いつの間にかそこは肉屋でした

松本カナエ

文字の大きさ
19 / 25

19. 「こんな顔何個もあるはずがない」

しおりを挟む



 俺の心臓はドクンと跳ねた。
 知っていると言ったら、どうなるのだろう。知らないとも言えなかった。俺は何も言えなくて、バル殿下の顔を見つめ続けた。

「こんな顔何個もあるはずがない」

 バル殿下が言う。俺は首を傾げた。

「ドルとバル殿下も似てると思ったけど……」

 つぶやくと、バル殿下はフッと笑った。

「そうだな。目の色や髪の色が違うから、似ていないとよく思われがちだが、実はパーツは似ているんだ」

 よく見ている、と目を細めてバル殿下はまた渋面を作ると俺に頭を下げた。
 
「すまない。サキドゥールがお前にしたことは許されないが、あいつも、母親の亡霊にずっと囚われたままなんだ……」

 俺は兄弟仲がただ悪いだけではないことに少しだけ安心した。ドルはお母さんのことが大好きだったんだろうな、と思う。それをバル殿下は知ってて受け止めている。だが、ただただ狙われ続けたバル殿下も悲しいと思った。

「……一度ドルと会わせて欲しい。ちゃんと理由が聞きたい」

 バル殿下は俺に力強く頷くと、微笑んだ。

「それは約束しよう」

 上手く話が逸れたなと思ったが、バル殿下はまだ俺を見つめていた。

「それで、俺に似ている肉屋の、お前と恋仲の男というのはなんなんだ」

 俺はバル殿下から目を逸らした。恋仲の男という響きが、なんだか生々しい。同じ顔の人と、さっき俺はキスをしてしまったわけで。頬が熱くなったのがわかる。
 俺はバル殿下の方を見ることができなくてうつむいた。バル殿下は俺の顔を両手で挟んで上を向かせた。

「それとも、本当に俺と恋仲なのか? 俺の知らないうちに俺がお前とお忍びデートでもしてたっていうのか? 俺は二重人格かなにかなのか?」

 真剣な顔でバル殿下は言いつのる。俺はめちゃくちゃピンチなのに、この世界にも二重人格とかあるんだ、と妙なところに引っかかりをもってしまった。
 確かに、最初に会った時バル殿下のことをバルさんと間違えた。ちゃんとわかれば全然違うのに、正常に判断できないほど似ていたから。
 それもそのはずなのだ。
 さっきのバルさんの話を思い出す。
 息をついて、俺はバル殿下を見た。

「あの人……5歳の似てもいない甥っ子と俺が似てるって言った人なのに、そんな人の言葉信じるんですか?」

 バル殿下は俺の顔を見たまま笑った。笑うと本当にバルさんに似てる。真面目な顔も似てたけど。

「俺とお前は婚姻することになっているし、恋仲でもおかしくないか」

 急に悪いことを思いついたような顔をして、バル殿下が俺の頬を撫でた。

「えっ?」

「キスでもしてみるか?」

 頬を撫でていたバル殿下の指先が俺の唇を撫でる。

「えっ?」

 唇を撫でたバル殿下の指先が首もとからうなじを撫でる。

「それとも一度身体を重ねてみるか?」

 顔を寄せてバル殿下は耳もとにささやく。

「は?」

 俺がビックリして声を出すと、バルさんのいる衣装部屋みたいなところからガタッと音がした。

「……そこか」

 バル殿下はつかつかとその衣装部屋みたいなところに向かうとバンッと開けた。
 俺は慌ててバル殿下の後を追って、バル殿下の背中の後ろから隙間をのぞいたが、たくさんの衣装しか見えなかった。
 バル殿下は慎重に衣装部屋みたいな小部屋に入り込むと、服をかき分けた。

「ここに誰かいたんだろう?」

 バル殿下は俺の方を向くと言った。

「……俺と同じ顔の男がいたんだろう? 俺はずっと、生きていればと……」

 バル殿下が言い切る前に、バル殿下の首に、肉切り包丁が添えられた。

「動くな。顔を動かせば頭と身体が離れることになるぞ」

 バルさんだった。バルさんがバル殿下に背後から包丁をあてている。バル殿下は眉一つ動かさず、俺から視線を離さない。俺の目の中のバルさんを見据えるように目を見開いている。

「影だな」

 バル殿下がつぶやいた。

「今は肉屋のバルだ」

 バルさんが返す。

「ほう、やはりお前が肉屋なのだな」

 首もとに包丁を突きつけられたまま、バル殿下は笑った。

「恋仲の……フッ……」

 俺は、自分が包丁を突きつけられているわけじゃないのに、どうしたらいいかわからずに、動けずにいた。
 バル殿下は笑っている。

「お前が死んだと言われても、俺は実感がなかった。どこかで生きているだろうと、そうなんとなく思っていた。皮肉な運命よな。お前が異世界人を拾うとは」

「俺が異世界人の召喚の邪魔をしたからな」

「必然と言うのだな」

 笑っていたバル殿下が、自分から包丁の方へ傾いていく。スッと首に赤い線が入る。バル殿下の血が流れても、俺はオロオロしたまま二人を見ているしかできない。二人は落ち着いた様子で話している。同じ声、同じ顔で。

「さぞかし俺を恨んでいるだろうな」

 自嘲気味にバル殿下が言う。

「……いや、可哀想だと思っているよ」

 バルさんは穏やかな顔で包丁をあて続けている。

「可哀想だと? 可哀想だから引導を渡しにきたと言うのか」

 バルさんが、弾かれたように包丁を引っ込めた。

「ちがう。俺はモリトを迎えに来たんだ。モリトがいないと俺が寂しくて、大事だから」

 包丁をおろしたバルさんとバル殿下は向かい合った。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

処理中です...