさんしか知らない。
 俺が思考の迷路に入っている間にも、バル殿下はテールスープの容器の匂いをかぎ、容器に残ったスープを毒でも入っているかのように慎重に舐めた。

「……これは」

 バル殿下が驚いたような声をあげたので、俺の背中には一瞬で汗がにじんだ。
 ちょっと目を細めてバル殿下はもう一度容器の中のテールスープを味わう。
 毒ではないよな。
 探偵モノみたいに「これは青酸カリ!」みたいなことないよな。

「……これは、誰が持ってきた?」

 名探偵バル殿下は、容器を俺に向けて問うた。
 俺は、グリフォンのことを話すのはためらわれて、黙った。

「俺、か?」

 バル殿下は不思議なことに恐る恐るという感じで聞いてくる。

「えっ?」

 俺はドキッとした。
 バル殿下は、バル殿下が俺にテールスープを持ってきたと思ったのか?
 バル殿下はバルさんを知っているのか。

「違う、けど、俺はバル殿下とグリフォンのテールスープの話したから、てっきりバル殿下だと思って……」

 何を言い訳しているんだかわからないが、俺はグリフォンのこととバルさんのことを誤魔化したかった。
 何だか、知られてはいけない気がして。

「食べちゃってごめん……」

 俺がそう言うと、バル殿下は苦笑いした。

「美味しかっただろう? 俺も好きな味だ」

 言われて、俺は「あれっ?」と思った。バル殿下が思った以上に優しい顔をしていた。

「俺も、好きな味」

 俺は素直にそう返した。

「食事、迎えに来るって言ってたけど忙しかったんだな」

 普通に話したつもりだったのに声に思った以上に不満の色が乗ってしまった。俺は思った以上に一人で食事するのが詰まらなかったみたいだ。

「ああ、俺とお前の婚姻について、何とかならないかと色々調べていたんだが……」

 バル殿下は一度そこで目を細めた。

「俺はお前としても悪くないと思い始めている」

 俺は一瞬何を言われたかわからなかった。

「はぁぁ??」

 一瞬遅れて、大きな声が出た。
 バル殿下は俺の大声に目を見開いて、それから笑った。
 笑うとバル殿下はバルさんそのもののように似ていた。

「冗談だよな?」

 俺が聞くと、バル殿下は笑いを引っ込めた。

「冗談で言えるか。お前に迷惑をかけて、もう二度とお前の世界に帰れないのだから、俺が責任を取って結婚する」

 俺やっぱり二度と帰れないのか。
 バル殿下の口から聞くと、本当にもう無理なんだと実感してしまう。
 にしても、女の人を妊娠させちゃった男みたいなこと言ってるけど、そんな責任取ってもらわなくていい。
 俺は本当にここに来たことを後悔していた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

イケメンな先輩に猫のようだと可愛がられています。

ゆう
BL
八代秋(10月12日) 高校一年生 15歳 美術部 真面目な方 感情が乏しい 普通 独特な絵 短い癖っ毛の黒髪に黒目 七星礼矢(1月1日) 高校三年生 17歳 帰宅部 チャラい イケメン 広く浅く 主人公に対してストーカー気質 サラサラの黒髪に黒目

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

処理中です...