いつの間にかそこは肉屋でした

松本カナエ

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19. 「こんな顔何個もあるはずがない」

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 俺の心臓はドクンと跳ねた。
 知っていると言ったら、どうなるのだろう。知らないとも言えなかった。俺は何も言えなくて、バル殿下の顔を見つめ続けた。

「こんな顔何個もあるはずがない」

 バル殿下が言う。俺は首を傾げた。

「ドルとバル殿下も似てると思ったけど……」

 つぶやくと、バル殿下はフッと笑った。

「そうだな。目の色や髪の色が違うから、似ていないとよく思われがちだが、実はパーツは似ているんだ」

 よく見ている、と目を細めてバル殿下はまた渋面を作ると俺に頭を下げた。
 
「すまない。サキドゥールがお前にしたことは許されないが、あいつも、母親の亡霊にずっと囚われたままなんだ……」

 俺は兄弟仲がただ悪いだけではないことに少しだけ安心した。ドルはお母さんのことが大好きだったんだろうな、と思う。それをバル殿下は知ってて受け止めている。だが、ただただ狙われ続けたバル殿下も悲しいと思った。

「……一度ドルと会わせて欲しい。ちゃんと理由が聞きたい」

 バル殿下は俺に力強く頷くと、微笑んだ。

「それは約束しよう」

 上手く話が逸れたなと思ったが、バル殿下はまだ俺を見つめていた。

「それで、俺に似ている肉屋の、お前と恋仲の男というのはなんなんだ」

 俺はバル殿下から目を逸らした。恋仲の男という響きが、なんだか生々しい。同じ顔の人と、さっき俺はキスをしてしまったわけで。頬が熱くなったのがわかる。
 俺はバル殿下の方を見ることができなくてうつむいた。バル殿下は俺の顔を両手で挟んで上を向かせた。

「それとも、本当に俺と恋仲なのか? 俺の知らないうちに俺がお前とお忍びデートでもしてたっていうのか? 俺は二重人格かなにかなのか?」

 真剣な顔でバル殿下は言いつのる。俺はめちゃくちゃピンチなのに、この世界にも二重人格とかあるんだ、と妙なところに引っかかりをもってしまった。
 確かに、最初に会った時バル殿下のことをバルさんと間違えた。ちゃんとわかれば全然違うのに、正常に判断できないほど似ていたから。
 それもそのはずなのだ。
 さっきのバルさんの話を思い出す。
 息をついて、俺はバル殿下を見た。

「あの人……5歳の似てもいない甥っ子と俺が似てるって言った人なのに、そんな人の言葉信じるんですか?」

 バル殿下は俺の顔を見たまま笑った。笑うと本当にバルさんに似てる。真面目な顔も似てたけど。

「俺とお前は婚姻することになっているし、恋仲でもおかしくないか」

 急に悪いことを思いついたような顔をして、バル殿下が俺の頬を撫でた。

「えっ?」

「キスでもしてみるか?」

 頬を撫でていたバル殿下の指先が俺の唇を撫でる。

「えっ?」

 唇を撫でたバル殿下の指先が首もとからうなじを撫でる。

「それとも一度身体を重ねてみるか?」

 顔を寄せてバル殿下は耳もとにささやく。

「は?」

 俺がビックリして声を出すと、バルさんのいる衣装部屋みたいなところからガタッと音がした。

「……そこか」

 バル殿下はつかつかとその衣装部屋みたいなところに向かうとバンッと開けた。
 俺は慌ててバル殿下の後を追って、バル殿下の背中の後ろから隙間をのぞいたが、たくさんの衣装しか見えなかった。
 バル殿下は慎重に衣装部屋みたいな小部屋に入り込むと、服をかき分けた。

「ここに誰かいたんだろう?」

 バル殿下は俺の方を向くと言った。

「……俺と同じ顔の男がいたんだろう? 俺はずっと、生きていればと……」

 バル殿下が言い切る前に、バル殿下の首に、肉切り包丁が添えられた。

「動くな。顔を動かせば頭と身体が離れることになるぞ」

 バルさんだった。バルさんがバル殿下に背後から包丁をあてている。バル殿下は眉一つ動かさず、俺から視線を離さない。俺の目の中のバルさんを見据えるように目を見開いている。

「影だな」

 バル殿下がつぶやいた。

「今は肉屋のバルだ」

 バルさんが返す。

「ほう、やはりお前が肉屋なのだな」

 首もとに包丁を突きつけられたまま、バル殿下は笑った。

「恋仲の……フッ……」

 俺は、自分が包丁を突きつけられているわけじゃないのに、どうしたらいいかわからずに、動けずにいた。
 バル殿下は笑っている。

「お前が死んだと言われても、俺は実感がなかった。どこかで生きているだろうと、そうなんとなく思っていた。皮肉な運命よな。お前が異世界人を拾うとは」

「俺が異世界人の召喚の邪魔をしたからな」

「必然と言うのだな」

 笑っていたバル殿下が、自分から包丁の方へ傾いていく。スッと首に赤い線が入る。バル殿下の血が流れても、俺はオロオロしたまま二人を見ているしかできない。二人は落ち着いた様子で話している。同じ声、同じ顔で。

「さぞかし俺を恨んでいるだろうな」

 自嘲気味にバル殿下が言う。

「……いや、可哀想だと思っているよ」

 バルさんは穏やかな顔で包丁をあて続けている。

「可哀想だと? 可哀想だから引導を渡しにきたと言うのか」

 バルさんが、弾かれたように包丁を引っ込めた。

「ちがう。俺はモリトを迎えに来たんだ。モリトがいないと俺が寂しくて、大事だから」

 包丁をおろしたバルさんとバル殿下は向かい合った。


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