後宮の下賜姫様

第1話 金子を増やしてみよ

　才能があるものを摘み取るのは実につらい。
　だけど、こればかりは仕方ないのだと何度も心に言い聞かせ、重い腰を上げ不満げな顔で外の通りを眺める孫娘のところへと向かうのであった。

　この時期通りをじっと見つめる孫娘の前にもったいつけてゆっくりと並べたのは金１０両。
　これだけの金があれば、居抜きで短期で店を持つことも可能な額である。
　べらぼうな額に、ごくりと孫娘の喉がなったがそれもそのはず金１０両もの金なんか１３歳の子供には普通縁のない額だ。
「李　琳明り　りんめい、お前は今年で１３になったな」
　キラキラと輝く金のきらめきに孫娘、琳明は目を離せないようだった。


　孫娘はこの王都でもちょっとめずらしい銀髪の持ち主だ。長く伸ばされた髪は日の光に煌めき、月の光には淡く反射する珍しいものだというのに、この子ときたらせっかくの美しい銀髪をいつも邪魔だからとしっかりと結いあげてしまうのがもったいない。
　それでもばっさりと切ってしまわないのは、珍しい髪というのは金になるからとあっさり言うものだから、根っからの商人気質な性格である。


　顔だってその辺の町娘には負けてないし、覆われない場所にはシミどころか黒子ひとつない。
　琳明が１３歳になったとき身長さえあと指２本分高ければ後宮にだって入内のお声かかかったかもしれないのに……実に惜しい。
　しかし、琳明はこちらの思いなどつゆしらず、女が好む流行りのものやお洒落には目をくれず金、金、金だ。
　金、金、金と考えたほうが商人として大成する可能性が高くなるが、色恋沙汰に熱をあげるのはしっかり跡取りとして金のことや薬のとこを考えてほしい琳明の弟ではなく。
　女であるがゆえに薬師としての成功は難しいだろう琳明のほうというのが問題だった。
　

「お前はいつもこの時期になるとギラギラとした眼で悔しそうに人を見る。これはお前の父親も店を任せられるかやったことだ。この金貨を増やしてみろ手段は何だっていい。物を売ってもいいし、人に金を貸して利子をとりたてたっていい。お前の商才を私はみたいんだ」
「本当ですかお祖父さま！！」
　立ちあがると、先ほどとは違いこれがすべて自分で使えるのかとギラギラした目にかわった。
　あぁ、本当にこの眼差しを手折るのが本当に惜しい……


「あぁ、ただしお前が１６になったときに銅１両でも足りなければ、お前は家を継ぐことはできん。出来なかったときは店は諦めて嫁に行け。いいな？」
　流石に、この賭けに負ければ跡継ぎとして終わるとなれば、躊躇するかと思ったのだ。
　そのくらいの可愛げがまだ残っているのではないかと……
　だけど、琳明ときたら小憎たらしいことに。
「かしこまりまして」
　と二つ返事で、私との勝負に乗ってきた。

　こうして、孫娘琳明は自分の人生を賭けた勝負を祖父である私とすることになったのだ。

　
　薬師の世界で女がやっていくのは難しい。
　でも気の強い琳明はハッキリと諦めさせないと、自分よりできの悪い弟が店を継ぐことなど納得しないだろう。
　だからこそ、この賭けを持ちかけたのだ。
　実際私の息子……琳明の父には同じことをさせた、だが、琳明の父が挑戦したのは１８を過ぎたときだったというだけだ。


　薬の知識は大人顔負けにあったとしても、女のそれも子供。
　この子から薬を買うような者はいないだろう。
　この賭けは悪いが最初から勝敗が決まっている。
　琳明は金を返すことができず、その辺の大店にでも嫁に出すことになる。
　きっとそうなると両親も賭けを持ちかけた祖父の私ですら思っていた。



◆◇◆◇




「今年も金づるが私の家の前を素通りして行く」
　毎年嬉しい悲鳴を上げる街の様子。
　それをギリギリと奥歯をかみしめて見つめるのは何度目だろうか……
　国試の時期が近づくと年に一度の試験を受けるべく、街に多くの人が遠路はるばる集まる。
　普段であれば見向きもされない街のはずれのボロ宿であったとしても、この時期ばかりはぼったくり価格でも宿泊したい客でいっぱいになるし。
　食べ物屋も連日忙しくなり、国試が終わり人が帰路についた時期に従業員に金一封を与えるほど儲かるのだ。
　試験は受けずとも街は年に一度のお祭り状態となるそれが国試である。


　家は代々続く薬師である。
　そんな国試という年に一度の祭りごとに、薬屋『葛の葉』は街中が恩恵を受ける中、毎年毎年恩恵など何一つなく過ぎていく。
　なぜ家は薬を売るだけなのか？
　何か他の方法を考えて年に１度のこの祭りにまとまった額を稼げばいいものをと思っていたのだ。
　でも、それをするには金子が足りない。あぁ、口惜しい。


　そんな時、私の気など知らずに祖父が話しかけてきた。
「お前は気が強いし、頭もよく器量よしだ。その銀色の髪はとても珍しいし、後ほんの少しだけ背さえあれば後宮に入れたかもしれないのに」
　これは、祖父の口癖である。
　後宮へは誰でも入れるわけでもない。

　１３～１６までの生娘であること。
　持病がないこと。
　身体に傷がないこと。
　そばかすやシミがないこと。

　あげだすときりがないが、琳明は身長の条件を満たしていなかった。
　過去の王の中に小さい女人が好きなお方がいたそうで、その結果。
　子になかなか恵まれず、子が出来ても妃の身体が小さく出産の際に子が亡くなったり、妃が亡くなったりしたそうだ。
　その時に、出産のことを考え決められた身長より小さい者は入内させないと決まったのだ。
　１３歳の琳明は他は問題なかったが指２本分身長が足りなかったのだ。



　１６歳になるまでに身長が伸びればと思うかもしれないが。
　庶民が召し上げられる機会は１３歳になってすぐの一度きりだけ、それ以上の歳の場合はいい家のお嬢さんであるとか、国から声がかかった時だけだ。
　とびぬけた容姿でも持っていれば違ったかもしれないが、琳明はぜひともと国に請われて召し上げられるような人物ではない。
　だから１３歳のとき身長が指２本分足りなかったことで、琳明は後宮に入れるかの試験すら受けることは叶わなかったのだ。


「また、夢物語ですか？」
　祖父のこの話は聞きあきた。いつまで夢を語るつもりか……
　そんなことをしているから、目の前にある大事な機会に金を稼げないのだと心の中で毒を吐いた。
「可愛い孫娘に夢を見るくらいいだろう。さて、琳明お前は家の跡を継ぎたいか？」
　祖父はニカっと笑ってそう言ってきた。
　しかし、琳明の下には弟がいる、でも明らかに自分より薬師としては劣っている。
　でも、後継ぎとなれるのはどちらか一人である。

　祖父はごそごそとたもとを漁ると、私の目の前にゆっくりと金子を並べだしたのだ。
　それも銅や銀ではなく金１０両も。



　金１０両といえばかなりの額である。その辺にいる饅頭売りの売り上げの１年分はあるだろう。
　店を借りることもできる。
　だが、この金は返さないといけないものだ。
　琳明はせわしなく頭の中で勘定をしていく。

　これだけ金子があれば、どこかに店を借りることも出来る。
　だが売れるかどうかわからないものに設備投資するのはもったいなくて、父と母に許可を取り葛の葉の普段は使われない厨房で私は小さな饅頭を作ることにしたのだ。
　これまで通りを通る人をずっと見てきた。

　私も薬師としてのはしくれだからこそわかる。
　こんな餓鬼から高価な薬を買うような馬鹿はいない。
　だからこそ、得意である饅頭に目をつけたのだ。



　小さな手で琳明は饅頭を作る。それは小さな饅頭だった。
　手が小さいということもあったが、琳明は故意に小さな饅頭を作っていたのだ。
　小さければその分多くの饅頭が同じ量の粉から作ることができるからだ。
　饅頭屋の母にならった慣れた手つきで作られた饅頭は小ぶりながらも上手い、だからこそ私はこの小さな饅頭にかけることにしたのである。

　祖父のことだ、私が期日までに金を返せないとなれば、これ幸いとさっさと嫁に出されるに違いない。
　弟に店を継がせるために……


　一番最後の蒸す作業だけは、貴重な金子をつかい店先で饅頭を蒸せるようにしておいた。
　いつまでも店の奥に引っ込んでいては、肝心の客が見えないもの。
　火鉢と蒸し器で琳明は店先で饅頭の最後の仕上げ蒸す作業をした。


　後は誰に売りつけるかである。
　琳明の饅頭は小さい。大柄で沢山食べるようなやつにはうけないだろう。


　そして、饅頭売りとして成功しても意味がない。薬屋を継ぐには薬師として成功する必要がある。
　祖父はしたたかだ、たとえ金子をきっちり返したとしても、饅頭で返したのならば薬師として成功したわけではないと難癖をつけてきて結局嫁に行かされるのがおちだ。
　嫁に出るだなんて冗談じゃない。
　どうせ、金に困らないようにと商売を手広くやっているところの縁談ばかり持ってくるに違いない。

　そんなところには当然やり手の女主である姑がいる、代替わりするまでこき使われるのが目に見えている。
　そこそこいい男を婿にもらって、尻に敷いて暮らしたほうが楽に決まっている。
　だからこそ、私はこの賭けに勝たないといけないのだ。




　まだ春先で肌寒いにも関わらず店の外に座り饅頭を蒸しながら、店先を通る人に目を配った。


　さて、ここからが腕の見せ所だ。


「あんなままごとのような小さい饅頭、売れるのは最初だけで２度は買わないだろう」
　そういって父が笑ったのを私は知っている。
　だが、父の予想とは裏腹にちんまりとした饅頭を求めて、２度３度と同じ人物がやってきたのだ


　そう私は饅頭売りとして勝負をかけたのではない、ちゃんと薬師として勝負をかけたのだ。
　長旅で疲れた若者には、胃腸にいい薬草を混ぜた餡をいれた饅頭を。
　迫る国試に緊張しよく寝れない若者にはよく眠れる薬草を餡に入れた饅頭を。
　栄養が悪そうな若者には栄養価の高い餡をいれた冷えにもいい饅頭ときちんと薬師として顔を見て客を選び饅頭を勧めたのだ。

「あまり食事が食べれていないようですが、うちの饅頭は小ぶりですよ。これから試験を受けるつもりなら何か腹に入れておいたほうがいい」などと言って。

　あまりにも沢山種類を作ってもさばけない。
　だからこそ、琳明はこの時期必要な物。
　胃腸用。
　不眠用。
　栄養と冷え用。

　３種類に絞り饅頭を作った。
　それで対処できそうにないような者には、私の後ろにある薬屋『葛の葉』で薬師に見てもらったほうがいいと付け加えた。


　これが当たったのだ。
　じわりと広がる口コミと、他の饅頭と私の小さい饅頭では商品のウリが違う。
　身体の不調がなおったという口コミは、たった年に１度の国試を受けにくるものには絶大なる効果を発揮したのだ。





　設備投資に使った分はあっという間に回収した私は欲をかいた。もっともっと儲けるにはどうしたらいいかを考えた。

　食品を扱うと出るのが売れ残りである。
　このままだと家族で食べるにしても金にならないし、食べきれない奴はさらにゴミとなる。



　そこで私はさらに先行投資をすることにしたのだ。
　国師を受けに何日も何日も旅をしてやってくる連中がいる。
　そいつらはたいてい金がない。
　でも、彼らは金の卵なのだ。
　今ここで恩を売っておいて、後々試験に受かればお得意さんになってもらおうと安易に考えたのである。



　春先にも関わらず冷えた日のことであった。
　こういう日は暖かくて持って食べることのできる饅頭はよく売れる。
　すると当然饅頭を注文されても在庫がないという事態をさけたいものだから、沢山売れた日であったとしても余剰分というものは出てくる。


　日が暮れると、客はこんな歩きながら食べれる饅頭は見向きもせず店で食事をとる者ばかりになるのは、何日か売ってみてわかった。

　だからこそ、捨てるはめにならないように、饅頭を笹にくるんでから冷めぬように厚手の布でくるんで今日の獲物を探すのだ。


　国試を受けにくる連中は浮浪者に襲われてはたまらないと警戒しているからいる場所が違うのもよかった。


「この寒空の下ご飯を食べないのは堪えるでしょう。家族の分にとほんの少し多く作ってしまったのよ、よろしければ」と施すと頭を深く深く下げるのだ。
　本当は売れ残りである、家族にやるのすら惜しくなったから、こうしていつか金の卵がかえることを祈ってばらまくのだ。
　相手にも自尊心がある、ましてや国試という狭き門を通れば官となる。あまりものといったのでは、自尊心が高い奴はせっかく官になったのにと店の客にならない可能性がある。

だからこそ、家族の分だけど多めにあるのでよければと、あたかも家族のために避けておいたのをあなたのために分けましょうとやるのだ。

　食事をしなければ国試という武官ならば身体を、文官なら頭を使うようなものにはまず受からない。
　皆頭を下げこういうのだ、『試験に受かったら恩を返す』と。

　さぁさぁ、存分に恩を返しなさい。
　思わず高笑いが出そうになるのをグッとこらえた。



　私の読みは大当たりした。
　国試の結果が出た後、琳明の饅頭を求め恩を返すべく饅頭を大量に買いにくる人がポツリ、ポツリと出だしたのだ。
　ある者は、故郷に帰る前に一度きちんと買いたいと思ってと。
　そして、あるものは試験に受かったからこれから１年ここに止まることになった、通わせてもらうと。
　中には琳明に是非にと求婚を申し込むやからまで出てきたのだ。

　そこで琳明は考えた。
　官との結婚は悪くないかもしれない。相手選びさえ気をつければ家のことは外に頼んでしまえばいいから、こちらも仕事を続けられるに違いない。
　これはかなりの玉の輿ではないかと。
　この欲が悪い方向に出たのだ。