後宮の下賜姫様

四宮 あか

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第3話 饅頭屋の娘じゃなくて、薬屋の

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 一街娘である琳明が王の御前にだなんて数日前までは考えてもいなかったことである。
 町の小さな薬屋から白い衣をまとい琳明は、普段のる荷馬車でも荷車でもなく、人を乗せるための馬車に何人もの官に付き添われのりこんだ。
 普段よりずいぶんと高い目線で琳明は見慣れた町の景色を後にする。



 馬車が止まり琳明は後宮の前に降り立った。
 後宮とは王の妃が住まう華やかな場所という印象があるが実際は遊郭と似たようなものである。
 中にいる妃が決して逃げだせぬようにその外周は堀に囲まれ、さらに高い城壁が後宮を隠し外から見えないようにする。


(まるで檻ね……。相手が変わっただけで遊郭と一緒、一度入れば自分の意思では此処からでることは叶わないのだから)


 堀はどのくらいの深さがあるかはわからないが、落ちれば一人では這いあがることなど不可能な水位だし、城壁は首が痛くなるほど見上げなければならないほどに高い。
 そんな風に後宮をみていると、堀をまたげるように跳ね橋が後宮側から降りてきて後宮へと入れる道ができる。
 馬車が渡り終えると先ほどまでの跳ね橋が上がる。
 それからようやく武官の手によって内側と外側両方の施錠が外され後宮の入り口が開門となる。


 厳密には後宮の入り口はここだけではない、王だけが通れる城と後宮を繋ぐ道があるにはあるが城を通り抜けて脱走しようだなんて妃はこれまでいなかったのだろうなと思う。
(厳重ですこと……)
 門を通りしばらく進めばまた門がありそこを通るとようやく後宮へと到着である。

 入内してすぐに自分のこれからの住まいである宮に案内されるわけではない、まずは王に面通しするのだ。
 偉そうな官達に付き添われ琳明は後ろをついて歩く、下級妃賓の居住区を抜けると、石畳も住居の雰囲気もガラリと変わる。
 通り過ぎる女官の服も先ほどまでより上等で上級妃賓の居住区なのだろう。


 その奥の建物の一室に案内された琳明はしばらくするとすべての本日面通しする妃が順番に現れた。
 一人は琳明と同じ16歳だった。所作も美しく少し話すだけで教養をしっかりと身につけていることがわかっただけでなく、琳明でも名前を聞いたことがあるお屋敷のお嬢さまだった。
 もう一人は琳明と同じく庶民の出だがまだ13だというのにずっと見ていられるほどの美貌を持っている美少女だった。


 なぜ、お金がこの世で一番大好きでケチな家柄は庶民。
 美貌も看板娘としては合格でも、自分の隣で頭を下げ震えている少女のような絶世の美女になる少女ではない自分がここにいるのか。
 私の髪は銀色でちょっとばかし珍しいが、王都にまったくいないわけではない、髪が加点されただけでここにはいれないだろうと思う。
 この二人に勝っていることなど、きっと饅頭を作る腕と土下座の熟練度くらいではないかと卑屈にもなる。

 王に万が一手を出されたらどうしようって気持ちは、二人をみてすぐに飛んで行った。
(むしろなんで私は此処に呼ばれたのだろう)

 13歳のときに指2本分身長があればと祖父は言っていたが隣の少女をみて、身長が条件を満たしていたところで試験を受けても無理だったとすぐに悟れるほどなのに。
 13でもない今、いいところの出でもない私が召されたのか当人の琳明ですらさっぱりとわからないまま時間が来たため官に促され地面に正座し頭を深く下げた。


「紅家 直姫、こう 麗華れいか表を上げよ」
 王のお付きの者が顔を上げるように促した。
 紅家の直系のお嬢さまですって……と琳明は震えた、普通に生きていれば庶民の琳明では一度も言葉を交わすどころかお目にかかることすらないだろう雲の上の人である。
(てっきり分家の分家のそのまた分家くらいかなと思っていたのに、まさかの直姫。直姫ともなれば未来の皇后候補の筆頭になるだろう、とんでもない人物と同時期に入内してしまった)

「異国の娘 アン表を上げよ」
(どうりでこの辺では珍しい栗色の髪をしていると思ったら異国の血のせいだったのね)


「最後に、饅頭屋の娘 李 琳明 表を上げよ」
(いや、私は薬屋の娘ですと思ったけれど、この空気で否定できそうにない。
まぁ、どうせ私は一年でおさらばだ。下手に訂正して目の前の明らかに高官に恥をかかせるのはやめよう。私は此処にいる間は饅頭屋の娘 琳明だ。何か指摘されれば、緊張していたとか、私自身饅頭を売っていたので疑問におもわなかったごめんなさいとやっておけばいいでしょ)


 ゆっくりと顔を上げた。
 初めてこんなに近くで見る王の顔。
 いったいどんな顔をしているのかと、すっかり私は手など出されない大丈夫だと思った琳明はまっすぐと王をみた。
 すごかった。歴代の厳選された美女や知識人、いい家柄の娘から産まれた人を選び王にして血を紡いだ集大成が目の前にいた。
 これが男なのか、なんと美しいのだろうとポカンとしてしまった。整った目鼻立ちもそうだが、異国の血が強くでているのか美しい金の髪に青の瞳。
 完全に雲の上の人だった。


 さて、他の二人にも質問をしていた。私には何と言われるのだろうと王から賜る言葉に柄にもなく琳明は緊張していた。
「お前が街で小さな饅頭を売っている琳明か」
「さようでございます」
「お前の作る饅頭の評判は官から聞いている。お前の饅頭は上手いのか? なぜこうも官がこぞって数多ある饅頭屋からお前のところを選ぶ」
(私の饅頭は上手いのだろうか? ……そりゃ下町では薬の効果を差し引いても好評ではあるが、このお方の口に合うようなおいしさなのだろうか。
 いやむしろ、官の間で評判になってる饅頭屋。売っている娘はさぞかし美女かと思って召し上げたのはいいが、現実はコレ。ということは饅頭が上手いに違いないというところだろうか。)

「官の方にはありがたいことにごひいきにしていただき、おいしいと言ってもらっております。官の皆さんが選ぶ理由は……他は大きな饅頭ですが私のところは2口ほどで食べれる饅頭ですので小さいものがお好みだったのかもしれません」
 たとえ王だとしても、ばれてもいない中の餡の秘密を話してはと欲をかいた琳明はそれらしい理由を告げた。
 こっちは商売で物を売ってきたのだ、答えを聞いてとたんに王は琳明への興味を失ったのがわかる。
「わかった。それでは3人を宮に案内してやれ」


 短い謁見の時間はあっという間に終わった。
「王があんなに饅頭の話を沢山されるとは思いませんでした」
 ぽつりと杏は言った。
 確かに饅頭の話がこの三人の中で一番ながく賜った言葉であった。
「私もなぜ呼ばれたのか疑問だったけれど。よもや饅頭のことを聞きたくとも城下町には降りれないから召し上げたのではと思うことになるとは昨日までは思っていなかったわ」
 冗談交じりにそう言うと。
 澄ました顔をしていた麗華が笑いだした。


 蹴落として残るか、外に出されるかの世界で、饅頭の話しを聞くために呼びだされただろう琳明をみて二人ともほっとしたのかもしれない。
 家柄もよく黒髪が美しく顔立ちもきれいな麗華、出は異国ではあるが圧倒的な美貌とこの辺では見かけない栗色の髪を持った杏。
 杏の年齢こそまだ13歳で王のお相手をするまでにはあと3年の猶予があるが、この二人はいずれ寵妃の座をかけて争うのかもしれない。
 でも、それは琳明には関係がない話だ。琳明は1年のお勤めが終われば市井へと帰り、彼が待っていてくれれば彼に嫁ぐのだから。



 16で家柄もよくなく、容姿も飛びぬけていいわけでもない琳明が後宮に13の歳ではないにも関わらず召し上げられたものだから、後宮では実は警戒されていた。
 でも広がった饅頭の話と実際に召し上げられた琳明の顔をみて王の寵愛を競う相手ではないとすぐに判断されていたとは琳明は思わなかった。

 身分も低く後ろ盾もない、容姿だってとびぬけてないから虐めなどにあってはどうしようと思ったが。たった1年で後宮を去るのがわかりきっている琳明を相手にしている暇はなかったようで、特に目立ったいじめなどされることなく、琳明の後宮での生活は始まった。
 噂では後宮ではあの麗しい王をめぐって髪を掴み合うような争いごとがあったそうだが、すっかり琳明は蚊帳の外であった。


 一応身分はこれでも貴妃の一人である。琳明でさえ2人も女官がつけられた。
 妃向けの豪華な食事もおいしくモリモリと頂くことができた。


 向俊は文を読んでくれただろうか。後宮にいる琳明は向俊と連絡をとれる手段などはない。
 文を出すことはできるが、すべて検閲されるし、ましてや妃として後宮に入っておいて他の男に文など出せるはずもない。


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