9 / 37
第9話 後宮の下賜姫様
しおりを挟む
「貴方がどなた様かお聞きしてもよろしいでしょうか?」
琳明が名乗った途端、玲真と呼ばれる男の手がすばやく顎から離れたことから、彼は妃に気軽に触れられる身分ではないとわかった。
「これは、王の姫君。失礼いたしました、私は采 玲真とでも申しましょうか……」
玲真は何があったか知りたかったようで私の宮にくることになった。
「琳明様どうするのですか?」
宮が現在備蓄庫のようになるという大惨事だからこそ、どこにお通しするのかということをいいたいのだろう。
「何かみられたら困るものでも?」
こそっと琳明だけに聞こえるようにと小蘭が耳打ちしたにもかかわらず、その話題にすかさず玲真は割り混んできた。
「その目でご覧になればよろしいかと……」
後宮のお目付け役だというのならば、あの大惨事になる前に何とかしてくれればよかったもののと琳明は部屋の惨状を思い返して腹が立った。
琳明の宮をみた玲真はまさしく絶句という言葉がふさわしかった。
最初は宮の周りに吊るしてある野菜に対して、眉毛をピクリと動かした後。
「食事が口にあいませんでしたか?」
と口に出した。
野菜を干すのは後宮の食材が口に合わないからか? そうじゃないなら吊るすなやめろとやんわりと言ってきてるのがわかる。
誰が好き好んでやったものかと思うけれど、それをぶつけてはいけないことくらいはわかる。
「王が私に先日くださったものです。これでも、ずいぶんと店の者に無理をしてもらいましたが、これ以下の量には代金をいただいているのでできないと言われまして。よろしかったら、中でお茶をお出ししましょう」
「どうぞ、狭いですがおかけください」
琳明は頬笑み、玲真に宮のすっかり隅によけられた席につくように促した。
王の代わりに後宮の仲裁をするというくらいだからそれなりの立場だろう。ここは一つ媚をうって、このひどい備蓄庫状態の部屋を何とかしようと思ったのだ。
すっかり隅に追いやられた薬草達の中から玲真にいいものをと選ぶ。
座るように促された玲真はまるで壁のように積み上がる袋に絶句した。
「これは?」
小蘭に玲真は尋ねた。
「これは、王が琳明様に贈られた小麦でございます。饅頭の材料を届けるようにと小麦だけではなく野菜も随分届けられまして。雨にあたると傷むらしく仕方なく宮に入れましたらこうなりました」
玲真は絶句した。
琳明は淡々と茶葉の中に、薬草を混ぜるべく、吟味していると玲真は目ざとく声をかけた。
「これは、対応が遅れもうしわけないことをした。ところで琳明妃は一体何を?」
「茶を調合しております。私饅頭だけではなくお茶も評判なんです。こうやって茶葉を合わせることで味が変わるのです」
「……お前何者だ?」
薬と言えば警戒されると、琳明は言葉を濁し言ったのがあだとなったのかもしれない。急に玲真は先ほどと違った鋭い口調で琳明に詰め寄った。
「何者? とは」
すごまれさすがに足が後ろに下がる。
「これも、これも、これもすべて薬草だ。私に何を盛るつもりだった? 目的は?」
玲真は琳明が後宮で見つけて乾燥させた薬草を次々と手に取る、その動作だけで十分だった。彼は少なくとも薬学の知識があると。
玲真は琳明に詰め寄り、見下ろした。
整った顔は訝しげにしかめられ、目の前にいる女の正体を見定めるかのように鋭い眼光が琳明の情報を少しでも多く得ようとしてじろじろとみられる。
「別に毒など盛るつもりはございません。上手く化粧で隠されているようですが、眠れないのでしょう?」
琳明が手を伸ばすと、一瞬玲真は何をされるのかとビクっと肩を震わせた。琳明の指が玲真の目の下をなぞると白粉がはがれ見事なクマがあらわれた。
「何を……」
「肌が荒れているのを上手くごまかしていたようですが、伸びがいいからと禁止されている鉛のはいった白粉をそのように沢山肌に塗るのは薬師として推奨できません」
「饅頭屋の娘だったはず、入れ替わったのか?」
「別に入れ替わってなどおりません、もともと私は饅頭を売っていた薬師の娘だっただけでございます。後宮にさえ召し上げられなければ薬屋の跡取りはこの私でした。なのでご安心してお飲みくださいませ」
そう話しながら手はなれたように薬草茶の準備をする。
茶器にお茶を入れる。
玲真の整った顔が何をするのかと琳明をみつめる。
「さぁ、お茶をしましょう。先ほどのことをききたいのでしたね?」
そういって、琳明は玲真の不安を薄れさせるために、最初に一口飲んで見せてから茶器を玲真の眼前に突き出した。
玲真は茶器を受け取る手で合図をし、私付きの女官を下がらせた。
女官が退出すると態度がガラリを変わった。
「その話は跡にしよう。君が跡取り候補だったのは納得した。見事な眼をもっているようだ。私の仕事は後宮での仲裁役、主に王のお手つきがなく荒れる妃を身体を使わず慰めるのが仕事さ。体調が悪ければ、それにつけこむ妃が必ず現れるこの容姿だからね。
宦官が化粧をして取り繕っているだなんてここにいる医者も薬師も思わないようだね、これまで見破られなかったから化粧の腕には自信があったんだが…… さすが女だね」
口調が丁寧なものからガラリと変わる。
眼付も以前鋭く値踏みするかのように琳明の上から下までを見つめた。
「後宮にいることができる玲真様から、薬師としてお褒めの言葉を頂けるとは光栄です」
「一つ琳明妃にいいことを教えてやろう。後宮に入るためには多くの条件があるのは知っているだろう? 公開されてない条件その中の一つに薬の知識がある者は後宮へは入ることができないというのがある。後宮へは王が通われ、お世継ぎの生まれる場だからな。
薬屋の跡取りを諦めてもらったところ大変申し訳ないが……君が薬屋の娘だとわかっていれば下賜姫として召し上げられることもなかっただろうに……」
下賜姫というききなれない単語に琳明は首をかしげた。
「かしひめ?」
「あぁ、ききなれない言葉だろうね。君はずいぶん若い官の間で評判の饅頭売りの娘だった。だから君はもともと王の相手として後宮にいれたわけではない。もとより、家臣への褒美として下賜されるために後宮に呼んだのさ。君みたく最初から家臣への褒美として下賜されるために後宮に入った姫君のことを裏ではこういうのさ。後宮の下賜姫様と」
玲真は美しい顔をゆがめて琳明にそういって笑った。
琳明が名乗った途端、玲真と呼ばれる男の手がすばやく顎から離れたことから、彼は妃に気軽に触れられる身分ではないとわかった。
「これは、王の姫君。失礼いたしました、私は采 玲真とでも申しましょうか……」
玲真は何があったか知りたかったようで私の宮にくることになった。
「琳明様どうするのですか?」
宮が現在備蓄庫のようになるという大惨事だからこそ、どこにお通しするのかということをいいたいのだろう。
「何かみられたら困るものでも?」
こそっと琳明だけに聞こえるようにと小蘭が耳打ちしたにもかかわらず、その話題にすかさず玲真は割り混んできた。
「その目でご覧になればよろしいかと……」
後宮のお目付け役だというのならば、あの大惨事になる前に何とかしてくれればよかったもののと琳明は部屋の惨状を思い返して腹が立った。
琳明の宮をみた玲真はまさしく絶句という言葉がふさわしかった。
最初は宮の周りに吊るしてある野菜に対して、眉毛をピクリと動かした後。
「食事が口にあいませんでしたか?」
と口に出した。
野菜を干すのは後宮の食材が口に合わないからか? そうじゃないなら吊るすなやめろとやんわりと言ってきてるのがわかる。
誰が好き好んでやったものかと思うけれど、それをぶつけてはいけないことくらいはわかる。
「王が私に先日くださったものです。これでも、ずいぶんと店の者に無理をしてもらいましたが、これ以下の量には代金をいただいているのでできないと言われまして。よろしかったら、中でお茶をお出ししましょう」
「どうぞ、狭いですがおかけください」
琳明は頬笑み、玲真に宮のすっかり隅によけられた席につくように促した。
王の代わりに後宮の仲裁をするというくらいだからそれなりの立場だろう。ここは一つ媚をうって、このひどい備蓄庫状態の部屋を何とかしようと思ったのだ。
すっかり隅に追いやられた薬草達の中から玲真にいいものをと選ぶ。
座るように促された玲真はまるで壁のように積み上がる袋に絶句した。
「これは?」
小蘭に玲真は尋ねた。
「これは、王が琳明様に贈られた小麦でございます。饅頭の材料を届けるようにと小麦だけではなく野菜も随分届けられまして。雨にあたると傷むらしく仕方なく宮に入れましたらこうなりました」
玲真は絶句した。
琳明は淡々と茶葉の中に、薬草を混ぜるべく、吟味していると玲真は目ざとく声をかけた。
「これは、対応が遅れもうしわけないことをした。ところで琳明妃は一体何を?」
「茶を調合しております。私饅頭だけではなくお茶も評判なんです。こうやって茶葉を合わせることで味が変わるのです」
「……お前何者だ?」
薬と言えば警戒されると、琳明は言葉を濁し言ったのがあだとなったのかもしれない。急に玲真は先ほどと違った鋭い口調で琳明に詰め寄った。
「何者? とは」
すごまれさすがに足が後ろに下がる。
「これも、これも、これもすべて薬草だ。私に何を盛るつもりだった? 目的は?」
玲真は琳明が後宮で見つけて乾燥させた薬草を次々と手に取る、その動作だけで十分だった。彼は少なくとも薬学の知識があると。
玲真は琳明に詰め寄り、見下ろした。
整った顔は訝しげにしかめられ、目の前にいる女の正体を見定めるかのように鋭い眼光が琳明の情報を少しでも多く得ようとしてじろじろとみられる。
「別に毒など盛るつもりはございません。上手く化粧で隠されているようですが、眠れないのでしょう?」
琳明が手を伸ばすと、一瞬玲真は何をされるのかとビクっと肩を震わせた。琳明の指が玲真の目の下をなぞると白粉がはがれ見事なクマがあらわれた。
「何を……」
「肌が荒れているのを上手くごまかしていたようですが、伸びがいいからと禁止されている鉛のはいった白粉をそのように沢山肌に塗るのは薬師として推奨できません」
「饅頭屋の娘だったはず、入れ替わったのか?」
「別に入れ替わってなどおりません、もともと私は饅頭を売っていた薬師の娘だっただけでございます。後宮にさえ召し上げられなければ薬屋の跡取りはこの私でした。なのでご安心してお飲みくださいませ」
そう話しながら手はなれたように薬草茶の準備をする。
茶器にお茶を入れる。
玲真の整った顔が何をするのかと琳明をみつめる。
「さぁ、お茶をしましょう。先ほどのことをききたいのでしたね?」
そういって、琳明は玲真の不安を薄れさせるために、最初に一口飲んで見せてから茶器を玲真の眼前に突き出した。
玲真は茶器を受け取る手で合図をし、私付きの女官を下がらせた。
女官が退出すると態度がガラリを変わった。
「その話は跡にしよう。君が跡取り候補だったのは納得した。見事な眼をもっているようだ。私の仕事は後宮での仲裁役、主に王のお手つきがなく荒れる妃を身体を使わず慰めるのが仕事さ。体調が悪ければ、それにつけこむ妃が必ず現れるこの容姿だからね。
宦官が化粧をして取り繕っているだなんてここにいる医者も薬師も思わないようだね、これまで見破られなかったから化粧の腕には自信があったんだが…… さすが女だね」
口調が丁寧なものからガラリと変わる。
眼付も以前鋭く値踏みするかのように琳明の上から下までを見つめた。
「後宮にいることができる玲真様から、薬師としてお褒めの言葉を頂けるとは光栄です」
「一つ琳明妃にいいことを教えてやろう。後宮に入るためには多くの条件があるのは知っているだろう? 公開されてない条件その中の一つに薬の知識がある者は後宮へは入ることができないというのがある。後宮へは王が通われ、お世継ぎの生まれる場だからな。
薬屋の跡取りを諦めてもらったところ大変申し訳ないが……君が薬屋の娘だとわかっていれば下賜姫として召し上げられることもなかっただろうに……」
下賜姫というききなれない単語に琳明は首をかしげた。
「かしひめ?」
「あぁ、ききなれない言葉だろうね。君はずいぶん若い官の間で評判の饅頭売りの娘だった。だから君はもともと王の相手として後宮にいれたわけではない。もとより、家臣への褒美として下賜されるために後宮に呼んだのさ。君みたく最初から家臣への褒美として下賜されるために後宮に入った姫君のことを裏ではこういうのさ。後宮の下賜姫様と」
玲真は美しい顔をゆがめて琳明にそういって笑った。
15
あなたにおすすめの小説
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、謂れのない罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました
深水えいな
キャラ文芸
明琳は国を統べる最高位の巫女、炎巫の候補となりながらも謂れのない罪で処刑されてしまう。死の淵で「お前が本物の炎巫だ。このままだと国が乱れる」と謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女として四度人生をやり直すもののうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは後宮で巻き起こる怪事件と女性と見まごうばかりの美貌の宦官、誠羽で――今度の人生は、いつもと違う!?
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
芙蓉は後宮で花開く
速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。
借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー
カクヨムでも連載しております。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる