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第11話 後宮の厄介ごと
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変に躊躇するほうがおかしいし、時間をかけてじっくり調べるよりもガッとやってグッとして、サッと終わらせる。
琳明は一呼吸すると、躊躇することなく、ブツを掴んだ。
(思ったより柔らか……)
「わっ」
玲真が声をあげたものだから驚いて琳明は鷲掴みしていた手を離した。
「ヒェ!! ちょっと、許可を出したのはそちらよ」
思わず琳明の口からも驚いた声が出た。
触ってもかまわないと言っていた癖にいざ触ったら声を上げるなどずるい。
「そんな、勢いよく手を伸ばして乱暴に掴むやつがいるか」
琳明から距離を取り玲真はそう声を荒げた。
「そっと触ったんじゃ、そこにそれらしい綿袋がいれられていたらごまかされるじゃない」
確かに、そっと衣の上から触ったのでは、本物なのかそれらしいものを入れごまかしているかはわからないだろうと玲真も琳明が言いたいことがわからないでもない。
だが、先ほどまでの様子から、せいぜい衣の上からそっと触られる程度だと思っていた玲真は、真実を確かめるべく腹をくくった途端、潔く、迷うことなく、勢いよく伸ばされ己の息子を鷲掴みされることは想定していなかった。
後宮の厄介事は多い。
特に男日照りの姫君どもは、見目のいい玲真に色目を使う場面はこれまで幾度とあった。
王のお越しがないとはいえ王の妃にも関わらず、色目を使い腕にしなだれかかられるのは日常茶飯事だったし。
それをあしらうのも慣れていた、王以外にしなだれかかる者に次の王を産ませるわけにはいかないから、何か理由をつけてなるべく早く後宮から去ってもらうことまでの流れをこれまで散々やってきた。
確かに宦官ではないことを触って確かめてもいいという流れにしたのは玲真からだった。
だが普通うら若き乙女が、先ほどまでは戸惑い躊躇の表情をしていたのに、やる時は潔く恥じらいを一切捨てガッツリとわし掴みするだなんて思わないだろう。
玲真の目は大きく見開かれ信じられないという眼差しが琳明に向けられている。
女性として大事な物を失ったのは否めないが自分が今優位に立っていることが琳明にはわかる。
「まぁ、玲真様の秘密はわかりました。それで私に協力してほしいことはなんです? ただ、下賜されたほうがマシと判断すれば私は手伝いませんし、命を張るような危ない橋は渡るつもりはございません」
「お前薬に詳しいのだろう?」
「売る側ですからね」
「上級妃賓の中に毒を盛られている者がいる。症状が軽いようだからこちらが日々の食事に解毒薬をいれることで中和しているが。入れているものをあぶり出さねば妃が次々と死ぬ。しかも代えのきかない上級妃賓に限ってだ。こんな状態では子など作れない」
「なるほどなるほど……」
毒を盛られている妃とは子など作れないし、子が産まれても妃に毒を漏れるのだから子がいつ殺されてもおかしくない。王の子が死ねば新たな火種が後宮にうまれるのは明白。
玲真の話をきいていると、ふわりと日常生活で嗅いだ覚えのある香りがした。
薬師にとって香りは重要だ。鼻と記憶力さえよければ香りは多くの情報をもたらす。
毒が盛られていると妃がいると玲真がいったことで、その日常生活のどこかで嗅いだ覚えのある匂いが何なのか琳明は気になりだした。
後宮の厄介事を解決するために動いている玲真は、琳明がお目にかからないような上級妃賓とも会っているはず。これはその残り香かもしれない。
高いお香の香りに混じるこの香りは何なのか。香りに集中すべく琳明は目を閉じ匂いはどこからかをさぐる。
「おい」
玲真の声がかかるが。
「静かに」
短く言葉を返して琳明はこの嗅いだ覚えのある香りがどこから漂うのか探すことを続ける。
さすがに匂いをかがれ玲真は硬直するが、すでに原因を探ることに集中してしまった琳明には玲真がひきつった笑みとなっていることに気がつかない。
香りだけじゃなく他に原因がわかるものはないかと、じろじろと改めて玲真を琳明は舐めるように足下から頭のてっぺんまで見つめた時だ。
玲真の髪に違和感を覚えたのだ。
そうか、これは毛染めだ。
何の薬の香りかと思えば、なんだ……ただの毛染めじゃないの。
白髪になったのを隠すために庶民なんかでもよくしている。
もちろん髪の色によっては高価なものもあるが。
庶民に多い髪色を染め上げる物は値段も手ごろで、少しいいところの家柄の女性であれば大抵こまめに染めている。
「あなた、髪を黒染めしているのね。紛らわしい」
若い男で髪を染めるなど珍しいと思うくらいだった。嗅いだ覚えのある匂いが何かわかってスッキリしたのもある。
本当に何気なく琳明の口から出た言葉だった。
玲真の青色の瞳がはっきりと動揺したことで、何気なく指摘したことがものすごくまずいことだったのではと琳明は思ったがそれはすでに遅かった。
「これだから、頭のいい女は厄介だ。先ほどのまでの契約の話はいったん白紙に戻す」
「待ってちょうだい、別に髪を染めていることはそんなに珍しくはないわよ」
まとまりかけた契約がたった一言で白紙にされるとは思わなくて琳明は焦った。
ここに入れるほどの高官であれば、そりゃ若白髪を隠すために染めていてもおかしくない。
でも、人は容姿の老いを指摘されるとひどく激昂する。
珍しい髪色でも、売れば金になるとの理由で伸ばしているだけの琳明とは人の心は違うのだ。
「お前が下賜されるか下賜されないかの話ではなくなった。どうせ髪のことがばれたのだ。君には私のとっておきの秘密を教えてやろう」
「とっておきの秘密?」
後宮に宦官でない者が我が物顔で兵もつけず出入りしているなど異常だ。
先日荷物を届けに来た孫卓は単独ではなく、見張りがついていたし。
ふらふらと後宮を歩くことができる人物が繁殖が出来る状態など前代未聞だと思う。
「王が子を作らないのは、妃に毒を持っている輩がいるからだけではない」
これ、きいたら駄目なやつだとすぐに琳明はわかった。耳をふさごうとするよりも早く玲真の手が伸びて琳明の顎を痛いくらいに掴み冷たい顔で見下ろした。
「っ……」
痛いくらい顎を強く掴まれたので、それ以上ききたくないという言葉を紡ぐことすら琳明は叶わない。聞きたくないのに、玲真は絶対に琳明がきけばタダでは済まないようなことを言葉にしてしまった。
「簡単には市井に返せない上級妃賓をつかい王を亡きものにしようと考える輩もいるものだから。玉座になんか正々堂々顔をさらして優雅に座っていることができないのさ。敵味方がハッキリするまではね。
玉座があけば、喜ぶものが当然いて。そして、そいつらは玉座が空になることの旨みを見出しても、民へのしわ寄せなんかしったこっちゃない。これはもう君へのお願いなんてものではない。頼みを遂行させなければ、下賜されるのではなく君を消す。知りえてはいけない後宮で動いている人物がいることを知ったのだからね」
知りたくもない、知ってはいけない秘密に琳明は震えあがった。
今自分が一体誰と対峙していたのかを知ってしまったから。
でも、まだそれを信じられない、いや信じたくない自分がいたけれど。それにダメ押しをするかのように玲真は琳明の目をまっすぐ見据えて言葉を続けた。
「李 琳明。愛しい男に生きて一目会いたければ後宮に巣くう毒を出せ。これは王命だ」
王命――この言葉は冗談で口にできるものではない。
王の名を語ることはそれだけで重罪、自分一人だけが打ち首になれば可愛いもので、下手をすれば一族皆の首が落ちる。
玲真の青の瞳が琳明を視線で殺すのではないかと錯覚するほど鋭く睨みつけた。
髪を染めていることを指摘したことで、態度を変えた玲真の理由が王命という言葉でようやくすべてわかったのだ。
注意してみると、玲真の髪の根元がキラキラときらめくことに、金の髪を黒にわざわざ染めているのだとわかってしまう。
金の髪は異国の珍しいもので、そう簡単に得ることができるものではない。
顎を掴まれた手が放され琳明は床にへたり込んだ。とんでもない人物にかち合い、そしてとんでもない人物に逆らうことが決して出来ぬ命を受けてしまったのだ。
「まめに染め直ししていたのが香りでばれたか。次はそんなことがないよう気をつけることにしよう。第二第三の頭のいい不幸な姫を作らぬように」
へたり込む琳明に淡々と玲真はそう独り言を告げた。
私は今後どうしたらいいのかと、呆然としながらも、玲真を見上げた。
「おって、連絡する。食べ物にはこれ以上手をつけるな。――――私は饅頭姫に贈りものなどしていない」
ぴしゃりとそういって玲真は去って行った。
「琳明様いかがなされましたか」
玲真が出て行ったあと、血相をかえて飛び込んできたのは香鈴であった。
へたり込む琳明に何があったか心配そうにききだそうとするが。
話せば、第二第三の不幸な人物を増やすことになるため話すことも叶わなかった。
琳明は一呼吸すると、躊躇することなく、ブツを掴んだ。
(思ったより柔らか……)
「わっ」
玲真が声をあげたものだから驚いて琳明は鷲掴みしていた手を離した。
「ヒェ!! ちょっと、許可を出したのはそちらよ」
思わず琳明の口からも驚いた声が出た。
触ってもかまわないと言っていた癖にいざ触ったら声を上げるなどずるい。
「そんな、勢いよく手を伸ばして乱暴に掴むやつがいるか」
琳明から距離を取り玲真はそう声を荒げた。
「そっと触ったんじゃ、そこにそれらしい綿袋がいれられていたらごまかされるじゃない」
確かに、そっと衣の上から触ったのでは、本物なのかそれらしいものを入れごまかしているかはわからないだろうと玲真も琳明が言いたいことがわからないでもない。
だが、先ほどまでの様子から、せいぜい衣の上からそっと触られる程度だと思っていた玲真は、真実を確かめるべく腹をくくった途端、潔く、迷うことなく、勢いよく伸ばされ己の息子を鷲掴みされることは想定していなかった。
後宮の厄介事は多い。
特に男日照りの姫君どもは、見目のいい玲真に色目を使う場面はこれまで幾度とあった。
王のお越しがないとはいえ王の妃にも関わらず、色目を使い腕にしなだれかかられるのは日常茶飯事だったし。
それをあしらうのも慣れていた、王以外にしなだれかかる者に次の王を産ませるわけにはいかないから、何か理由をつけてなるべく早く後宮から去ってもらうことまでの流れをこれまで散々やってきた。
確かに宦官ではないことを触って確かめてもいいという流れにしたのは玲真からだった。
だが普通うら若き乙女が、先ほどまでは戸惑い躊躇の表情をしていたのに、やる時は潔く恥じらいを一切捨てガッツリとわし掴みするだなんて思わないだろう。
玲真の目は大きく見開かれ信じられないという眼差しが琳明に向けられている。
女性として大事な物を失ったのは否めないが自分が今優位に立っていることが琳明にはわかる。
「まぁ、玲真様の秘密はわかりました。それで私に協力してほしいことはなんです? ただ、下賜されたほうがマシと判断すれば私は手伝いませんし、命を張るような危ない橋は渡るつもりはございません」
「お前薬に詳しいのだろう?」
「売る側ですからね」
「上級妃賓の中に毒を盛られている者がいる。症状が軽いようだからこちらが日々の食事に解毒薬をいれることで中和しているが。入れているものをあぶり出さねば妃が次々と死ぬ。しかも代えのきかない上級妃賓に限ってだ。こんな状態では子など作れない」
「なるほどなるほど……」
毒を盛られている妃とは子など作れないし、子が産まれても妃に毒を漏れるのだから子がいつ殺されてもおかしくない。王の子が死ねば新たな火種が後宮にうまれるのは明白。
玲真の話をきいていると、ふわりと日常生活で嗅いだ覚えのある香りがした。
薬師にとって香りは重要だ。鼻と記憶力さえよければ香りは多くの情報をもたらす。
毒が盛られていると妃がいると玲真がいったことで、その日常生活のどこかで嗅いだ覚えのある匂いが何なのか琳明は気になりだした。
後宮の厄介事を解決するために動いている玲真は、琳明がお目にかからないような上級妃賓とも会っているはず。これはその残り香かもしれない。
高いお香の香りに混じるこの香りは何なのか。香りに集中すべく琳明は目を閉じ匂いはどこからかをさぐる。
「おい」
玲真の声がかかるが。
「静かに」
短く言葉を返して琳明はこの嗅いだ覚えのある香りがどこから漂うのか探すことを続ける。
さすがに匂いをかがれ玲真は硬直するが、すでに原因を探ることに集中してしまった琳明には玲真がひきつった笑みとなっていることに気がつかない。
香りだけじゃなく他に原因がわかるものはないかと、じろじろと改めて玲真を琳明は舐めるように足下から頭のてっぺんまで見つめた時だ。
玲真の髪に違和感を覚えたのだ。
そうか、これは毛染めだ。
何の薬の香りかと思えば、なんだ……ただの毛染めじゃないの。
白髪になったのを隠すために庶民なんかでもよくしている。
もちろん髪の色によっては高価なものもあるが。
庶民に多い髪色を染め上げる物は値段も手ごろで、少しいいところの家柄の女性であれば大抵こまめに染めている。
「あなた、髪を黒染めしているのね。紛らわしい」
若い男で髪を染めるなど珍しいと思うくらいだった。嗅いだ覚えのある匂いが何かわかってスッキリしたのもある。
本当に何気なく琳明の口から出た言葉だった。
玲真の青色の瞳がはっきりと動揺したことで、何気なく指摘したことがものすごくまずいことだったのではと琳明は思ったがそれはすでに遅かった。
「これだから、頭のいい女は厄介だ。先ほどのまでの契約の話はいったん白紙に戻す」
「待ってちょうだい、別に髪を染めていることはそんなに珍しくはないわよ」
まとまりかけた契約がたった一言で白紙にされるとは思わなくて琳明は焦った。
ここに入れるほどの高官であれば、そりゃ若白髪を隠すために染めていてもおかしくない。
でも、人は容姿の老いを指摘されるとひどく激昂する。
珍しい髪色でも、売れば金になるとの理由で伸ばしているだけの琳明とは人の心は違うのだ。
「お前が下賜されるか下賜されないかの話ではなくなった。どうせ髪のことがばれたのだ。君には私のとっておきの秘密を教えてやろう」
「とっておきの秘密?」
後宮に宦官でない者が我が物顔で兵もつけず出入りしているなど異常だ。
先日荷物を届けに来た孫卓は単独ではなく、見張りがついていたし。
ふらふらと後宮を歩くことができる人物が繁殖が出来る状態など前代未聞だと思う。
「王が子を作らないのは、妃に毒を持っている輩がいるからだけではない」
これ、きいたら駄目なやつだとすぐに琳明はわかった。耳をふさごうとするよりも早く玲真の手が伸びて琳明の顎を痛いくらいに掴み冷たい顔で見下ろした。
「っ……」
痛いくらい顎を強く掴まれたので、それ以上ききたくないという言葉を紡ぐことすら琳明は叶わない。聞きたくないのに、玲真は絶対に琳明がきけばタダでは済まないようなことを言葉にしてしまった。
「簡単には市井に返せない上級妃賓をつかい王を亡きものにしようと考える輩もいるものだから。玉座になんか正々堂々顔をさらして優雅に座っていることができないのさ。敵味方がハッキリするまではね。
玉座があけば、喜ぶものが当然いて。そして、そいつらは玉座が空になることの旨みを見出しても、民へのしわ寄せなんかしったこっちゃない。これはもう君へのお願いなんてものではない。頼みを遂行させなければ、下賜されるのではなく君を消す。知りえてはいけない後宮で動いている人物がいることを知ったのだからね」
知りたくもない、知ってはいけない秘密に琳明は震えあがった。
今自分が一体誰と対峙していたのかを知ってしまったから。
でも、まだそれを信じられない、いや信じたくない自分がいたけれど。それにダメ押しをするかのように玲真は琳明の目をまっすぐ見据えて言葉を続けた。
「李 琳明。愛しい男に生きて一目会いたければ後宮に巣くう毒を出せ。これは王命だ」
王命――この言葉は冗談で口にできるものではない。
王の名を語ることはそれだけで重罪、自分一人だけが打ち首になれば可愛いもので、下手をすれば一族皆の首が落ちる。
玲真の青の瞳が琳明を視線で殺すのではないかと錯覚するほど鋭く睨みつけた。
髪を染めていることを指摘したことで、態度を変えた玲真の理由が王命という言葉でようやくすべてわかったのだ。
注意してみると、玲真の髪の根元がキラキラときらめくことに、金の髪を黒にわざわざ染めているのだとわかってしまう。
金の髪は異国の珍しいもので、そう簡単に得ることができるものではない。
顎を掴まれた手が放され琳明は床にへたり込んだ。とんでもない人物にかち合い、そしてとんでもない人物に逆らうことが決して出来ぬ命を受けてしまったのだ。
「まめに染め直ししていたのが香りでばれたか。次はそんなことがないよう気をつけることにしよう。第二第三の頭のいい不幸な姫を作らぬように」
へたり込む琳明に淡々と玲真はそう独り言を告げた。
私は今後どうしたらいいのかと、呆然としながらも、玲真を見上げた。
「おって、連絡する。食べ物にはこれ以上手をつけるな。――――私は饅頭姫に贈りものなどしていない」
ぴしゃりとそういって玲真は去って行った。
「琳明様いかがなされましたか」
玲真が出て行ったあと、血相をかえて飛び込んできたのは香鈴であった。
へたり込む琳明に何があったか心配そうにききだそうとするが。
話せば、第二第三の不幸な人物を増やすことになるため話すことも叶わなかった。
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