いつの間にかそこは肉屋でした

松本カナエ

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13. 「荷解きしてなかっただけだよ」

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 俺は結局バル殿下にうまい返事を思いつかず、会話がとぎれたまま、バル殿下はテールスープの容器を持って去って行った。多分容器を色々調べたりするんだろうなと俺はぼんやりそれを見送った。


 そして俺は、部屋の中に広げっぱなしになっていたモバイルバッテリーやら何やらをしまって、荷物をまとめた。
 簡単に抜け出せるとは思っていないけど、グリフォンが呼べば来ると言っていたから、最悪グリフォンに乗ってここを出れたらとざっくり考えていた。
 窓を開けてみる。
 新鮮な空気が入ってくるのを初めて感じた。よほど息を詰めていたのだと気づいた。グリフォンが来た時ですら深く息を吸っていなかったんだ。
 ここは何階なんだろう。窓から見える景色は煌めいていて、森と城下に広がる活気ある街が見える。真下には、サキドゥール第二王子のお母さんが大好きだった庭園。

「あまり身を乗り出して下を見ないで下さい。庭園が見たいなら、降りましょう」

 俺が、庭園を眺めていると、後ろから声がかかった。
 いつの間に部屋に入ったのか、またノックに気づかないほど景色に集中していたのか、俺の後ろにサキドゥール第二王子が微笑んでいた。あの時月の光で輝いていた髪の色は、部屋の中で見ると落ち着いたアッシュグレーに見えた。サキドゥール第二王子の目の色は、よく見ると、王子のお母さんの好きだと言っていた花の色に似ていた。よく見たら全くバルさんには似ていなかった。髪の色も目の色も、雰囲気さえも。あの時、似ていると思ったのは何だったのかと思うくらいだ。

「私の母はそこから落ちたんです」

 サキドゥール第二王子が言って、俺は、ひえっと思ってハンズアップして、そろそろと窓から一歩後退った。サキドゥール第二王子は俺を受け止めるように支えた。

「荷物をまとめていますね。もしかして、出て行くおつもりですか?」

 俺は「あっ、しまった」と思ったし、顔にめちゃめちゃ出ていた。サキドゥール第二王子は小さな声を出して笑った。

「荷解きしてなかっただけだよ」

 俺は言い訳のように一応言ったが、サキドゥール第二王子は多分信じていなかった。少しだけ、眉を下げて曖昧に頷く。

「まあ、そういうことにしておきますね。でも、私はあなたがそうするべきだと思っていますので、出て行くおつもりなら陰ながら協力は惜しみません」

 サキドゥール第二王子の声は、静かだが意志の強さを感じる。

「申し訳ありません。私には権力とかいうものはないので、そういう部分では役に立てなくて」

 サキドゥール第二王子はポリポリと頬をかいた。何となくそれは感じていた。

「サキドゥールお……」

 俺が呼びかけるとすかさず、「ドルでいいって言いましたよ」と返ってくる。そういえば最初にそう言われていた。

「ドル王子……」

 それにも首を振って、「ドル、だけでいいですよ」とサキドゥール第二王子は言った。

「ドル。俺のこともモリトでいいよ」

 俺はドルに手を出して、握手をしようとしたんだけれど、俺の気持ちは全く伝わらず、ドルは俺の手の甲に口づけた。

「はあっ?!」

 俺は思わず手を引っ込めて、ドルは困惑したようにこちらを見た。

「何か間違えましたか?」

 間違えましたよね。
 あれ、これは俺が間違ったのか。
 俺は、口づけられた手の甲を拭いたりするのも失礼かと思ったから、どうすることもできずに手の甲を見つめ、その手の人差し指を立てた。

「とりあえず、荷物まとめてたことはナイショで」

 俺はドルにお願いした。
 内緒の身ぶりは間違っていないだろうか。

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