後宮の下賜姫様

四宮 あか

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第13話 おしろい

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 麗華は優雅な動作で上座に腰を下ろした。
「覚えていなかったらどうしようかと思いました」
 そう言って琳明は愛想笑いをした。


 玲真のときにも思ったが鉛入りのおしろいの流通は、もう何年も前に危険性がわかり禁止されたはずだった。
 化粧の仕上がりが全然ちがうので禁止された今もこっそりと使う者がたえないが、後宮で乳飲み子が死ぬ可能性のある毒を含んだ物がまかり通っていいはずがない。
 私の宮に届いた饅頭の材料も玲真は贈った覚えはないと言っていた。
 検閲はどうなっているというの?

「あまり妃同士で仲良くなる場ではないから、新しく妃と知り合うこともないもの」
 麗華はそういうと女官がもってきたばかりのお茶に手を伸ばした。


 出されたものに毒が入っているかもなんて疑うことなく麗華は口をつけほんの少しお茶を飲む。
 顔の白粉はすでに禁止されている鉛入りの物を使い。
 上級妃賓にも関わらず銀の茶器ではなく陶器でお茶を飲んでいることにゾッとした。
 私だって先日までは小蘭と香鈴が運ぶ食事に疑問を思ったことはなかったが。こうして普通に麗華が鉛入りの白粉を塗っているのを見てしまうと後宮というところの恐ろしさを嫌でも実感してしまった。


「部屋の作りが全然違うので驚きました。下級妃賓と上級妃賓とでは大違いですね」
 動揺をごまかすかのように琳明は、部屋の違いに驚いたと嘘をついた。
「そういう話はいいわ。わざわざ会いに来たということは聞きたいことがあったのでしょう? 王のお越しのこととかかしら?」
 麗華はそういって笑う。
 琳明が探りにきたのは本当はそれではないが、せっかく違う話題を振ってくれたのだからのっておく。
「えぇ、下級妃賓のところにはめったにお越しにならないそうで。私はこのまま1年のお勤めを終えたら市井に戻ることになるけれど、上級妃賓はどうなのかなと思ったしだいです」
 言葉の中に込める、王は下級妃賓のところにはお越しにらないこと、琳明もその王がこない妃の一人であること、琳明は1年でお勤めを終えて帰ることになっているということを。
 妃として琳明は敵ではないということをこれでもかと盛り込んだ。


「残念ながら私のところにもお越しはないし、他の上級妃賓のところにすらほとんど通ってないみたいね。男色家じゃないかという噂がここだけの話でているの。というか、そうでも言わないとやってられないのかもしれないわ。だからこそ、何を賜ったかの話はよく耳にするわ」
 麗華の口ぶりからすると、王のお越しがなくて嘆いているわけでもなさそう。
「麗華様は何か賜ったのですか?」
「私は今使っている茶器を……。そうだ、あなたもよかったら一ついかが?」
 麗華は立ち上がると、小さな箱から落雁を取りだした。
「甘味!」
 目の前の高価な甘味に思わず身を乗り出した。
「玲真様がご挨拶の際に持ってこられたのよ。後宮の日々は退屈だろうから毎日一つずつ食べるようにと。琳明のところは違う物だったようね」
 なるほど、中和してるってことだったけど、甘味にまぜて挨拶の際に渡したってわけか。
 一応一つだけいただいて、せっかくだから宮に帰ってゆっくりと頂くといいわけをして布に包んで持ちかえることにも成功した。


 麗華との話し合いで、何らかのものを上級妃賓は王から賜ったということや王のお越しがなくイライラしている妃がいることや何より麗華の持ち物への不審なものが思ったよりも多く、今日の情報収集はなかなかの成果があったと思う。


 とりあえず、どういう経路で鉛入りの白粉が後宮に入ってきているのかは調べたほうがよさそうね。
 私への王への賜りものを持ってきた張孫卓についても一度洗ったほうがよさそう。
 麗華へは鉛入りの白粉を指摘するべきか悩んだが、下手にそんなことを言えば白粉を持ちこんだやつが逃げる可能性もあるし、誠に不本意だったが気がつかないフリをした。
 玲真はいつから後宮で探っていたのだろう、たった1年の滞在の私がそのすべてを明かすことができるのかと不安になるが命がかかってしまった今やるしかないのだ。



 行きとは違い、上級妃賓の宮の並ぶ通りをぬけ、下級妃賓である自分の宮へと進む足取りは重かった。
 石畳の上を軽快にあるく足音が聞こえる。
 女官が次々と頭を下げる中姿を現したのは玲真だった。
 小蘭も香鈴も私の隣で頭を下げる。


 玲真の後ろに仕えていた宦官だろうか、その二人も妃である琳明頭を下げ隅へよったことから玲真が琳明に話をしにきたのだとわかった。
「先日は気がつくのが遅くなって申し訳ない。小麦や野菜はこちらで引き取らせてもらいました」
 一目があるので、妃である私に玲真は敬語を使った。
「助かりました」
 琳明は短くお礼を言う。
「何かあったようですね。後宮での悩みごとがあれば気軽に相談してください。私の仕事ですから。そうだ、アレを」
 何かあったことを私の顔をみてすでにわかっている癖に玲真は冷静にそういう。
 玲真が声をかけると、傍に控えていた宦官がおいしそうな果物をいくつか差し出したのを小蘭が受け取り頭を下げた。


「これでも食べて、落ちついて言いたいことがまとまったら私に文でも書いてもらえればと思いますよ」
 同じようにあぶり出しで上手いこと書けということだろう。
 その質問に琳明はうなずいた。
「えぇ、悩みは特に有りませんが。甘味は貴重ですから、果物のお礼を落ちついたら出しますわ」
 甘味のお礼として文を出しますと。


 玲真はそれ以上何を言うでもなく、他に用があると言わんばかりに去って行った。


 付き人に知られても駄目、小蘭と香鈴を下がらせてから夜、ろうそくの灯りの下で琳明は紙に今日会ったことをしたためた。

 紅麗華 白粉は鉛、賜った茶器は陶器。
 他の姫も王に賜りし物有り。
 張 孫卓調べたし。
 たったこれだけを果汁で書いてから、上に墨で手短いにお礼を書いた。あまり書き過ぎると、本当に伝えたいことがあぶった時に読みにくくなっては台無しだ。


 ばれればどうなるかわからない文の交換が始まったのだ。


 夜に文をしたためたのは、後宮に入ることが決まった夜依頼だ。
 向俊はいったいどうしているのだろう。こちらから文は出せないからこそ思う。家族からの文は届くが当然後宮へとはいった琳明の下へは、他の男がどうなったかなど書かれていない。

 後宮は本当に恐ろしいところだったと向俊に言いたい。どこへ派遣されてしまったのか知りたい。
 こんな恐ろしいことをやり遂げて、市井に帰ったとして貴方がいないこと考えると怖いと張り詰めていた糸が切れた琳明は年相応の少女らしく涙をこぼした。



 そんな風に涙を浮かべた夜から数日して、会いたい男と再開することになるとは琳明は思ってもみなかった。


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